猫の笑顔



名前と京楽が共に十三番隊舎に戻ると、即座に清音と小椿が寄って来た。
何時も大声や口論で目立つ二人組は体調を崩したばかりの秘蔵っ子を随分心配していたようで、他の隊士の注目やら笑いを誘った。
どうやら此の二人は暫く名前を放す気配はない。

「迷惑じゃなければ僕が先に浮竹に伝える事伝えとくから、落ち着いてから来たら?」

名前が二人に圧倒されながらこくりと頷いたのを確認して、京楽は雨乾堂に向かった。
途中すこし振り返って、質問攻めにあったり顔をぺたぺたと触られていたりする微笑ましい光景を見て、京楽も笑いがこぼれた。
あの子が居るところには、自然と笑いが出る。
薄々、京楽自身もその雰囲気に心地よさすら覚える。
雨乾堂への道すがら、ふと空を見上げると、朝に比べて随分青空も覗き始めた。
やっと、いつも通りに戻ったような、ホッとした気分になった。

「浮竹、入るよ」

「ああ」

簾を上げると、浮竹は文机に向かって黙々と執務をこなしていた。
こちらには隊長羽織の十三の文字が向かっている。

「ちょっと待ってくれ。これを押したら…よし!!おわった」

文机に溜まった書類は、京楽の机の山に比べたら可愛い量だったが、恐らく先日体調を崩した影響でいくらかは溜まったのだろう。
丁寧にその山を揃えて、筆などを片付けてからこちらに向き直った。

「名前の件では迷惑かけたな」

「いや。大丈夫さ。
 七緒ちゃんからも任されちゃったし、卯の花隊長にも色々頼まれちゃったし。
 出来る事は手伝うよ」

「卯の花隊長が?」

「ああ、成り行きで眠気の原因がなにかって話聞いたんだけど、その流れでね」

「原因はなんだったんだ…?」

浮竹も流石に表情を改めて京楽に尋ねた。
京楽はざっと、先刻聞いた話の流れを話した。
全て放し終わる頃には浮竹は少し安心した顔をした。

「俺も、手伝える事はやろう。お前も宜しく頼む」

「もちろんさ」

浮竹はその言葉を聞いてにこりと笑った。
そして腕を組んで「成る程なあ」と一人で頷いた。
京楽が首を傾げて「どうしたのさ」と尋ねる。

「時々実戦に向かわせると随分威力のある攻撃をするし、その後は昏々と眠り続けるし…合点がいってな…」

「へえ」

「…ところで名字本人はどこいったんだ?」

「清音ちゃんと小椿くんに捕まってた。
 あとでおいでって言っといたけど」

「ああ…なるほど」

「あの二人も名前ちゃんにはべったりだねえ」と京楽が笑いながら言うと、浮竹は「おまえが名字が猫みたいだって言ったのが広まったら増々ああなったんだ」と困ったように言った。

「…しかし、名字は随分お前に懐いたようだなあ」

「まあねー」

浮竹が肩肘を付いてそう言う様はまるで我が子を嫁に出す父親のようだった。
まったく本人は気付いていないが、かくいう本人もべったりだった。
そうこう話しているうちに、遠くから清音と小椿が騒ぎながらこちらに近付いてくるのが聞こえた。
そのなかから名前の声は聞くことが出来ないが、京楽が感覚を研ぎすまして霊圧を探すと、しっかりとその中に名前はいた。

「子猫ちゃんのご到着だ」

京楽がそう言うと同時に簾が上げられて、何時もの笑顔を浮かべながら二人分のお茶の用意をお盆に載せてやって来た。

「よう、名字。
 京楽から話は聞いたぞ。
 昨日調子悪くしたようだが、今日はどうだ?」

「京楽隊長と伊勢副隊長の御陰で良くなりました。
 ご心配おかけしました」

「いや、いいんだ。
 お茶の準備が終わったらゆっくり話し合おう。
 終わったらいったん此所に残ってくれ。
 一応、今回の件を清音と小椿にも聞かせて良いか?」
 
「御願いします」

名前がお茶を入れている間、浮竹はざっと清音と小椿に事の次第を話した。
一通り終わって、名前が京楽の隣にきちっと正座して話し合いの体勢をとる。
京楽が霊力を上げる事に一役買う事はもう決まった事だし、浮竹や清音と小椿もそれを手伝う事で一段落した。
他には今後十三番隊でどういう風に仕事と両立するかなどを話した。

「霊力がそれなりに上がるまではあまり無理も出来ないだろうから、余計な仕事はやらん。
 その代わり、一段落したらたっぷり仕事をやろう」

「はいっ」

「うえー…それはそれで、何か…可哀想でない?」

「大丈夫ですよ!!頑張れます!!」

名前が京楽に向かって満面の笑みでそういうと、流石に何も言い返せなかった。
きっと、自分に出来る事を見つけて嬉しいのだろう。
その気持ちも分からなくは無かった。

「お前と違って名字は偉いなあ」

京楽は肩をすぼめるしか無かった。
全くもって、名前のやる気には脱帽せざるを得ない。

「まあ、だがコイツも自分でやると言ったからにはやる男だ。
 きっと尽力してくれる」

浮竹が打って変わってそういうが、すぐに「ちょっとやる気が無いように見えるけどな」と肩をすぼめて眉尻を下げた。

「浮竹え…君ってば褒めるのか貶すのか…どっちかにしてよ」

京楽が上を向いて嘆くようにそういうと、名前がくすくす笑った。
その様子を見て、雨乾堂にいた皆もつられて笑った。


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