猫と幸せ



名前の霊力の伸び悩みから二ヶ月後。
少し時間はかかったが、名前は無事壁を突破した。
やはり壁がネックだったようで、そこを超えるとまた霊力がぐんと伸びた。
なかなか、並の人間では有り得ない成長ぶりに周囲は少なからず驚いた。
京楽や浮竹だって、死神になってからも時間をかけてここまでになったのだ。
斬魄刀に吸収されていたとはいえ、本当に微々たるものしか無かった霊力がたったの数ヶ月間の訓練だけでここまで上がるとは誰も思ってなかった。
けれども、まだ少しだけ霊力を吸収される事によって影響を受けるようで一日数時間だけぐっすり寝てる事がある。
それに、京楽が付き合う…というより便乗して、その時間を休憩時間に当ててるうちに京楽自身にも昼寝の習慣がついた。

「あー…ねっむ…」

京楽は名前に初めて会った丘の桜の木の下で横になっている。
どうにも、最近の落ち着き過ぎた気候はその習慣に拍車をかけるようで、次々と欠伸が出てくるから困ったものだ。
そんな調子でだらだらと時間を消費していると、どこからか「京楽隊長」という声がした。
幹の後ろを覗いてみても姿が見えない。
空耳かもしれないとまた目を閉じようとすると、崖の縁から名前の顔が覗いた。
これには思わず、出かけた欠伸が引っ込んだ。

「うわ」

ここから飛び降りる事もできるなら、上る事も出来るという事らしい。
京楽も崖からは一回降りた事があるが、上る事は普通に考えてもしない。
当の本人は全く何も意に介せず、こちらに寄ってくると一枚の紙を差し出した。

「見てください、これっ!!」

京楽がそれを受け取って読む。
それは、名前の席官就任に際する辞令だった。

「おお、やったじゃないの」

「はいっ。
 一番に京楽隊長に伝えたくて、疾猫に手伝ってもらって飛んできました!!」

そういうと、同じく崖の下から疾猫が顔を出して、名前に擦り寄ると霧散して姿を消した。
どうやら、この崖へ上って来たのにはこういう仕掛けがあったらしい。

「よかったねえ」

「京楽隊長の御陰で、こんなに早くに、こんなに強くなれました!!
 感謝しても仕切れないくらいです。
 有り難う御座います!!」

「僕も意外と楽しかったし、役に立てて良かったよ」

京楽が辞令を返し、頭を撫でる。
もう、これも何度目になるか分からない。
相変わらず、名前は心地良さそうな顔をする。
京楽も心から本当に喜んでるのだが、どうにも浮竹が山じいの真似をしたまま「お前の事もきっちりなんとかしろよ」という様子がぐるぐると頭を堂々巡りする。

「…ねえ、名前ちゃん」

「はい。何ですか?」

呼びかけたのは良いものの、何言おうとしたんだっけ、なんてどう仕様も無い状態である。
本当に年甲斐ないものだった。
果てに、口から出たものはとんでもなく情けない台詞だった。

「僕、名前ちゃんの事好きかも」

「……………」

そりゃあそうだよね、確かに何言って良いか分からなくもなるよね、とすこしの慰めなのは照れ隠しなのか京楽は空を仰ぐ。
どうにかしろと言われてから時間はたっぷりあったし、何も考えてなかった訳ではないのだが…京楽は頭を抱えたくなるような気分だった。
すると、名前は京楽の首に両手をのばしてぎゅっと抱きついた。

「ありがとう…京楽隊長…ありがとう」

「うっそー…。
 今の言い方でそう言えるって、名前ちゃんってば太っ腹」

百戦錬磨、女好きと言われて来た自分が、あろう事がまるで初恋の学生のような告白をするものだから自分でも頭がおかしくなったかとおもった。
その反面、恋とはそう言うものだそういうものだと正統化させる自分も居る。
けど実際、恋とはそういうものだ。
色々な葛藤が京楽の仲を渦巻くなか、名前が静かにすすり泣いた。
京楽がぎょっとして、頭に手を伸ばしかけたが…寸前の所ではっとして背中をさすった。

「し、幸せすぎて…ゆ、夢かと」

「夢じゃないない」

「いま、幸せすぎて…し、しにそう…こんなに幸せ一気に来たら…困る。
 わ、わたし…どうしたらいいか…」

「じゃあ、先ず泣き止んで落ち着こうか」

本当は色んな意味でここから逃げ出したいぐらいの心境の京楽のほうが、冷静に名前の対処に徹した。

暫く名前は京楽に寄りかかってぐすぐす泣いていた。
少したって完全に泣き止むと、何時もの調子に戻って「あーびっくりした」と言った。
余りにも普通にそう言うものだから、少し驚いたが、まだちょっと笑顔に緊張が混じっているのを見ると…本当に吃驚している様子だった。

「いや、正念場に余計な事言っちゃったら邪魔だと思ってタイミング計ってたんだけどね…」

そういって名前を見ると、話を聞いているのかいないのか、真面目な顔して片手で頬をぎゅーっと引っ張って延ばしているものだから、笑ってしまう。
まったく、このこは何時も見ていて飽きない。

「そ、そんなにわらわないでくださいよ…!!
 きょ、京楽隊長っ…!!」

名前が京楽の腕を掴んで、一生懸命そういうが、京楽の方はいっこうに笑いが止まらない。

「いやー…おっもしろいったら本当に…」

京楽はひとしきり笑った後に、思い出した様に「あ」といって名前の方を振り向く。

「いきなりこういうのも何だけど、『京楽隊長』じゃない呼び方がいいなあ」

京楽がにこにことしてそう言うと、名前は腕を組んで暫し考える。
今まで京楽と付き合った女はみんな単純に名前やらを呼び捨てにして、それだけだった。
きっと今度もそんなとこだろうと高をくくっていると、名前がとびきり良い顔をしてこちらを向いた。

「『春水』だから、『春くん』!!」

今度こそ、京楽の笑いが止まらない。
そうだ、此の子は普通じゃないんだ、崖の下から顔を出してくるような、そんな子だから…普通の事は通用しない。
名前も、またやらかした、という顔をしつつも、流石に隊長にそう呼びかけるのは気が引けたらしくて「ああ、やっぱりだめですよねえ」と言う。

「…なんか恥ずかしいけど、まあ、いいよ」

京楽が、死ぬんじゃないかと思うくらいひとしきり大笑いしたあとに、また落ち着いて木によりかかってゆったりとした時間を過ごす。
名前は京楽に寄っかかって眠り始めた。
最近は、酒を飲んでるときに次いで、こうやってゆったりしている時間がとても心地よいものになった。
そして傍らには、名前が居る。

心地よい程度の風がふいて、京楽の羽織がぱたぱたと翻る。
それには桜の香りとは違う、別な花の香りが混じる。

確かに、幸せだった。





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