うつくしいせかい



「ニール!!海、海に行こう!!」

「…は?」





昼近くまでニールはベットの中で微睡んでいた。
なのに、ニールの腹に名前が股がってそんな提案をするものだから、ニールと名前は車を回してアパートから少し離れた所にある海に来た。

「うわあ。きれい」

華奢なサンダルを手に、真っ白いワンピースと淡い栗色の癖っ毛を海風にたなびかせているその姿は、映画に良く有るワンシーンの様だった。
ニールはその様子を見ながら名前の後をタラタラと歩く。

「何で、急に海なんだ」

「そういう気分だったの」

ニールはその先を追及せずに口を閉じた。

「あ、貝殻」

名前は膝を折って、波打ち際にしゃがんだ。
その間にニールも追い付いて、名前の背後に立って覗くと、小さい巻貝が一つ埋まっていた。
名前は手を伸ばして、もう片方の手にのせた。

「いいこと考えた。
 ニール、貝殻もっと拾おう」

「今度は何するつもりだよ」

くるりとニールの方に向き直ると、名前は一言「秘密」と言ってまた先を歩き始めた。
ニールは肩を竦めると苦笑いして、名前の脇に並んだ。

暫く歩いて貝殻を集めると、ニールの片手一杯程集まった。

「最後の一個」

名前が海のぎりぎりの場所にしゃがんで、薄桃色の貝を持ち上げようとする。

「うわっ」

タイミング悪く、名前はワンピースの裾を海水に濡らした。
ニールがその様子を見てけらけらと笑うと、名前はニールをじっと見た。

「なんだ、仕返しでもするか?」

「……えいっ」

映画のワンシーンの延長なら手で顔に海水をかけるのが定石、と思っていたニールに、名前は足でちょい、と海水を蹴り上げてズボンの裾を少し濡らす程度に留めた。

「今すぐ仕返しすると、ニールよけちゃうから。今はこれだけ」

「これはこれは、気が抜けねえなあ」

意地の悪い笑みを浮かべてニールを見つめる名前。
ニールは両肩を竦めた。

名前は、波にうたれて拾い損ねた貝殻を拾おうと手を伸ばした。

「あ…」

静かになった波にきらきらと緑色の光。
よく目を凝らすが、水の底のものではない。
名前が顔を上に向けると、空高くに、緑色の光がつうっと一筋空を走っていた。

「あれ…」

名前はその光を指差す。
ニールはその指の先を追うと、それの正体を知った。
それは、紛う事無きGN粒子。
遠目にも分かる白と青の機体は、刹那のものだった。

ニールが地上に降りて名前とゆっくりとした時間を過ごすという事は、今日は完全にオフの日。ミッションは無い。
ポケットに入れていた端末を視界の端に見ても、招集をかけられた形跡はない。
もしかしたら何かあったのかも知れないが、呼び出されない辺り、差して重要な事でもなかったのだろう。

不都合は無かったが、状況は少々野暮だった。
ニールは名前にソレスタルビーイングの事を隠し続けている。
この状況自体は差して問題は無いのだが、大事な事を目を背け続けている事を思い知らされるのだ。
話す事自体が億劫な訳ではない。
今の状況に甘んじている。
いっその事、この機会に話してしまおうかとニールは口を開きかけた。

「きれい」

名前はうっとりとするような口調でそう、一言もらした。

「色がオーロラみたい」

普段から目にしているニールにしてみれば、あの光は立派な兵器だ。
綺麗なんて言葉は似つかわしく無い。
だから、ニールからしてみれば思いつきもしない言葉だった。

言われてみれば、確かに、オーロラの色をしていた。

「あれ、ガンダムじゃねえか…」

ニールは至極素っ気なく、そう言う。

「ふうん…そうなんだ。綺麗なんだね」

「兵器に綺麗って…」

「綺麗なものは、綺麗なの」

名前はニールにびしっと指をさした。

「だめよー。ニールは頭で考え過ぎなの」

ニールは何の事だ、と顔を顰めた。
すると、名前はその指を移動させて、今は遠くに飛んでいったエクシアの機体をさした。

「見て、綺麗と思う?それとも、思わない?」

状況が上手く飲み込めず、名前に質問しようとすると、強い口調で「あの光り見て、どう思うか簡潔に!!」と言われ、ニールはエクシアを見た。

「…」

「ニールはゴチャゴチャ考えるからいけないのよ」

「ゴチャゴチャって、おまえなあ…」

ニールは納得いかなかった。
幾らソレスタルビーイングに参加する覚悟を決めているとは言え、世界を敵に向けるような行為をしていて、罪悪感があるのは間違いない。
さらに、その現場に直面しているからこそ、素直に綺麗を「綺麗」と言えない所以だ。

「今を見なさい、今を」

名前は少し胸をはって偉そうな振る舞いをして、にこっと笑った。

くるりとニールに背を向け、今度は濡れない様に、名前はワンピースの裾をすこし持ち上げてしゃがむと、広い損ねた貝殻を今度こそ拾った。
またニールの方を振り向き、ニールが片手にもっていた貝殻の山の天辺に、その貝殻をちょんと載せた。

「…これ、綺麗だと思う?」

「…ああ」

「なら、ニールは大丈夫。
 ニールは綺麗を「綺麗」と思える。
 あとは、言うだけ。
 そこが、ちょっと…素直じゃないみたいだけど」

ひとしきり言うと、またくるりと背を向け名前はすたすた先を歩き始めた。

「綺麗か、綺麗じゃないか」

ニールはエクシアが飛んでいった方向をみた。
もう、随分遠くにいってしまって良く見えない。
緑色の粒子が、キラキラと空を舞う。
いつの間にか小難しく考え過ぎた、とニールは頭を掻いた。
それは、だれだって綺麗と言うにきまっている。
本当は、そうだったのだ。

「名前」

「んー?」

ニールは少し離れた先にまたしゃがみ込んで、海水をぱしゃぱしゃと叩いていた名前の隣に歩み寄った。

「ありがとう」

「は…?」

両手を海水に浸したまま、名前は訝しげな顔をニールに向けた。
そして、思い切り不満そうな顔をすると、下を向いて大きな溜め息をついた。

「な、なんだよ」

「そんな事いわれたら、出来ないじゃない!!」

「何が」

「仕返し」

名前はお椀状にした手に海水を掬って立ち上がったが、そのまま両手をはなした。

「そりゃあ…残念だったなあ」

ニールは苦笑いをした。

名前は両手を振って水滴を飛ばすと、ニールの手の中の貝殻を覗き込んだ。
そして満足そうに2、3度頷いた。

「うん、間に合いそう」

「これ、何に使うんだ?」

「ん、フォトフレーム作るの」

「ああ、成る程」

「この前出かけた時に二人で撮った写真、よくとれたから、入れようと思って」

「…折角貝殻拾いに海にきたなら、今ここでも一枚撮ろう」

ニールは端末を再び取り出した。

「おおー海辺でツーショットって…凄く恋人同士っぽいよ、ニール」

名前がぼけた事を言うものだから、ニールは笑った。
そのタイミングでシャッターボタンを押した。
直ぐに撮れ具合を確認する為に、画面を二人で覗き込む。

「あ、うまく撮れたな」

「うん。
 あ、こっちも『綺麗』じゃない?」

名前は背景に映った海を指差した。

「ああ、綺麗、だ」







海に行ってから数日後ニールは地上に降りて、久々に名前のいるアパートに向かった。
アパートの鍵を開けて中に入ると「おかえりー」と名前が顔を覗かせた。

「ただいま」

「お仕事今日ないの?」

「ああ、休みだ。けど、あと数日したらまた仕事」

ニールはソファーに座って本を読んでいた名前の隣に座った。
そして、サイドテーブルのちょっとした変化に気がついた。

「あ、完成したのか」

この前海に行ったときに拾った貝殻で出来たフォトフレーム。
その中には、そのとき撮った写真が納められていた。

「別な写真入れるんじゃなかったのか?」

「うーん…ニールの為に、その写真いれたの」

名前はにこりと笑った。

「忘れないでね」

「…ああ」

ニールは写真を見ながら、ある覚悟をもって穏やかな笑みで頷いた。



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