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星一つ瞬かないほどの漆黒に包まれた夜、京楽は手に明かりを持ち、森の中をもの一つ言わず歩いていた。
そしてその後ろには、同じく口を閉じた浮竹。
二人そろって真剣な顔をして、真っ暗闇の先をじっと見据えて歩き続けた。


「…きた」

「そう、きた」
「僕はこのときを見計らってた」


京楽と浮竹は、森を抜けて開けた場所に出た。
円形状の開けた土地の真ん中に行くと、足をとめた。
地面は黒く、周囲をぐるりと囲む森もひたすら闇を纏っていた。
何処か孤独感を覚える、そんな場所。
そんな中で、京楽と浮竹は背中合わせに立った。

すると、ある方向の森の中から、淀んだ鳴き声と葉や枝が激しく擦れ合う音。

音がいっそう近くなって、京楽と浮竹は刀の鍔に指をかけた。




がさがさっ





猛スピードで姿を現したのは、虚。


「待てッ…!!」


虚の後を追うようにして姿を現した、死人のような白装束纏った者の姿。
その手には、刀。

その光景に浮竹は眉をしかめて、京楽は片方の口角を上げた。

白装束の方は京楽と浮竹の存在に気付く事も無く、一直線に虚に向かって一歩踏み出し刀を向けた。
浮竹はその様を目にして刀にかけた手に力を入れて同じく一歩踏み出そうとしたが、それを京楽は制した。
浮竹は京楽に目を向けるが、京楽の目には戦意の欠片も無い。
その様子を見て、浮竹は体勢を直した。
その間にも、もう二方のやり取りは続く。


「お前みたいなのにやられて堪るか」


虚が濁った声でそう言いながら高笑いした。
京楽と浮竹が見る限りでも、人間があと一突きすれば虚はとどめを打たれると思われたそのとき、虚は姿を消した。
白装束の方が、周囲を注意深く見回した。
四方八方から散らばって聞こえる声のせいで、居場所が特定出来ない。


「ひっかかったな。所詮、お前も人間か?」


声は白装束の耳元近くからその声が聞こた。
それに気付くと同時に、その場から飛び退こうとした。


「うっ」


避けるのには間に合う距離ではなく、人間の方が顔から血を散らした。
そして、人間が痛みに一瞬気が緩んだその隙を虚は見落とさなかった。
虚が続いて止めを差そうと、鋭い三本の爪が生えた手をかざした。


「こいつは、誤算だなア…」


京楽の、いつものたるそうな声が聞こえて浮竹が京楽に言わんこっちゃ無いと文句を言おうとしたとき、隣に京楽はいなかった。

 
「花天狂骨」


隣から姿を消した京楽はすでに虚の目の前に居て、脇腹に刀を突き刺していた。
姿を消してから攻撃までのそのスピードたるや、目を見張るもの。
普段のゆったりとした京楽の雰囲気からは想像もできない早さに、浮竹は眉をしかめた。
それはまるであらかじめこうなるのを予想して構えていたかのような。
けれども先ほど見た京楽の目には戦意の欠片も無かった。
京楽はその間にも虚の体から刀を抜いて、抜く時に入れた力に任せて吹き飛ばす。

刀を仕舞わずにその場に降り立つと、京楽は遠目に飛んでいった虚を見つめた。
完璧に仕留めた感触ではないのが、明らかだったから。


「…」


冷たい目線を虚に送る京楽を下から見上げる白装束の方。
それに、京楽は見向きもしなかった。


「さ、君はこっち」

「な」


見かねた浮竹は素早く白装束の傍に寄って、肩に担いで茂みに逃げた。

(随分軽い…?)



「…何をする」

「そりゃあ手当をするに決まってるじゃないか」


茂みに隠れて肩から下ろすと、丸で獣の様に緊張した雰囲気をまとった白装束。
浮竹は左手にべっとりとついた血を人間の前でひらひらとさせた。










「君、何」

京楽は一歩一歩歩みを進めながら言葉少なに、虚にそう尋ねた。
そして遂に両足を一つどころに止めて、見下ろす。

そこには息絶え絶えで、虫の息の虚。


「…」

「無視?」

「お前らは、勝てない」

「君は今負けた」

「勝てない」


断固として「京楽達が勝てない」事を主張し続ける虚に、京楽は無情に刀を振り下ろした。
虚はさらさらとした砂になって、丁度良く吹いた風がそれを天にさらった。


「ん…?」

だが、地面の小石に引っかかって黒い布の端切れの様な物を見つけた。
屈んでそれを手に取る。

(何だこれ……)

京楽は首を傾げながらも、そのままそれをその場に放った。





手当もそこそこ終わった頃に、京楽が戻って来た。
見た限りでは怪我も無く、浮竹はほっとする。


「京楽」

「ああ、殺しちゃった」

「…お前……任務不遂行だぞ」


浮竹が山本に渡された書類には「虚捕獲」の文字があった。
虚を殺しては、全く意味がない。
脳裏にはカンカンに起こった恩師の姿。
ほっとしている場合ではなかった。

苦々しい浮竹の表情をよそに、京楽は口笛を吹いた。


「僕の本題はこれから。だいたい、今は勤務時間じゃない」


だから殺そうがなにしようが問題無し、なんて言う京楽を見て浮竹は首をガクンと下に向けた。
浮竹からすれば、死神の自分たちに勤務時間も何もあるかと言ってやりたい。


京楽は一つ溜め息をついて、視線を浮竹から外した。
視線の先には、白装束の。


「問題は、君」

「何なんだ、お前。
 俺には話が全く分からないんだが。知り合いか?」

「だって僕は君に何も言ってないもんね」


書類を渡されて数刻。
やりたい仕事も山ほどある浮竹をずるずると引っ張ってくれば、この有様。

浮竹はしれっとして答える京楽に「その通りだ」と一言言った。
ただ、その一言の中に言いたい事を全て込めて。


「まあ、要は話し合う必要があったからこの場を設けた訳」


京楽は両手を上げてそう言った。
だが、浮竹はまだ話が読めない。
浮竹は白装束を纏った人間に視線を向ける。
鼻の下から顔の半分を同じ白い布で覆った状態では、良く判別つかないが、何とも言い難い複雑な感情を込めた目を京楽に向けていた。


「そう。
 僕たちには、話し合う必要がある」


京楽は白装束の視線を同じ高さにしゃがんだ。
そして口元の布に人差し指を引っ掛けて、そっと下に下げた。


「なっ…」


京楽だけがその場に相応しく無いような笑みを浮かべた。
布を外して明らかになったその容貌は、女。


「やあ、椿ちゃん。奇遇だね」







「…この場を『設けた』んでしょ。
 奇遇も何も、ないじゃないですか」


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