猫と酒



名前が席官になってから初めての夏になった。
春よりはちょっと天気が崩れやすくなり、それに従って名前もちょくちょく体調を崩し始めた。
どうやら、天気の悪い日に弱いのは斬魄刀の問題ではなく元かららしい。
今日も午後に、京楽が虚討伐の打ち合わせで雨乾堂に足を踏み入れた頃には雨が降り始めた。
時を同じくして名前がお茶を煎れにやって来たのだが、顔が真っ白だった。
それがあまりにも真っ白すぎて、心配した浮竹からストップが掛かった。

「名字。休め。少しの間、ここでもでも良いから、休むんだ」

「だいじょーぶですよー。直ぐ直りますよー」

本人は勿論そう言う。

「隊長命令だ」

「…はい」

いままでは割と元気そうに振る舞っていたが、隊長命令といわれたところで隠しようが無くなったのか、だんだん体調の悪そうな表情になった。
頭が痛いのか、手で頭を押さえて少し顔を顰めている。
京楽が「おいで」と手招きすると、近くに寄って来て肩によりかかる。
しかし、そのままズルズルとずり落ちてゆく。
京楽が途中で支えて膝の上に乗せなければ、畳の上にそのまま横になっただろう。
そこまでになるほど、我慢していたのかもしれない。
羽織を掛けて頭を撫でると直ぐに寝息をたてはじめたが、やはりその顔は何時もと違って苦しそうでは会った。

「…まったく。
 天候だから仕方が無いが…ちょっと可哀想だなあ」

「まあ、鎮痛剤飲めば少しはましって言ってたし、夏なら直ぐに止む雨多いから、多分大丈夫」

「…気持ちがわからなく無いだけに、辛いなあ」

浮竹も季節の境目などに弱いだけあって、どうにももどかしい思いがした。
ただ、京楽が名前の頭を撫でると、すこし表情が柔らかくなったので、それを見るだけでも大分気持ちが軽くなる。

「よかったなあ」

「何が?」

「いや、傍に居てくれるやつが居て良かったなあ、という話だ」

「…ん、ああ、そーいうことか」

京楽は納得すると、少し柔らかい笑みをたたえた。

「まあ、お前の方はなんだか消化不良な顔してる時あるけどな」

「……まーた、そう言う事言っちゃってさ」

京楽は腕を組んで溜め息をついた。
その様子を浮竹がけたけたと笑う。

「『春くん』、だろ?」

「うわー。何で知ってんのさ」

浮竹は京楽の苦い顔に「してやったり」といわんばかりの表情でニコニコする。

「もう、初めてそれ聞いたときは大笑いし過ぎて血吐くとこだったぞ」

「僕だって大笑いしたさ」

こうやって話している間にも、浮竹はまた思い出し笑いをする。
どうにも、最近の浮竹はこうやって京楽に関するネタをからかうのに新しい面白みを見いだしたようで、時々ちゃかす様になった。
今まで京楽が付き合って来た女達とは正反対の名前と付き合う事になって、そういうネタには事欠かないようだった。
ただ、浮竹はこれは割と良い方向に事が運んだかもしれないと、一人心の中でしめしめと思っていた。
名前は、善くも悪くも京楽に色々な影響をだしている。

「此の年になってからこんなに生温ーい付き合いするなんて、どうよ」

女好きや百戦錬磨と名高い京楽が、キスはおろかその先に行くのに随分時間をかけている。
挙げ句、告白が…あれである。
流石の浮竹もそこまでは知らないようだが、あんな台詞を知られたらそれこそ血を吐きながらでも笑い続けるだろう。
まったく、頭がおかしくなったとしか思えない。

「そういう割とゆるい恋愛、俺は本望だけどなあ」

「そりゃーもう僕らも良い年だし…それにしたってさあー…」

「おまえが今までやらかし過ぎたんだ。
 そう、初心に立ち返れ!!」

そういって、また元柳斎の真似をする。

「それ、僕トラウマになりそうなんだけど…そろそろやめない?」

「おお、じゃあ増々もって先生に似せないとな!!」

とんだ親友である。
こんど何時これがどんな場面で堂々巡りするか…。
考えただけでぞっとした。

「まあ…時間はある。ゆっくりやれよ」

「…そうだねー」

いまいち納得出来ないまま名前を見ると、本人はまだぐっすり眠っていた。
これは、暫く起きそうに無い。

「さっきの話に戻すが…」

「ああ、何だっけ…流魂街に虚?」

京楽は浮竹から差し出された数枚の書類をぺらぺらと捲って流し読みする。
主に先遣隊と技術開発局からの調査報告やら。

「そうだ。数体強いのがいて、割と数が多いらしい。
 先遣隊にも少し怪我人がでた。
 点在して縄張りを張っているらしいんだが、逆にそれが不意打ちを誘うようだ。
 場所も何故か特定出来なくてな。
 それで、少し人員を裂きたいんだ」

「ふうん…何時いくんだっけ?」

「明後日。
 あと、今回は名字も連れて行く。
 最近霊力が高まったからか、割と俊敏に霊圧に反応する様になったからな…。
 疾猫と合わせて効率的に捕まえられればと思ってな」

「成る程ねー。
 じゃあ此の子には頑張ってもらわなきゃねえ」

「ああ。明日は確か休み取ってた筈だから、十分に休んでもらわないとな」




京楽と浮竹が仕事の話を終わらせた夕方頃には、曇り空ではあるが雨はやんでいた。
お開きになった所で名前を起こすと、大分楽になったようで元気そうになった。
眠そうな目を擦りながら、確認する様に頭を触っているが、顔を顰めたりしないのを見ると頭の痛みも幾分よくなったようだった。
浮竹は心配そうに声をかけた。

「大丈夫か?」

「はい。大分良くなりました。有り難う御座いました」

「今日はもうあがれ。明後日に向けて体調を万全にな」

「はいっ。頑張ります」

名前は死神らしくやっと本来の仕事を全う出来る様になって、こういう期待をかけてもらえる事がよほど嬉しく、元気に返事をした。

「じゃあー…僕もそろそろ帰ろうかな」

「おう、じゃあ明後日よろしく頼むぞ」

京楽は名前と揃って雨乾堂をあとにした。

「あ、そうだ、名前ちゃん今晩暇じゃない?」

「んー…何もありませんけど…?」

「何か美味しいもの食べにいかない?」

「行きます!!」

名前はそう返事した後に「丁度お腹減ってて」と、恥ずかしそうに笑った。
じゃあ決まり、と京楽は笑って名前の手を取ると十三番隊舎を出た。

少し歩いて、名前の手を握った方の手を名前が持ち上げたので、何かと思ってそちらを見る。
すると名前は握られた手を持ち上げて、じーっと見ている。
京楽も横目にじっとその様子を見てみる。
名前の顔は至極真剣…なのだが、大体何を考えているのか分かるようになって来た気がする。
まあ、普通の女の子の扱いとは違って一筋縄ではいかない子なので分からない事も数あまただ。
京楽が立ち止まって、握っていた手を離し代わりに腕を掴んで、お互いの手のひらと手のひらを合わせた。
手の大きさの違いとか、多分、そういう事を考えていたと…おもう。
すると、直ぐに名前は目を丸くした。

「なんで…私が何考えてたかわかったんですか……凄いー!!」

そう喜びつつ、名前はその手の大きさの違いに少し興奮したような顔もした。
京楽も、こんな小さい手で斬魄刀もってあんなに頑張ったのか、と随分感慨深い。
大げさではあるが、京楽の手の半分ほどしか無いといっても過言ではない。
やがて名前のほうから握り直して、歩みを進めるが、開いている方の手をぎゅっとしたり開いたりして不思議な顔をした。
そのうちそれが影絵の狐のかたちに変えると、こんこん、と言いながら京楽の方に向ける。
京楽がそれを真似て、狐が狐にキスをするように指先を近づけた。

そして、そのまますかさず名前にキスをした。

触れるだけ、にしておいた。

「…」

名前は手は狐の形にしたまま、口をぱくぱくとする。
余りに急すぎて吃驚したようだ。
暫くそのまま動かないものだから、何時かの様に顔の前で空いている方の手をヒラヒラさせると、顔を赤くした。
そして片手で顔を隠したり、手のひらで頬を触ったりして火照りを取ろうとする。

「こ、こっちにくるとおもわなかった…びっくりした…」

「僕に、隙見せるとこうなるんだよ?」

実際は京楽が『頭がおかしくなった』ように手を出しかねていたから何もしなかっただけで、普段から隙だらけだ。
こんな忠告しなくても何時だってこんな事できた。
だが一方で、京楽にしてみればあまっちょろい触れるだけのキスなんて、と思う節もある。
とてつもなくもどかしい。
というよりもの凄い恥ずかしさすら覚える。

「ほら、ついた。ここだよ」

入り口の提灯に小さな明かりが点されたり、その傍の椅子にはささやかではあるが上品に生けられた花がおいてある、こぢんまりとした小料理屋。
外に居ても、美味しそうな匂いが漂ってくる。
のれんをくぐり、幾つかの料理と酒をたのんでから、奥の方の座敷に通してもらった。

「…初めて来ました、ここ」

なんだか素敵な雰囲気のお店ですね、と名前はしゃがんでその花を見たりする。

「裏手にあるからねえ…酒好きには割と名の知られた店なんだけど、料理も美味しいんだ」

そう言い終わると同時に、京楽には顔なじみの女将が酒と料理を数点はこんで来た。
華やかすぎず、人の良さそうな笑みが印象的だが、どこか懐かしささえする落ち着くな女性。
名前はさっき入り口でみた花はこの人が生けたのかも、と直感的に思った。

「お久しぶりです、京楽隊長。
 最近お店にお顔出してくださらなくて、どうしたかと思っていましたよ」

「此の子の練習に付き合ってたからね、忙しくて来れなかったんだ」

そういって京楽は名前を見る。
名前は控えめに「はじめまして」と言って挨拶をした。

「…あらあら、可愛いお嬢さん。
 こんな子が京楽隊長と練習なさるなんて、想像もつきませんわー」

「すっごく強いんだから。見た目に似合わず」

僕の方が鬼コーチなんて言われたけど本当の鬼はこちらさん、と冗談まじりに京楽が手で示すと、名前は真っ赤になって一生懸命首を横に振った。

「違います!!ちょっと大げさに言わないでくださいよ!!」

「またまた」

「じゃあ、よく食べて、力つけて頑張ってもらわんとねえ」

暫くそうやって三者が笑いあうと、女将は去った。
すぐに京楽は徳利と杯二つを手に取った。

「お酒、飲めるかい?」

「ちょっとだけなら」

杯を一つ渡して注ぐ。
名前はそれを一旦おくと、京楽から徳利を預かり同じ様に京楽の杯に注いだ。
いままで、寝てるか戦ってるか…そうやって過ごす時間が多かったものだから、その光景に新鮮さを覚えた。
名前が杯をもつのを見計らって、京楽が「乾杯」と言う。
京楽自体は何時飲む酒の量がかなり多いので、杯の一杯なんて直ぐに飲み干した。
だが、名前は少量を少しずつ飲んでいるようで、杯の中はあまり減らない。
それに、京楽がもつ杯と名前がもつ杯は同じものだが、手の大きさに従って杯の大きさも異なって見えた。

「お花の香りがする」

「そうそう。
 飲みやすいでしょう?」

「はい…おいしい。
 久しぶりにお酒飲みました」

「そりゃあ随分な時間眠ってたもんね。
 あんまり外出られなかったんじゃないの?」

「そうですね…」

「じゃあ、友達と飲みに行くとかは…」

「あんまりなかったです…既に体力消耗してる状態に拍車をかけてしまうので、外に出てもわりとうつらうつらしちゃったりして…」

「そっか。
 じゃあ、これからは十分に出歩けるか」

「はい!!
 これも隊長のおかげです!!」

名前は満面の笑顔でそう言った。
十分に時間をかけ、鍛えた甲斐が会ったというものだ。

そんな時、座敷の外の方から聞き覚えのある声が聞こえて京楽が襖を開いて顔を出すと、乱菊と檜佐木と吉良が席に座るのが見えた。
乱菊と檜佐木はともかくとして、吉良は半分つぶれている。
乱菊がこちらに気付き、声を上げる。

「あっれー、京楽隊長じゃないですかー。
 お一人ですかー?」

「いーや、ほら…」

京楽が不思議な顔をしていた名前を手招きすると、京楽の腕の下をくぐって乱菊達に顔を見せた。
すると、名前に見覚えのある檜佐木が「あ」と声をあげた。
その声に吃驚したらしい名前は体をふるわせる。

「なによー修兵知り合いー?」

「京楽隊長と、訓練してた十三番隊の女の子…」

名前は檜佐木と直接の面識が無いので、不思議そうな顔を京楽に向けた。
君は眠ってるときに来たんだ、と軽く説明すると納得したような顔つきをした。
やはり、まだ名前は他隊の人間とは交流が無い方だった。
それは確かに、驚くだろうな、と思ったが、良い機会だと思って3人をこちらに招き入れた。
名前はちょっと緊張した面持ちだった。
頭を撫でると、こちらを見上げてすぐにホッとしたような顔をする。

「大丈夫、3人ともいい子達だ…といっても一人つぶれてるけど……」

乱菊はまだまだ行けそうな調子をしているが、やはり吉良はつぶれていたようで檜佐木が背負って来た。
追加で、お酒と食べ物を幾つか頼む。
取り敢えず、吉良は寝かしておいて、四人が席に座ると直ぐに乱菊が名前に絡み始めた。

「かっわいいー。人形みたいね、あんた!!」

乱菊は机越しに手を伸ばしてキヨの茶色い猫っ毛や白い肌をぺたぺた触る。
名前はそれをくすぐったそうにしながらふにゃりと笑った。

「よく猫みたいっては言われますけど…そんな風に言われたのは初めてです」

「笑うと増々かっわいー」

拍車をかけたようで、増々乱菊がキヨを弄くり回す。
男二人は取り残され、顔を見合わせて苦笑いするしか無い。
檜佐木が京楽の空の杯に気付き、酒を注ぐ。

「…あれから訓練、どんな調子っすか?
 随分霊力増えた様には見えるんですけど…」

「ん、ああ。そうそう。
 訓練自体も終わったし、此の子も席官に昇進したよ」

「へえ…すごいっすね」

「とんでもなく頑張ったからねえ…」

京楽はしみじみとした顔をして酒をあおった。
名前と言えば、まだまだ乱菊のおもちゃ状態。
だが、初めて会った他隊の、しかも女性隊士ということで、嬉しそうではある。
十三番隊の中や七緒ぐらいしか同性の知り合いが居ないので、そう言う面ではすこし寂しい話をしていた。
緊張した顔を見た時不安になったが丁度良かったと思った。
檜佐木がそれを羨ましそうに眺めている。
京楽はまあまあ、と運ばれて来た酒やら食べ物やらを勧めた。

数刻、そうやって宴会状態をしていると、檜佐木も途中で目を覚ました吉良と一緒になってつぶれ始めた。
乱菊が見かねて吉良と檜佐木から杯を奪って、代わりに飲み始めた。

「うーっ…あたまくらくらするーー…」

「あれっ。飲ませ過ぎちゃった…かな?」

割と最後まで起きていたが、遂に名前も限界を迎えた。
気分が高揚したためか、途中から乱菊にのせられて飲んだようで、ほんのり顔が赤かった。
乱菊が口に手を当てて視線を泳がした。

「あーあー…大丈夫かい?」

座っていても頭がぐらぐらとしている状態だったので、見かねた京楽が背に手を当てて支える。
だが、そのままこちらに倒れ込んで来て直ぐに寝息を立て始めた。
仕方なく羽織をかけてそのまま寝かせれば、残ったのは京楽と乱菊のみ。
飲み始めに「すこしなら飲める」と言っていたのは、「酒にはそんなに強く無い」ということだったか、と京楽は頭を掻いた。
乱菊は、名前が丸くなって猫の様に眠る様子を覗き込み「なるほどね」と言った。

「猫って、こういう事だったんですね」

「そうそう。
 雨に弱いし、丸くなって寝るし、ってね」

「へーえ…で、此の子が京楽隊長の新しい彼女なんですか?」

乱菊がニヤニヤしながら京楽の杯を満たす。

「そう。可愛いでしょう」

「まった、珍しいタイプっていうか…今までに無いタイプに手だしましたね」

「皆に言われるよ、それ」

乱菊が次々に自分の杯に酒を注ぎ、飲み続ける。
しばらくして、考えるようなそぶりをしてからまた口を開いた。

「…不満、って訳ではなさそうですけど、やりにくそうって顔してますよ?」

「それも皆…っていうか浮竹にいわれたよ」

そんなに顔に出てるかい、と尋ねると、まあ何となく、と返された。
まあ、今までに無いタイプの子ではあるから一々何事も未知の世界ではある。
だからといって、不満という訳ではまったくない。
スローペースな恋愛というのに慣れていないだけ。
名前があまりにも純粋にしたってくれるのに未だ慣れないだけ。
けど、それにも順調に毒されている感じにはなって来た。
それを考えると、今までどんな恋してたっけなんて思ってしまうが、そういう程度の早さと愛情の薄さだったなあ、と今更気付いた。
そりゃあ、百戦錬磨や女好きといわれても…やりにくいわけだ。
今になって納得のいく答えが出た。

「まあ、名前は幸せそう…ですけどね?」

少し悩み顔の京楽に、乱菊は名前の顔をみながらそう言った。
午後に雨乾堂で具合を悪くしていた時と同じ格好で今も寝ているが、その顔は至極幸せそうな笑みをたたえていた。
自然と、京楽の口元もゆるんだ。



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