猫と雨




「名前。今から浮竹隊長の検診行くんだけど、もし今仕事開いてたらあなたも検診行かない?」

浮竹の体調が大分回復した頃、名前は書類整理をしていると清音に声をかけられた。
名前がその声に気付いて清音の方を向くと、浮竹と二人揃って立っており、まさにあと少しで出かけるような様子だった。
名前の眠くなりやすい体質は幾ら原因不明とはいえ、体の不調である事には変わりないので、時々検診に行く事がこの十三番隊で働くにあたっての配慮と条件だった。

どうしよう。
確かにそういえば今月はまだ一回も行っていない。
そろそろ行った方が良いかもしれない。

「…いきます!!」

名前は残りの書類を机に置くと、少しの荷物を持ってあわててそちらに向かう。





診察は何時も診察室で、最近の調子や眠りの頻度や長さなど、幾つかの質問に答えたり、何かは良く分からない機械で脳に関するデータを取ったりして診察は終わる。
いつもやっている事は変わらない。
薬や治療も殆ど無い。
それだけ、未だ良く分からない事だから、対処のしようがないのだ、と卯の花は名前に答えた。

「現在十二番隊の援助も受け始めた所です。
 恐らくもう少ししたら分かるかもしれないですね」

「そうですか…ありがとうございました。失礼します」

名前は余りにの事の大きさに若干危機感を覚えて来た。
普段はそんなにといってはあれだが、不便は無い。
起きていようと努力したり(ちょっと辛いが)、実戦地に向かっている時は何故か起きていられる。
体質とはいえ、寝ている間は仕事が出来ないのだから申し訳ないと思う部分もある。
もしかしたら、もうちょっと頑張ってみれば、起きていられるものなのではないだろうか。
自分の意思が弱いだけなのではないだろうか、と思う事もある。

廊下を出ると、浮竹と清音がそろって名前を迎えた。

「なにかあったのか?ちょっと顔がくらいぞ?」

「あら、ほんとに!!どうかしたの?悪いとこでもあった?」

悪い所があるから四番隊にいるのに…なんて思うと名前の口から笑みが漏れた。

「だいじょうぶです。今、十二番隊の方も協力して原因を探ってくださっているようです」

帰りましょう、と名前が笑うと二人はホッとしたような顔をして元来た道を歩き出した。
だが、四番隊から出て少し歩いた所で二人と別れた。
また何処かでぐっすり、なんて事を心配されたが、ちょっと買い物してから戻ります、とハッキリ言うと納得してくれた。
二人が見えなくなるまで見送って、名前は脇道に入った。
目的地はこの前の桜の木。
確かに今日はまだ一回も寝ていないし、ちょっと眠たい。
だが、たまに我慢してみるということを覚えてみようと思いついたのだ。
少しずつ忍耐力を付ければちょっとは起きていられる時間が長くなるかもしれない。
少しでも長く出来るようにと、瞬歩を使って急いで丘まで向かった。



京楽は此所数日でどっさり溜まった書類を消化する作業に徹していた。
なんだかんだで割と直ぐ溜まってしまう。
だがその書類も京楽にしては珍しく午前中からずっと黙々とその作業をしていたのと、優秀な副隊長の御陰で殆ど減った。

「あああー…終わりの目処がついてよかったよおーーー…」

京楽が後少しの書類を見ながらぐっと背伸びをすると、すかさず普段からしっかり消化していれば済む事ではありませんか、とお説教が飛んで来た。
残りあと数枚。
これが終わったらぱーっと飲みにでも行こうかなんて考えていると、覚えのある霊圧を感じた。
場所は、あの、桜がある丘。
席を立って窓から丘を見ると、相変わらずこぢんまりと膝を抱えてじーっと空を見つめる名前の姿があった。
今日は猫のように丸くなって寝ている訳も無く、むしろ真剣な面持ちというか、睨むような面持ちである。

「あーあー…可愛い女の子なのにあんな眉間に皺寄せちゃったりして…」

ねえ?と七緒の方を見ると、こちらも眉間に皺がよっている。
どうにも、自分の周りにはこんな子が多いようだ。

「七緒ちゃん。悪いんだけど、これ、よろしく」

「えっ…ちょっと、隊長!!」

内心ちょっと申し訳ないかと思いつつ、七緒の残りの書類の中に自分の分を滑り込ませて、京楽は素早く隊舎を抜け出した。
どうにも、あの子は放っておけない。




京楽がこの前と同じ道を辿って丘に来ると、名前は窓から見た時と同じ格好で空を見ていた。
遠目に見ても、今日の名前の頬はこの前のような血色の良い色ではなかった。
静かに歩み寄ると京楽隊長、と名前が静かに言って片手を着く格好で幹の影から顔を出した。
人なつっこい笑顔は変わらず。けれどやはり肌が白く血色が悪いのは寒いからだろうか。

「やあ。霊圧でわかっちゃったかい?」

「はい。皆の霊圧だけはよく分かるんです」

京楽は名前のもとに歩み寄って腰を下ろすと、静かに「僕と同じか」と言った。
この前浮竹にも言われた通り、他人の霊圧を感じるのは京楽の得意とする所でもある。
何故かと言えば…ただ単に院生時代に追っ手から逃れる為に身につけた術である。

「何してたの?随分真剣な顔して空見てたみたいだけど」

京楽が空を見やる。
重い雲。ごうごうと音のする肌寒い風。
桜の花びらが風に舞っている。
もしかしたら今年の花は割と早くに終わる事になるかもしれないと思うような天気。
この前ここであったときの天気とは全く違うものであった。
この前のようなそらであれば見てても多少は楽しいが、曇天の雲ではあまりそんな気もおきないだろう。

「…あまり直ぐ眠らないように、忍耐力を付けようと思って…眠気に負けないように我慢する練習してました」

ちょっと変な話ですけどなんて少し笑ったが、いつもの底抜けに明るい笑みではなく、その笑みも直ぐに消えてしまった。

「けど体質なんでしょう?我慢して、我慢できるようなものなのかい?」

「すこしなら…。十二番隊の方々も協力して原因を探ってくださってるのですが、それにしてもよく原因が分からないのであれば自分で努力してみるしかないかなあ、とおもいまして」

「それは君自身がとってもつらいんじゃない?」

「うー…けど、ずっとこのままというのも…」

十二番隊にも研究協力を依頼したということが、本人の危機感を煽る形になってしまったのだろうか、と京楽は考えた。
とりあえず相づちをうって、また、静かに二人で空を眺めた。

「…なんで、そんなに頑張ってみようと思ったの?」

頑張る理由があるなら、人は幾らでも頑張れる。
そうではないなら、体への負担にしかならない。
どちらにしても、こんな状況なら良い方向に誘うしか無い。

しばらく名前がうーん、と考える。長い時間は掛からなかった。

「十三番隊に来てから凄く皆が心配してくださって、色んな手助けもしてくださるし、仕事もくれます。
 けど、仕方ないとはいえ、私は直ぐ眠ってしまうので、皆がこなす分の仕事はできない。
 浮竹隊長も、清音さんと小椿さんも、隊士の皆も、それで良いんだ、と優しく言ってくれますが、優しくしてくれた分への有難うの気持ちになるような事が私はできません」

名前は両膝の頭に顔を埋めて「皆と頑張りたい」と呟いた。

京楽は静かに「そうかい」と受ける。
先に「君の場合、皆に可愛らしい寝顔見せてやれば十分なお礼になると思うけど」なんて冗談を言った後に、真面目に名前の悩みについて考える。

「体質だから無理して逆に悪い事を招いてもこまるけど、君なら出来ない事じゃないね。
 けど、君の言う『有難うの気持ち』になる事は仕事して御返しする事だけではないし、その事に関しては十二番隊からの研究報告が出て来てから考えても遅くは無いとおもうなあ。
 何言われたのかよくわからないけど、今の君は今までに比べて危機感が高まっちゃったみたいだね。
 何の解決にもならないだろうけど、僕は今までみたいに本当に猫のようにゆったり生きている君が一番君らしいとおもうよ」

そういって、へらりと笑いながら何時ものように頭をなでると名前も次第に何時もの笑みに戻った。

「京楽隊長……ありがと…ご…っつ…ううー」

しかし、突然名前は顔をしかめて頭を抱えた。

「どうしたんだい?」

「あたまいたい…多分、すぐに雨降る…かもしれません。
 天気わるくなるまえ…とかは、ちょっと具合わるくなりやすいんで、す…」

直ぐに十三番隊隊舎に戻らせようとするが、いまいち足下が覚束ない。
手を差し出してしっかりと立たせようとすると、まるで布か何かのようにそのまま腕にだらんと寄りかかってくる有様だ。
京楽の腕にだらんと引っかかるさまは、どう見ても大丈夫とは判断しがたい。
どうしたものかと考えると、ぽつぽつと雨が降り始めた。

「一回八番隊舎に行こう」

「…すいませんーー…」

羽織を名前にかぶせて抱えると、京楽はこの前キヨがしたように丘を飛び降りて瞬歩で急いで戻った。





「七緒ちゃん、何か拭くもの無い?」

両手が塞がっているので、足で戸を開けて中に入ると、京楽が外に出た時とほぼ同じ格好で七緒は執務をこなしていた。
手元をみると、もう最後の書類であるのが分かった。

「…あ、あります」

七緒が不思議な顔をして京楽が抱えている名前を見るが、直ぐに拭くものと名前の分の着替えまでもってきた。
京楽が名前を見るとどうやら体調のわるさからなのか眠気なのか、少し顔をしかめながら眠っている。
静かに長椅子に下ろすと不安そうな顔の七緒が傍に立った。
しかし直ぐに、着替えさせますので外に出ててくださいと言われたので大人しく京楽は執務室の外に出て待った。
隊長羽織を着ていたので京楽は殆ど濡れなかった。
廊下で隊長羽織を脱いで、壁に背をつきながら白いぬのにぽつりぽつりと残る雨の跡をみる。
もしかしたら、今日調子が悪そうに見えたのは、天気が悪くなる前だったからなのかもしれない、といまさら気付いた。
あのこも気付いていない訳ではなかったのだろうが、気が張っていて気付かなかったのかもしれない。
それだけ悩んでいたのかもしれないなあ、とおもいつつ、やはり猫のようだとどうしても思ってしまった。
天気が悪くなる前の猫も静かで大人しいものだ。
やがて、七緒が戸を開けた。
濡れた隊長羽織の代わりに新しい隊長羽織を渡されて、それを着ながら名前の傍へよった。

「此の子はどこの隊士なんですか?随分体調悪そうですが…大丈夫でしょうか」

「十三番隊の秘蔵の子だよ。名字名前ちゃんって言うんだ。
 多分体質から今こうなってるんだと思うけど、今まで随分気を張ってたみたいだから、緊張の糸が切れちゃったのかも。
 大丈夫だとは思うけど、一応十三番隊に聞いてみてくれない?」

「はい」

七緒が名前を気遣ってか静かに外に出たあと、京楽はじっと名前の顔をみた。
やはり、血色がわるい。
この前のような幸せそうな寝顔でもない。
静かに名前の頭をなでながら心から此の子の元に向かってて良かった、と思った。
暫くそうやってると、七緒が再び戻って来た。

「天気が悪くなると体調が悪くなるようです。
 天気がよくならない限りは治らないようですが、少し寝かせておけば楽になるらしいです。
 今から十三番隊舎に運ぶのは可哀想ですし、今日の所はうちで様子を見ますと言いました」

七緒がそういいながら窓の外を見たので、京楽もそれに習い窓の外を見やる。
さっきよりも雨脚が強くなっている。

「やっぱり。
 さすがは子猫ちゃんだなあ…」

「子猫…?」

首を傾げる七緒に、天気が良くて、此の子の体調がいい日が最高に猫っぽいのだ、と説明した。
京楽は分かりやすいように、よく寝る、天気が悪くなると静かになる、人懐っこい、それに、このふわふわした
髪の毛、と特徴を指折り言っていく。
最後に「ど

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