笑顔、約束、女の勘



「いってくるな、名前」

「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」

最後に見たニールは、今までに無いくらい最高の笑顔だった。
だから、私もそれに負けないくらいの笑顔を浮かべて、彼を見送った。

それは、2年前の或る夏のある日のことだった。





ある春先の頃。
どうにもじめじめとした天気で少し肌寒い日。
あるアパートの一室。
そこには小さな窓があって、そこからはすぐ隣の公園の緑が見えて、時々、そこで遊ぶ子供達の声が聞こえる。
部屋には小さなテーブルと2つの椅子。
申し訳程度しか荷物の入らないけれど、使い勝手の良い棚。
その上に、いつか撮った数々の写真。
街の喧噪とは無縁の緑豊かで暖かい街と、落ち着く一室。
そこで、名前はひっそりと暮らしていた。

午後の3時を回ってた頃、丁度紅茶をすすっていた時、戸をノックする乾いた音がした。

「はーい」

突然の来客に、急いで飲みかけの紅茶を飲み下して玄関へ走った。
来訪者を待たせるのは可哀想。
だから急いで開けようとドアノブに手をかけた所でふと、手が止まった。

『不用心に開けるな。必ず確認してから開けるんだ』

そんな言葉が脳裏を過った。

「そうだった、そうだよね」

誰に言う訳でもなくそう呟くと、一旦落ち着いてドアノブから手を離してドアアイから来訪者の確認をした。
そこには、鮮やかな紫の髪で眼鏡をかけた整った顔立ちの若い男。
見知った人間では無かったが、怪しい雰囲気でも無かった。
名前は戸を開けた。

「どなたでしょうか?」

「名前さんですね?
 僕はティエリア・アーデと言います。
 ロックオン…いえ、ニール・ディランディの、知り合いです」

名前はにっこりと微笑んだ。
そして、壁側に寄って戸を大きく開いた。

「ねえ、時間はある?
 ちょうど美味しい紅茶を飲んでいた所なの。
 一緒に、どう?」

ティエリアと名乗ったその男は、ずっと緊張したような顔をしていたが、名前の誘いに予想外の出来事のような、すこし、困ったような顔をした。
しかし、少しすると、覚悟を決めた様に「では、お言葉に甘えて」と言って中に入った。

「奥の椅子に座ってちょっと待ってて。
 いま、暖かいのを入れるから」

「あまり、おかまいなく」

今日の天気はあまり良く無い。
ちょっと肌寒いし、どんよりとした天気だ。
せめて、家の中でくらいは、少しでもハッピーになれる様にもてなそうと思うと、自然と準備は急いでやろうと、気持ちばかりが先に行く。
カップとポット、砂糖とミルク、少しのクッキーを乗せた皿をトレーに乗せてテーブルまで運ぶと、ひとつずつ、今度は焦りすぎない様に落ち着いて並べた。

その最中に、名前はチラリとティエリアを見た。
整った顔立ちは中性的で、その視線は今は外の緑に向いている。
眼差しは、穏やかで優しいものだった。
それは、どこか懐かしむような。
それを見た名前は自然と口元が緩んだ。

「綺麗、でしょう?」

「…そうですね」

視線はそのままに、ティエリアは同じく微笑んでそう言った。

名前はティエリアと向かい合う様に椅子に座ると、先ず先にティエリアのカップに暖かい紅茶を入れた。
自分のポットにもほんの少し注いで、名前が落ち着いた所で、ティエリアが口を開いた。

「僕はニール・ディランディと、同じ職場で働いていた者です」

「…ソレスタル、ビーイング」

「ええ」

濁した言い方のティエリアに、名前はすかさずそう言った。
ティエリアの肯定に名前は小さく頷くと「やっぱりそうだと思ったの」と言った。

「ニール・ディランディから、僕たちのを聞いていたのですか?」

「雰囲気よ」

「雰囲気?」

「ええ。
 何となく、あなたにもニールと同じ雰囲気があるもの」

「…そう、ですか」

ティエリアが少し神妙な面持ちになると、名前は小さく笑った。

「…なーんてね。
 雰囲気がしたのは本当だけど、少し話には聞いていたの」

ネタばらしをしたが、ティエリアは神妙な面持ちを崩さなかった。

「失礼ですが、あなたは…ニール・ディランディの、恋人ですよね」

「…なんだか自分で言うのも恥ずかしいけど…うん。そう」

「そうですか。少し、意外でした」

何が意外なのか。
名前の答えの解釈の仕様によってはとても失礼なものになる。
だが、ティエリアはその隙も与えない様にその続きを話した。

「ニール・ディランディは、そう言う事は何があっても話さないと思ってた」

「ふふっ。
 そうね、そうだと思う」

名前は紅茶を一口飲むと、にっこり笑った。

「ニールは嘘が上手」

「僕もそう思います」

「けど、私の女の勘が勝利したから、今こうやってあなたと話してられるのよ」

詳しく話すと長くなるから、省略するけどね。
#name#は悪戯っぽく笑った。
すると、ティエリアもここに至って、緊張を崩したような表情をした。

「あの、ニール・ディランディが、女性の扱いに失敗した様子を見る日が来るとは」

「失敗くらいするわ。人間なんだもの」

その名前の言葉にティエリアをうつむきかけた顔を上げた。
覚えのある台詞だった。
どうしても、忘れられない。

『失敗くらいするさ。人間、だからな』

名前の顔を見つめたまま、じっと動かないティエリアを見て、だんだん不安になって来た名前は不安そうな顔をティエリアに向けた。
だが、それに気付いたティエリアが「大丈夫」と一言言って、一つ頷いた。
(そうだな、もう、僕は一人だ。失敗ぐらい、する)
ティエリアは目を伏せて、ひと呼吸した。

「余談は、此のくらいにして、あなたに話さなければならない事が有ります」

真面目な顔でティエリアがそう言うと、名前は相変わらずの笑顔で「はい。なんでしょう?」と言った。
ティエリアは、同時に少し心苦しい思いがした。
けれど、覚悟は出来た。







ティエリアは、ニール・ディランディの今を包み隠さず全部話した。
名前は静かにティエリアの言葉を、紅茶をすすりながら話した。
名前のカップの紅茶が無くなる頃に、全て話し終わった。

「じゃあ、ニールはもう何処にも居ないのね」

「…ええ」

名前はカップを煽った。
最後の一滴までなくなった。
カップをソーサーに置くと、ひとつ「そっか」と言った。

「まあ、そんな気はしてたの」

「女の勘、という奴ですか」

「そう、それよ」

名前は肩をすくめながら、笑ってそう言った。
その視線は、窓の外の緑へ向いた。

「最後にニールを見た時は片目が無かったの。
 そうね、丸で昔話の海賊みたいな眼帯をしてたわ」





『結構クールだろ?』

『…うーん?そうかなあ?』

久しぶりに会うなり、そんな冗談を言って退けた。
久しぶりにあった割には、ほんの数日しかゆっくりしていかなかった。





「ニールの射撃の腕は世界一よ。
 なんたって、CBにいるんだもの。
 きっと自分の手で犯した失態なら、あんなに笑ってなかった筈。
 けど、何時も見たいに、普通に笑ってたの。
 だから、私も何も言わなかった」

「あの怪我は、そしてニール・ディランディが死んだのは…」

「しーっ」

ティエリアが立ち上がって、若干口調を強くしながら喋りかけると、名前はティエリアの口先に人差し指を向けた。

「知ってる?
 ニールは、すっごいお人好しなの。
 けど、それ以上に、人が大好きな気持ちは人一倍大きいの」

その証拠に、いっつもニコニコ笑っていた。
どんなに険悪な仲の人間が集まっても、その中で自分が出来るベストを尽くしていた。
過去の出来事を、ずっと忘れなかった。
とんだ大きな覚悟を、背負っていた。
ほかに、どんな事があっただろう。

「そーいう人よ、ニールは」

ひとしきり言い終わると「さあさあ、座って。紅茶、さめちゃってないかな」なんていってティエリアに座る様に促した。

「…寂しくは、悲しくは……無いのですか」

ティエリアには、どうしても分からなかった。
どうして、名前がこんなにも気丈にしていられるのか。
感情的。
矛盾した、非合理的な行動。
元々人間なんて良く分からない。

「寂しい。悲しい」

「え…?」

「うん。寂しいし、悲しいの」

「じゃあどうして…」

「だって、私が泣いてニールは喜ぶかしら?」

「…い、いえ」

「あなたが泣いたって喜ばないわ」

名前はそれにつづけて、ゆっくり、ぽつりぽつりと語った。
人が死ぬ事は悲しい。
それが愛する人だったら尚更悲しい。
だから少しくらいその悲しみに浸って泣いても良いけど、ずっと泣きっぱなしも辛い。
だから、泣くのはほんの少し。
そのあとは、笑って過ごしたい。
それに、最後に見たニールは、最高の笑顔だった。

「…なんとなく、ニールはもう居ないような気がしてたの…女の勘よ」

けど、勘は現実になった。
名前は、窓の方を向いたまま、椅子の上で膝を抱えた。

「あなたはもう、ニールの為に泣いてくれた?」

ティエリアは唐突な質問に少し戸惑った。
素直に「はい」とは、言えなかった。
だから、首を横に振った。
けれども「女の勘」だ。
名前がどう受け取ったかは、定かではない。

「…そう…じゃあ、お互いに今日一晩くらいはパーっと泣いて、明日からは笑って過ごしましょう」

約束よ、と言って名前はティエリアに綺麗にピンとたてた小指を突き出した。

「ティエリアは、『指切り』って知ってる?」

「…はい」

ティエリアも同じく小指を出して、お互いの小指を絡めた。
小さな手にあった、小さな指。
それをきつく結んだ。
そして、名前はそれを子供の様にぶんぶんと振った。
数秒そうして離すと、名前は急にティエリアに人差し指を向けた。

「約束破ったら、喩え宇宙に居ても狙い打つ」

ニールの真似なのか、そんな台詞を言って名前は銃を撃つ様な真似をした。
それに対してティエリアは肩をすくめて笑った。

「…女の勘とやらは、とても怖い。そんな事、僕には思っても出来ない」

ロックオン・ストラトスは、いつも皆の中心にいた。
善くも悪くもまるで「保護者」の様。
時に年長者として冷静に事態を見つめていた。
けれども、付き合っていたのはこんな強い女性だった。
ニール・ディランディがあなたと付き合っていた理由が分かった気がする。
きっとあなたはいつまでもこの部屋で、ゆったりと生きていくのだろうな。
ティエリアは目を伏せて、そんなことを考えた。
そしてやっと、紅茶に口をつけた。



今夜一晩は、ぱーっと泣こう。
あしたから、また、一日が始まる。

人間は、本当は弱いものだから。
けど、強くも、生きていける。






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すいません。非常にわかりにくい。
ので、好きではないのですが付足します。
私の文章力が原因です。
あの、私のなかでニールは…そう、ヘタレ部類なんです(ひどすぎる)。
たまに甘えれる時があっても良いよね。
昔家族を亡くした、っていうのは少なからず女性選択に影響するのではないかと。
だから、って話ではないけど、子供とか好きそうですよね、芋男さん。
平穏な家庭とか。自分の立場思うと一歩踏み出せないけど。
けどだからといってそのままの関係は彼女に苦労を強いちゃうかもしれないけど。
けど、愛があるから。

本当は蛇足っぽくて付け足したく無いのですが(しつこっ。けどそれぐらい嫌い)。
分かりにくいので付足すと、狙い打たれるかどうかの関係、になってしまった二人の声であります。



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