猫の戦い2



京楽は虚の消失した場所に足を下ろした。
見渡す限り、ただ木が生い茂っているだけの森。
上空からここへ降り立つ時も周囲に虚が隠れていそうな洞窟や穴などは見られなかった。
今この地点に来ても虚の姿を見る事はおろか、虚の気配すらしない。
周囲をよく観察して警戒するが、判断材料になるものは一つも見当たらなかった。

「やはり、京楽隊長…!!」

程なくして派遣した二組の隊士達が顔をだした。
先頭の隊士が声を上げると次々と他の隊士達が後ろから出て来た。
その顔ぶれの中にはには不安を露にした者も混じっていたが、京楽を見つけた事による安堵した風の顔をした。

「何故、このような場所に?」

「いや、ちょっと僕も見ておいた方が良いかなって思ってね」

今此の場で本当の事を言えば只でさえ顔に恐怖を滲みだしているような隊士達には悪影響だ。
先ほどの霊圧では隠すのも無駄かもしれないが、京楽はにっこり笑ってそう言った。
そのまま探索しようか、と切り出すと京楽は進んで先頭に立って森の中に歩みを進めた。
皆、警戒して最低限の会話以外は無言を保って移動する中、京楽はしきりに何か足跡が無いか探った。
すると、森の中に住むような動物では有り得ないような爪痕の様な物が木に残っているのが見えた。
遠目に見なければならないような位置だったが、余りにも大きくくっきり映っていた。
それを、隊士に悟られないように配慮しつつ「警戒緩めないでね」と声をかける。
ただ、口ではそう言いながらも京楽の手は斬魄刀にかかる。

そのときだ。

また、あの虚の霊圧がした。

「うっ…!!」

うめき声がして京楽が直ぐに背後を振り返ると、後ろについていた数人の隊士がどさりとその場に倒れた。
他の隊士がそれに駆け寄るが、その中の一人の死覇装の裾がスッと切れた。
それを切っ掛けに次々と攻撃を受ける。

「う…うわああっ…!!」

数人の隊士が状況に付いていけず恐怖を露にした声を出す。
京楽は舌打ちをして何処か安全な場所を探すと、森の先に少し開けた場所が見えた。
「はやく、怪我人を担いでここをまっすぐ行くんだ」と森の先を指差した。
京楽は森の先を目指しつつも斬魄刀を抜いて、次の攻撃に対して構えをとるが、どうにも敵は素早く動き、京楽は羽織に数カ所切れ目を入れてばかりで一向に攻撃に追いつかない。
面倒なことに、姿が全く見えなかった。
次の攻撃の間に京楽は切られた裾を見ると、それは確かに先ほど木に残っていた爪痕と同じような形に切れていた。

「あたり、か」

隊士達が次々と森を抜けてゆく中、京楽は最後に森をでた。
そこは、一面の白い花。
森の中にぽっかりと空いた空間にそれがびっしりと生えている。
その香りは、拠点をおいていた所に風に乗って微かに香っていた香りと同じ物だった。
だが、そんな事にうつつを抜かしている場合ではない。
丁度その空間の真ん中に集まる。
戦えそうな隊士が、負傷した隊士を囲んで次の攻撃に備える。
空間の淵を沿うように森の中を移動したり、直ぐ近くに居るような気配はするものの攻撃は仕掛けてこなかった。
京楽は意識を研ぎすまして、落ち着いて霊圧を探った。
先ほどとは状況が違う。追い付けない素早さの霊圧ではなかった。
目を閉じて、何処に居るか確かめようとしたが、即座に敵の方からやってきた。
京楽が素早く刀を振り上げると高い金属音がした。
花天狂骨と、何か硬質な物がぶつかる音。
目を開いた京楽は、花天狂骨に微かに映った三本の鋭い爪を見逃さなかった。
そのまま脇差しに手を伸ばし、居合いの要領で素早く相手に切り掛かる。
すると、血のような物がぱっと何も無い空間から散って、その周辺からもやが晴れる様にゆっくりと虚の一部が見え始めた。

「いつまでも姿隠すなんてセコい真似しないで、早く姿表しなよ」

京楽が攻撃に怯んだ虚に畳み掛ける様に次の攻撃に移ろうとするが、森の中に逃げ込まれた。
森の中に逃げられたのを追っては、視界が悪いので姿が見えていないこちらは不利だ。
人数をさけば、という問題でもなさそうだ。
なにより、今のこちらの力ではそれも無理。
名前が恐らく増援をだした所かとおもうが、遭遇した虚のレベルであれば先ほど与えた傷も虚ならば直ぐに治るかもしれないので、いつまでも泳がす訳にも行かない。
仕方ない、と京楽は森への道を戻り始めた。

「きょ、京楽隊長。お一人では危険です!!」

「…僕がここにまた誘き出す。
 そこを狙ってくれない?
 手負いも割と居るし、人数もそんなに居る訳でもない下手にここから人数離れてもいけない。
 きっと痛みで意識が乱れてては霊圧探れないでしょう。
 なら、君たちが守るしか無い。
 それに、まだ、他の虚が居ないとも限らないだろう」

隊士は眉を顰めた。
次いで、至極悔しそうな顔をして頷いた。
京楽はにっこりわらって森の方へ歩いていく。
先ほど隊士達が攻撃を受けた辺りに近付くと、霊圧に近くなっているのを感じた。
立ち止まってそちらの様子を窺うと、その方向からガサガサという音が聞こえる。
もう少し近付こうと一歩踏み出した瞬間に、ぐんと霊圧が近付く感覚がして京楽は刀を振り上げて防ごうとするが、腕を一本やられて、深手を負った。
立て続けに、二、三度攻撃を繰り返されたのを見ると、おそらく戦う余裕が出来たのだろう。

今ならいける。

京楽は空に向かって地面を蹴って森を抜けた。
虚が思惑通りに後を追って出て来た。
京楽はそれにほくそ笑んだ。

視界を遮る障害物も、隠れる物も無ければ、お互い真っ向勝負で戦うしかない。
未だ虚は京楽に付けられた傷が治っていない状態だったので、大体虚が何処に居るかは目星がつく。
きっともっと傷を付ければ姿を追いやすくなるか、虚の力が弱くなれば姿を消す事が不可能になるだろう。
だが、いまの京楽にはほんの僅かな印だけで十分だった。

下の森の方から複数の霊圧が感じられたので、恐らく増援が来たのだろう。
いまがその時と、始卍状態にして早い所此の戦いを終わらせようとした。
だが、突如隊士たちが固まっていた筈の場所から叫び声が聞こえた。

やはり、一体だけじゃなかった。

京楽は舌打ちをしたが、今の相手から目を離す事は出来ない。
だが、霊圧から察するに今京楽が相手をしているものと大差ない程度。
だが、あちらは未だ傷一つ付いていない。
ならば早く、目の前の敵を倒してそちらに行ったほうがいい。

「…花天狂骨」

傷めがけて数回攻撃すると、また可視範囲が広がった。
とどめを刺そうと斬魄刀の切っ先を敵に向けた瞬間、背中に痛みを感じた。
下で隊士に攻撃を仕掛けていた虚がこちらにきて、京楽に一撃与えたのだ。
だが、京楽はそちらに構っている余裕は無い。
痛みをこらえて正面の虚にとどめを刺そうとしたが、やはり間に合わなかった。
斬魄刀でかわそうとしたが、すぐ目の前に虚の爪が迫った。
仕方なしに半歩引いて、大きなダメージだけは避けようとしたが虚が目の前から消えた。
遠くから、虚を狙った攻撃に当たったのだ。
虚の飛んでいった方向を見ると、虚が疾猫に噛み付かれて雄叫びを上げていた。

「疾猫……名前ちゃん…」

攻撃の来た方向を見ると、少し離れた所にキヨが斬魄刀を右手にさげて立っていた。
痛みに耐えながら何時もの様にへらりとわらって「ありがとう」というと、名前がまだ周囲に警戒した面持ちのまま京楽の元に近寄って来た。

「背中…それに腕も…」

背中の傷は深手ではなかったものの、広範囲に広がっていた。
腕の傷は背中の傷とは裏腹に割と深く、血が滴っていた。
名前は京楽の怪我をした場所にそっと手を添えて、まるで自分の怪我の様に悲痛な表情をした。
疾猫が直ぐ傍で戦っている様子を見て、まだ余裕があるのを確認すると名前は胸元から布をとりだした。
そしてびりびりと数本に分けて裂き、それを結んで包帯代わりのものを作った。
それを京楽の腕にぐるぐると巻いて止血の代わりにした。

「今は、腕しか出来ない…ごめんなさい」

「いや、ありがとう。
 腕さえ動けばどうとでもなるから」

京楽は向かい合って名前の頭を撫でる。
しかし、京楽は名前が手当をしたばかりの腕をすっと上に上げる。
名前がまだ大きく動かしてはいけない、と制止の声を上げようとすると衝撃音がした。
名前が音に驚いて顔をあげると全体の姿は見えないが、京楽の肩越しに所々獣が噛んだような跡が浮かび上がるのが見え、そこから花天狂骨に血がしたたっているのが目にうつった。
京楽は身を返して虚と向かい合って直ぐに次の攻撃にうつった。
名前は呆気にとられてその様子をみていたが、はっとして周囲を見回した。
今までこの虚を相手にしていたのは疾猫だ。
少し遠くに居た疾猫は少しは慣れた所で全身で息をするような状態だった。
体には所々に京楽の背中にあるのと同じ、痛々しい爪痕が残っていた。

「し、疾猫っ…!!」

名前は直ぐに駆け寄ろうとしたが、京楽も同じく酷い怪我を追ったまま戦っている。
疾猫の方を見ると、鼻で京楽の方に行く様に言って来た。
まだ、こちらにきて加勢できる状態ではないようだった。
疾猫も大切だが、いまは、虚を討つのが先決。
名前は疾猫に向かって大きく頷きながら京楽に加勢した。

丁度京楽と虚の距離が出た所を見計らう。

「破道の六十三、双蓮蒼火墜!!」

名前の攻撃で虚に隙が出来たときを見計らって、京楽と名前は同時に虚に向かって攻撃を仕掛けようとして急接近したが、急にその姿を消した。
京楽は即座にキヨの背に回って、背を合わせてお互いの背後をとられない様にした。
だが、名前は幾ら席官だといってもまだ弱い方だ。
実質、京楽がキヨの正面を守っているような状態に変わりない。
そのとき、京楽の背後から鈍い音がした。
はっとして京楽が振り返ると、名前はをゆっくりと体勢を崩して下に向かって落下していった。
何処から出ているものかは分からないが、血が出て空中に散らばっていた。
量からして、相当深い。

「名前っ……!!」

京楽が名前の方に行こうとするが、虚が続けて京楽をしとめようと京楽に爪を振りかざした。
京楽はそれをかわし、素早く一太刀みまわせるが、まだ虚は倒れない。
足下ではまだ名前は地面に向かって落ち続けている。
下は森だが、何の構えもとらないまま落ちては絶対に大けがをする。
京楽の正面には虚。
落ちる名前。
どうしようもない状態に陥っていると、疾猫が名前を木にぶつかる寸前に背に乗せたのを視界の端に見て、京楽た即座にまた虚に向き合った。

「……仕舞いだよ」

京楽は高速で虚に向かい花天狂骨を大きく振り上げてとどめを刺した。
それは、深く重く、虚に刺さった。
虚は逃げようとしたようだが、僅かに京楽のスピードの方が早く、空に散った。


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