猫の素顔



早咲きの桜を見た時よりは暖かくなった頃、京楽は親友の浮竹のもとに足を運んだ。
久しぶりに大きく体調を崩したようで、見舞いをしようと思ったのだ。
今日は生憎晴天という訳ではなく、暖かさはあるものの、若干空が暗い。
雨乾堂からは普段の健康時に比べたら若干弱々しい霊圧が感じられたので、
もしかしたら寝てるかもしれない、と思い静かに簾を上げて様子を伺った。

「…ああ、京楽か」

「なんだ、起きてたのかい?」

布団に横になっていただけで眠ってはいなかったが、随分肌の色が悪い。
精神的にも参っているようで、口調もどこか覇気がない。
長い付き合いだから分かるというものでもないのだが、今までの中でもわりと重症の様だった。
そんな様子を観察しながら、京楽は枕もとにあぐらをかいて座った。

「季節の変わり目だからなあ…こればっかりは、どう仕様も無いんだよなあ」

「まあ、焦らずに直しなよ」

暫くそんな感じで話をすると、清音がお茶を出しにやってきた。
「失礼します」と彼女特有の元気で通った声がして、京楽も視線をそちらにやると、
上げられた簾の向こう側には勇音ともう一人立っていたのが目についた。
清音と言えば小椿と行動を共にしている事が多いが、今日は別な隊士。

「あれー…名前ちゃんじゃないの」

「あ、京楽隊長!!」

簾を上げる清音に促されて入ったのは、茶器をもった名前だった。
相変わらず人懐っこい可愛らしい笑顔をしていた。
その様子に、浮竹も清音も突然の事に視線をかわして驚いていたが、
当の本人らは「久しぶり」なんて会話をかわしていた。

「おい、何でお前が名字の事しってるんだ…?」

「まあ、仔細あってね…この前ちょっと話したの」

京楽が浮竹にそう答えたのを聞いて、清音が確認するように名前の方をむくと名前は大きく頷いた。
浮竹曰く、名前の眠くなりやすい体質を考えるとあまり外に出せないので、隊舎内での任務が多い。
いくら京楽が十三番隊にくる事が多いとはいえ、他隊の隊士はもちろん他隊の隊長なんかと交流する機会はあまりないそうだ。

「…詰まる所、僕は十三番隊の秘蔵っ子と知り合えた訳だ」

「なんだか変な言い方するなあ…まあ、そんなもんだ」

「浮竹隊長の心配りには感謝してもしきれませんが、ちょっとだけ心配し過ぎですよー」

当の名前は入れたばかりの香りの良いお茶を京楽の前に出しながら、京楽と浮竹の会話にそういった。
それが、余りにものんきににこにこ笑いながら言うものだから、危機感が欠如して見えたらしく、浮竹と清音が声を揃えて「そんなことない」と言って異議を唱える。

「確かに浮竹は心配性なとこあるけど、どこかで眠りっぱなしのまま風邪なんてひいちゃったら大変だものねえ…」

京楽がそう付け足すと、名前は肩をすくめて「ごめんなさい」と呟いた。
やはりその様子が猫のように見えて、京楽はこの前のように頭をなでた。
名前はそれがよほど心地良いらしく、笑みを浮かべつつ大人しくそれを受けるが、
京楽が余りにも長い時間そうやって頭をなでてる上に、名前はそんな表情なものだから、浮竹が訝しげな顔をした。
それに弁解するように京楽が「ほら、猫みたいでしょ此の子」というと、
清音は何となく納得した顔をしたが、浮竹は複雑な表情をして呆れていた。

しばらくすると清音と名前は雨乾堂をあとにした。
そのときを見計らって、浮竹は口をひらいた。

「お前と名字が知り合いだったなんてなあ…」

「まあねー」

「その時も名字は寝てたか…?」

「…ああ、そうだけど?」

浮竹の意図の分からない質問に京楽は中途半端にそう答えた。
答えに対して浮竹はうーん、と暫く唸った。

「あの子が眠くなりやすいのは知ってるようだから言っておこう。
 もし、お前の出先とかであの子が眠ってたりしたら一応声かけてやってくれ。
 放っとくと死んだように眠りっぱなしのときがあるからな。
 お前は霊圧探るのとか感じるのは得意だし、もし俺たちで見つけられそうに無いとこで眠ってたら隊舎に戻るように言って欲しい」

「…そんなに重症なのあの子?」

「うーん…まあ、深く眠りっぱなしなのは極まれにあるからなあ…。
 万が一ってことも考えると、なるべく人に言っておいた方があの子の為だな」

京楽がふうん、と頷くと浮竹はほっとした顔をした。
この前見た時の寝顔では「死んだように」眠る姿は想像出来ない。
いまいち危機感が薄いままで京楽は頷いた。

浮竹はぽつぽつ名前の事を喋り始めた。
あの子は「眠りやすい」という事は体質だと言っていた。
だがどうにもそれだけではないような事で、詳細は未だ解明されていない。
卯の花隊長曰く脳に障害がある訳でもないし、斬魄刀に関係があるのではないかという話。
その体質の事もあって、つい数ヶ月前に十三番隊に移動して来た。
しっかりと実戦も行えるが、終わった途端に見計らったように眠りにつく。
だから、浮竹の配慮もあって十三番隊では主に内勤を任せられている。

「へえ…あのこも苦労してるんだねえ」

「まあ、普段はしっかり仕事こなせるから良いんだけどな」

浮竹はまるで我が子を思うように微笑んだ。
京楽は浮竹がどんなやつか身にしみるほど知っている。
だから、あの子はきっとここでやっていけるだろうと思った。
京楽は先ほど名前をなでた手を見つめた。
どうやら名前は可愛らしい子猫ちゃん、だけでは無いようだ。
京楽は雨乾堂の格子窓のそとの重い雲を見てため息をついた。






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