猫の戦い



「八番隊、十三番隊の皆。
 今日はくれぐれも気をつけて任務にのぞめ。
 怪我などしないように」

全ての作戦などについてしっかり話した後、浮竹が整列した隊士達に向かって念を押す様に強い口調で改めてそういった。
その隣に並ぶ京楽はどこ吹く風といった調子だったが、浮竹につつかれると一言喋って口を閉じる。

天気は良好。穏やかな風が吹いてどこからか芳しい花の香りがするような日に、名前にとっは席官に付いてから初めての大きな虚討伐当日の朝を迎えた。
八番隊、十三番隊揃って、かなりの人数が流魂街に動員された。
あまりの動員の多さに、街から少しは外れの空き地に拠点を張ったが、その物珍しさから流魂街から見物客がちらほらと物陰から様子を窺うような状態だった。
だが、その興味津々の顔の中にホッとしたような表情が窺えるのを見ると、恐らく今回の討伐が終われば流魂街にも平穏がやってくるので安心したのだろうな、とキヨは思った。
ここに出ていた虚は、流魂街の者達にも重大な影響をおよぼしていたと資料に書いてあった。

「名字、一応先に配置についておいてくれるか。
 まだ準備が整っていから見張りをしていてくれ」

「あ、はい」

名前は数人の隊士と共に、上空から周囲に警戒に当たる役になった。
点在しているのと、力が未知数であること、発見した隊士の技量に合わせて増援を遅れる様にという作戦の結果だった。
他の隊士と再度その事について確認し、打ち合わせをしてから上空に飛び上がった。
名前が丁度良い位置に落ち着くと、疾猫が姿を現した。
より太陽に近い位置に来たので、疾猫の鬣は光に当たってきらきらと光り、空の高い位置にふく強い風がそれを靡かせたし、いつもと違う雰囲気や虚討伐で気が張っているのかぴりぴりとした空気をまとっているので、より野性的な雰囲気を放っていた。
その様子があまりにも何時もとかけ離れていたので、名前は口をへの字に曲げた。
丸で何時もと違う雰囲気なので、どこか違うもののように思えた。
もちろん、斬魄刀は名前の精神から出来ているもの。
名前は目に見えてそこまで緊張していなくても、本当の心の底は疾猫の様に気が立っているかもしれない。
だから名前が「頑張ろうね」と自分にも言い聞かせる様に言いつつ鬣に手を伸ばしてぎゅっとすると、疾猫は名前の頭を数回つついた。

名前も、気持ちを切り替えようと大きく空気を吸った。
こんな上空にあっても、花の匂いが混ざる。
それが余りにも気をそぞろにしてしまう。
今はまだしも、下で準備が整ったら戦いの始まり。
あまり集中できていない状態で、そんな中途半端なことは出来ない。
今だけ、と辺りを見回すと少し離れた森の中に開けた土地があって、そこを覆い尽くす様に一面白い花が咲いていた。
花の種類までは分からないが恐らくあそこから香るのだろうな、全て事が終わったら春くんに言って一緒に見に行こうかな、なんて事を考えていると疾猫が名前の背をつついた。
振り返って促されるままに下をみると、隊士が散り散りになって森の中へ入ってゆく所だった。
ちょうど、名前の近くに立っていた伝言役の隊士が討伐が開始された事を伝えて来た。

「よし、私も頑張ろう」

斬魄刀の鍔に手をかけ、ぎゅっと握る。
これからは戦いだ。






討伐開始から数刻たった頃から少しずつ虚と遭遇した、討伐が完了したなどの情報が京楽と浮竹のもとにも入る様になって来た。
先遣隊はそれなりの強さの隊士でくませて怪我を負って帰って来た。
なのに今の所先遣隊より力の弱い隊士達だけで増援を呼ぶ事なく片をつけられている様子を見ると、霊圧につられて出て来た小物しか出ていない事になる。
浮竹も京楽も、気を緩められなかった。
今回は先遣隊の件を反省して数人の組で数個に分けて行動し、より効果的に発見し、増援するという形をとった。
無論、小さい組にわけて離散させれば力量に合わせたりして組を構成するうちに一つ一つの力は弱くなる。
だが幸い、広範囲に広がっているとはいえ、未だ増援を送っても間に合う程度の広さだったので、発見し戦っている組だけで力が足りないようだったら、様子を見て先に名前が本拠地に知らせる事になっている。
他にも、組が強い虚の場所に向かおうとしていたり、名前が先に虚を見つけた場合もそこに増援を送る。
先手を打って、討伐するのが今回の基本となる事項。
名前は末席とはいえ、能力を買われて重要な役割を担った。

「まだまだかかりそうだねえ…」

京楽はそう呟いて上空を見る。
数刻たっても、名前は討伐が始まった時と変わらずに真剣な顔つきで霊圧を探っている。
だが他の隊士は時間で交代をしたようで、名前の周りには始まった頃とは違う隊士が見えた。
きっと今までの名前ならそうしていただろうが、今は立場が逆転したようだった。
丁度浮竹も気になったらしく名前を見たが、京楽と同じ事を思ったのか一人苦笑した。

「お前の御陰で、とんだ才能が開花したものだ」

御陰で今日は大助かりだ、とも付け足した。
京楽は浮竹に向かって「どうも」と短く返す。
そして、直ぐにまた視線を戻す。

もし、隊士達が本当に危険な状態に遭遇したら真っ先に飛んでいかなければならないのは名前達だ。
名前で力が不足するような事も有り得なくは無いので、京楽は直ぐに対応出来る様にじっと名前を見て合図がくるのを待ち、また、自身でも霊圧を探っていた。
だが、名前からは何の合図も来ないし、めぼしい霊圧を察知する事も出来なかった。

大人しく一旦休憩するか、と思ったそのとき。
背筋にぞくりとくるような霊圧が京楽を襲った。

直ぐに浮竹も京楽の元に駆け寄って来て、直ぐに名前を見上げてその方向を確認する様に合図するのと同時に名前が頷くが、名前が次の行動を起こそうとした瞬間にはその気配が消え去った。
文字通り本当に突然消えたので、気配を追おうとしても京楽でさえその足取りが掴めない。
一応確認のために上空から見た名前の反応を待ったが、こちらをむいて首を横に振る事しかしなかった。

「ずいぶん…でかい霊圧だったなあ」

「僕たちもそろそろ準備してた方良いかもね」

「…そうだな」

一応反応が消失した地点に二組を向かわせると京楽と浮竹も準備に入った。
だが、京楽にはどうにも引っかかる事があった。
先遣隊からは強いがもっと弱い力の虚だったと報告されていたが…いまのは報告を越した霊圧だった。
先刻感じた霊圧であれば、時間をかけて成長したものだから、もっと先に討伐が計画されていてもおかしく無い。
まさか、大きく成長するまで放っておいたなんて事は有り得ないし、こんな短期間に大きく成長するなんてまず有り得ない。
どうにも引っかかる。

「ねえ、浮竹。
 ひとついいかい?」

「ん、なんだ?」

京楽は身を返して、用意をしていた浮竹にある提案をだした。
妙な引っかかりは、嫌な予感の裏返しでもあったのだ。








「まだ藤原先輩立ち続けてるんですか?」

キヨが数刻たっても未だ見張りとして立ち続けているのを見かねて、若い男性隊士が尋ねた。
その声のなかには若干の心配も含まれていた。
全く疲れた様子も見せないし、始まった頃と比べて集中力が切れる様子も無い。
斬魄刀である疾猫も同じであった。
凛とした面持ちで、背筋をピンと延ばし、名前の傍に付き続けている。
若い男性隊士はつい最近入って来たが、今では想像も付かないが、名前は本当はこんな事をしていられるような状態の隊士では無かったと他の先輩隊士に聞かされて、どうにも気になってしまったのだ。

「うん。ありがとう。
 もう少ししたら休憩とるね。
 さっき霊圧かんじたし、もしもの事があると困るから」

「さっきからずっとその台詞言い続けてるじゃないですか」

「なら、そろそろ休んだ方が良いんじゃないの?」

此の場に相応しく無い聞き慣れた声に名前が背後を振り返ると、そこには京楽が立っていた。
とっさに「春くん」と言おうとしたが、慌てて手で口を押さえた。
此の場に居る隊士は知らないかもしれないが…幾ら付き合っているとはいえ、他の隊士の前で隊長をそんな呼び方は出来ない。
京楽は苦笑いして「いいのに」と言ったが、名前は首を大きく横に振った。

「きょ、京楽隊長。何故ここに…」

「ああ、さっき虚が出た所にいってこようと思ってね。
 それで、途中でここに寄っただけだよ」

「だ、ダメですよ!!
 だって、一応隊長であっても…ひとりでは!!
 今隊士が見に行っているから、それが戻ってくるまで…」

「ちょっとどうしても気になる事があってね。
 浮竹がまだ拠点に居るから、何かあったら呼べば良い。
 ……何も無いと思うけど、ね」

京楽は焦った口調の名前の肩に手をおいてそう言った。
それに君たちもいるじゃない、と続けて言う。
他の京楽の霊圧に気付いて集まって来た他の隊士は、今の京楽の言葉に大人しく「はい」と言ったが、名前だけは納得出来ないような顔つきでいる。
もしかしたら、名前も違和感に感づいているのかもしれないと京楽はヒヤヒヤしたが、どうやらそうでは無いようで、渋々「はい」と頷いた。
きっと、気付いていたら何が何でも行かせない筈だ。

何時ものように頭を撫でた時にこちらを見上げた瞳は未だ納得しかねているような目をしていて、必死で何かを訴えかけていたが、京楽は優しく笑ってやる事しかしなかった。
自分に限ってそんな事はないとは思っているが、余計な事を言ってぼろが出れば大変だ。

「頑張って」

名前はその言葉に大きく頷いた。
そして先に向かわせた二隊が消失した地点に近付いているのを感じて、京楽は急いで瞬歩でその場を去った。


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