猫の希望



京楽が名前の霊力を上げる訓練を初めて三ヶ月くらいが過ぎた。
桜は散って、新緑の季節になった。
天気も春先頃に比べたら格段落ち着いて、随分過ごしやすくなった。

そんな頃に、名前の霊力が伸び悩み始めた。
短期間のうちに以前に比べたら名前の霊力は格段に上がった。
目覚ましい成長と共に以前は多かった睡眠時間も、もちろん随分減った。
霊力は相応の努力をして研ぎすませば上がるものだから、限界を迎えたという訳ではない。
ただ、そういう時期、にさしかかったのだ。

「うーん…うーーん…」

昼下がりに名前は一人、修練場の木陰に斬魄刀を抱えながら右に左にゴロゴロと転がっていた。
勿論、ただごろごろ転がっているのではなく、頭の中を占めるのはどうやったらまた霊力を上げられるかという事。
もう、それなりに霊力が上がって来たが、ここでやめるのは何か癪だった。
京楽が言った「そういう時期」というのを頑に信じて今も辛抱強く続けているが、今まで順調にのびていただけに少なからず不安を感じた。

集中出来ていないのか
それとも能率が悪いのか
はたまた本当に霊力の限界なのか

「まあ別に悩んでても霊力上がる訳じゃないし…」

名前は勢い良く起き上がって斬魄刀と向き合う。

「がんばろう……ね!!」

そういって勢い良く斬魄刀を抜く。
すると、名前の身長より一回りも二回りもある、大きい黒猫のような、狐のような生き物がどこからとも無く出てきて名前に絡みつく。
首にはふさふさの毛、尻尾も猫というよりは狐の尻尾だが、鋭い目とピンと立った耳、長くのびるヒゲは確かに猫のものだった。
その生き物は疾猫といって、名前の斬魄刀の具象化した姿だった。
疾猫は文字通り風のごとく走り、跳ぶ。
今までは力不足で具象化出来なかったが、初めて姿を見たときはそのしなやかさと力強さに持ち主である名前すらも驚いた。
名前が訓練をし始めて、自然と姿を現す様になった、上達の印の一つだった。

「…疾猫ふっさふさー」

名前が鬣様のものに顔を突っ込むと、疾猫はくすぐったいのか、もぞもぞ動く。
その鬣は、猫というよりは狼のようなちょっと硬質な野生っぽい毛。
名前が気が済むまでそうしていると、揃って修練場に飛び降りて練習を始めた。






そんな様子を遠目に眺めていた浮竹と京楽は顔を見合わせて苦笑いした。

「これはこれは…面白い光景だねえ…」

浮竹もついつい頷いてしまうが、実際すこし気がそぞろになっていた。
直ぐに真面目な顔をして再び名前の練習風景に向き直る。
此所最近の名前の目覚ましい発展で、末席程度ではあるが席官並みの力を付けた。
そぞろになる原因はそこである。
名前を席官にするという話が持ち上がっていた。
技術も実力も申し分無い。
ネックだった眠気も、実戦に連れて行っても差し障り程度にまでなった。
斬魄刀を具象化する事によって、霊力の吸収量も少し押さえられる様になった。
今当たっている壁を超えて長時間の激しい戦闘にも耐えられるくらいの霊力になれば、勿論もっと上も望めるかもしれないが、やはり安全性を考えると大体ここら辺が名前にぴったりのところだ。
ただ、やはり安全が…とどうしても浮竹が一歩踏み出せないでいる。

「まだ悩んでるのかい?
 だーいじょうぶだって」

「そうは思うんだが…」

「あの子がこんなに頑張っているのは、今までできなかった仕事を含め、皆の力になって挽回したいっていう事からなんだから、多分席官の話喜んで受けると思うよ。
 ぎりぎりまで無理させなければ良い話だろう。
 そこは、君の出番でもあるよ」

「まあ、やらせてみるか」

「じゃあ正念場を無事抜けたら、僕は名前ちゃんのの御相手卒業だねえ」

「ああ、もう少し掛かりそうだが…助かったよ」

「最後に発破かけてもう一踏ん張りさせてみるかあ…。
 まあ僕も割と楽しかったし、充実したかな」

けどちょっと寂しいかなあ、なんて言うと、浮竹が物言いたげな視線を向けて来た。
それが、何とも言い辛そうな、けど知りたくてたまらないような顔をしているものだから、嫌な予感がして、浮竹が口を開きかけた所で京楽が手で耳を覆った。

「野暮な事言わないでよ」

「お前なあ…ちゃんと聞け」

別に追及されないのを見ると京楽が予想していた事とあたっていたようだった。

「分かってるなら別に良いが、お前の事もきっちりなんとかしろよ」

「やっぱりー…山じいみたいな事言っちゃってさあー…」

げんなりした顔を浮竹に向けると、浮竹が自分の髪を鼻の下にもってきてヒゲを真似ると、口調を真似て「ぺいっ」と言った。
京楽もこれには反応を返し辛いことこの上ない。

「じゃあいってきまーす…」

「おう、頑張れよ」

浮竹が何時もの様にひと声かけるが、京楽は何も言わずに瞬歩でその場を去って、名前のもとへ場所を移動した。
地面に足を着けるのと同時に、すかさず名前が京楽の方を振り向いた。
が、疾猫のふさふさの尻尾が名前の視界を遮った。
名前がその大きな尻尾を押しのけようと奮闘する。
だが、疾猫が悪戯を仕掛けているからこうなったのか、体格差も相まっていっこうに尻尾をどけられない。

「なんで邪魔するのー…!!」

「あはは」

京楽が反対側から尻尾をどけるのを手伝うと、疾猫が気に喰わなさそうにそっぽを向いた。
そして、霧散するようにすっと消える。

「斬魄刀との仲は良いみたいだねえ…」

「あははー…そうですねー…」

「それで、訓練の方はどうなの?」

京楽が核心を付くと、すぐに微妙な顔つきをした。
それで、大体どんなものか分かったが、敢えて本人が自分で言うのを待った。

「…ちょっと、まだやっぱり…。
 分かって入るんですけど焦っちゃって…。
 今まで順調に上がってただけに…不安というか」

「なるほどねえ。
 そんな名前ちゃんに朗報だ。
 君を、席官にしようかって話が持ち上がってるんだけど、それについてどう思う?」

京楽がそういうと、名前が暫く意味の分からないような顔をして首を傾げた。
いつまでたっても、何も返してこない。

「大丈夫?
 意味分かった?」

名前の顔の前で手をひらひらさせる。

「…………………………ええっ」

「反応おっそ」

ちょっと訝しげな声で短く反応を返して、それだけだった。
割と待ったから、いい返事でも考えているのかと思ったら、そうでもなかったようだ。

「勿論、末席なんだけど、どう?」

「……私そんなに力無いと思うんですが」

「いやいや。
 ぎりぎりではあるけど、確実にあるとは思うよ。
 ちょっと今までが吸収されてた分もあって力が無さ過ぎたのかもねえ」

「私が、席官…」

「浮竹が未だちょっと心配してたけど、これで少しは実戦にも連れてってもらえる様になるかもね。
 …これじゃあ増々仕事増えちゃうねえ」

最初の約束通り名前の起きている時間が安定し始めてから、少しずつ仕事が増えた。
それをいちいち京楽に報告してくるものだから、京楽はたまったものではない。
それでもって増々増えるというのだから、どんなものだろうと返事を待とうとするが、即座に「やる。やります」と返した。

京楽が席官を受けた話よりも何よりも先に「ビョーキなんじゃないの」と返す。
俗にいう、仕事中毒というやつ。
だが名前が「えっ、ち、違います」とあわてて返した。

「今まで頑張ってた分が報われる思いです」

名前はよかった、と胸を撫で下ろした。
頑張っても頑張っても、それが目に見えて出てこないのでは不安にもなる。
自分自身の今までの目に見えなかった分の努力の成果を認めてもらえたようだった。
しかもよりによって席官という形で。

「けど、今当たってる壁乗り越えてからね」
「はいっ。
 私、頑張りますよー!!」

いまの壁に当たった末の力のみでは周囲は勿論、本人にもあまり良いとは言えない。
無論名前自身もそれに満足しては居ない。
多分、これを乗り切ればぐっと名前は、強くなる。

「その意気、その意気」

今は余計な事は言わずに集中させてあげよう。
これが、京楽に出来る最後の心配りだった。

全てが終わったら。
その時には、京楽も事に決着をつける。





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