猫の落ち着く所



飲み会がお開きになった所で、京楽は名前を両手で抱えて帰路についた。
結局、飲み過ぎたらしくて目が覚めずに、京楽が八番隊に連れて帰る事にした。
夏の澄み渡った空に星が輝くかわりに、月は少し控えめな光を放っていた。

はてさて明日は休みを取っているとはいえ、此の子を何処に帰そうかと名前を見やった。
先ほどから控えめではあるものの声を掛けて、せめて宿舎の部屋番号だけでも聞こうとするが全く起きない。
勿論京楽と共に京楽の私室に連れて帰っても良い…というよりは寧ろ本望だが、朝起きたときにどんな顔をするか想像すると気が引けた。
しかしこの夜半過ぎに、今から七緒の部屋に連れてゆくのも億劫だった。
結局、京楽は私室に向かう道のりを歩みだした。
京楽も一端の貴族であるので通例なら自宅に帰宅するものだが、どうにも色々落ち着かなくて一般隊士と同じ宿舎に一室をもった。
自宅が何となく落ち着かなかったから住処にしているだけだが、今回ばかりは一室設けていて良かったと今更思った。
もし自宅帰りだったりしたら…名前がどんな顔をするか。
恐らく宿舎の方がマシな反応をするだろうと苦笑いした。

八番隊隊舎が見えた頃には大人しく帰路を歩くのに飽きて瞬歩で私室前に行くと、行儀悪く足で戸を開けた。
だだっ広い面積には最低限の家具と酒瓶ばかりしか無い部屋には無論明かりも付いていなかったので、何の情緒も無い。
幸い、今日は星の光が部屋に差し込む程度。
ぎりぎりの状態で名前を片手で支え、布団をしいてそこへ横にする。
相変わらず幸せそうな寝顔で起きる気配はない。
酒のせいか、頬がいつかのようにほんのり色づいている。
そのうち、何時もの様にころんと丸くなって、布団の中にもぞもぞ潜る。
頭と顔がほんの少し布団から見えているような状態。
そんな様子を京楽は穏やかな瞳で見ていた。

京楽に取っては最近に無い、とても穏やかな夜だった。





障子の隙間から差し込むあたたかな日の光と、鳥のさえずりで翌朝は名前の方がさきに目が覚めた。
だが、まだハッキリと醒めない目を擦っても擦っても、全く理解出来ない光景しか飛び込んでこなかった。

「…な、なんで……こう、なったんだっけ」

京楽が名前を正面から抱き込む形で、隣で静かに寝息を立てている。
動いたら寝ている京楽を起こしかねないので、名前は動こうにも動けない。
あまりにもぐっすり眠っている様子を見ると名前にはどうにも起こせなかった。

ずっと、ぽかぽかぬくぬく、まるで太陽の下で昼寝でもしているような幸せな気持ちで寝れたのは、こういうことだったんだと名前は顔を赤くした。
そういえば、夢うつつの中で自分の部屋では絶対焚かないような落ち着く花のお香の匂いが妙な安心感をもたらしていたのだが、よくよく考えればそれは確かに京楽のだったと思い出す。
そうやって、名前はひとつひとつ改めて実感すると、少し恥ずかしい気持ちもあるがとても幸せな気分がした。
そういった、身にしみて感じるものだけではない。
京楽は名前に沢山の良い変化をもたらしてくれた。
最初はとても感謝していた。
いまは、それだけではない。
もっと、名前の中で大きい存在だった。

「春くん居てくれてよかった…心地いい」

幸せは、またすこしの眠気を運んで来た。
名前は京楽を起こさない様にそっと京楽の胸へ身を寄せた。
花の匂いが鼻孔をくすぐって、そして、ぬくもりの根源である心臓の音。
その、ひとつひとつに安心感を覚えて、静かに目を閉じた。

その時を見計らったかの様に京楽が目を開けた。
本当は名前が目を覚ました直ぐ後に目を覚ましたが、自分で状況理解させた方が手っ取り早いかと思って何も言わずに寝た振りをしていた。
京楽にとっては美味しいこの状況に野暮な説明などは無用のもの。
暫くはこの心地いい空気を味わいたい。
案の定、やはり最初は驚いたようだが直ぐに眠り始めたので京楽に取っては予定どおりだ。

そして、京楽の頭の中では名前の「春くん居てくれてよかった」という言葉がぐるぐる回る。
京楽の中で女性関係なんて至極薄っぺらいものだった。
こんなに、攻略に悩んだ事なんてない。
一番普通すぎるありふれた女との付き合いなら、皆同じ言葉で口説き、同じ行為をして、同じ様に別れて、いつも通りの生活に戻るだけだ。
そのはずだった。今回は違う。
全然何を考えているか分からなかったし、甘い言葉をかけても一々顔を赤くしてわたわた慌てる。
普通の女とは全く違う予測不可能な行動が多い、まるで未知の世界。
けれども、今までの何よりもしっくりくるのは不思議な感じだった。

上辺だけで求め合うだけでは無く、本当に京楽自身を求めてくれるのが、京楽にだって心地よい。
まるで老年夫婦のような具合調子で余りにもゆっくり過ぎて焦るが、「じっくり」な「ゆっくり」だから意味がある。
そういえば、人を想う事とはそう言うものだった。

「…これでいいのか」

朝日がすこし差してきて、確かな温もりをだいて、京楽も、落ち着いた気分でゆっくり目を閉じた。



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余話です。
次の話のクッションになる話がありませんでした。
つまり
でっち上げチックなのでもの凄くマンネリ文章否めない。

眠り姫が相手なら着地点も眠りで通すわけですね。わかります。チーン…。←




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