軋む束縛

同属嫌悪の続きです(未読でも問題なし)。


シャワーの湯を止める。
キイと軋む音を聞きながら、ため息を吐く。
オレンジの照明が充分に行き渡るバスルームで、されど視界は灰色だった。

数回呼吸をすると、ドアを開け湯気とともに脱衣室に出る。
タオルで体の水気を払い、インナーとズボンに足を通した。

丁寧に畳んだ衣服とは別に置いてある、チョーカーに目をやる。
またため息を吐きながらそれを首に巻き、ベルトを留める。
少々きつい。すぐに慣れるとはいえ、それまでが息苦しい。

束縛。
目に見える形で、体に影響する形で、心に影響する形で。
おどろおどろしく纏わりつく、束縛し束縛される間柄。

曇った鏡に、それをつけた自分が写る。とても不機嫌そうな顔をしていた。
白い髪、黒い首輪。まるで死人だ。

……いや、既に死んだ身なのだから、それは決して間違いではないところが笑えない。
鏡に背を向けて再度頭を拭く。
そのままタートルを手に取り身に着けた。

冬の時期はタートルをよく好んで着用する。
首輪を隠すため、それが俺なりの意固地の体現だった。
マフラーを何種類も所持しているのも、同じ理由なのだろう。
我ながら子供じみた誤魔化しだと思う。

バスルームを出ると、モノクロームの世界に一際黒い存在が目についた。
その小柄な黒はベッドに腰掛けて本を読んでいた。「微生物解体真書」。
俺が先程まで読んでいた本だ。単に興味があるのか、俺の追体験を求めたのか。


隣に座り、頭を拭き続ける。
彼女を横目に、今日会った情報屋の女の言葉を思い出した。

(……メンタル面に少々気を配ってみては……)

あの女は、同僚と言った。それは俺たち6人の事であって、誰と指した言葉ではなかった。
それに、俺はこいつの事を思い返してしまった。我ながら簡単な罠に引っ掛かったものだ。

とはいえ。あの女が敦夜の心配をすること、あんな単純なトリックを使うこと、その両方に驚いた。
斎条の影響力は恐ろしいものだ。
このまま斎条と付き合っていれば、あの女は3年後には聞いても無いのに斎条の惚気話やスーパーの特売品の話をしてくるかもしれない。

ため息をつきながらタオルを物干しにかける。
冷蔵庫でコップに一杯牛乳を注ぐ。この牛乳パックの中身は明日までに飲みきらねばならない。
ゆっくりと飲み込みながら考える。

(「思い当たる相手と節がおありでしたら」)

思えば、俺は敦夜に負担をかけ過ぎたかもしれない。
首輪に甘えて、餌を与えずに過ごしてきたのだ。

コップを流しに置いて、またベッドに腰掛け、そのまま横になる。
そろそろ目蓋が重くなってきた。

敦夜は相変わらず淡々とページを捲る。

こいつの望むことは知っている。俺ならば叶えてやれる自負もある。
……それを実行したとして。こいつはその後どうするのか。変貌か停止か継続か。
それが恐ろしい。

そんな事を考えると、チョーカーを巻いた首が痛むのを感じる。
肥大する自意識と怠慢。
それが胸を痛め、首を締め付ける。
証さえ身に着けていれば、こいつと繋がっていると思い込んで。
こいつの主でいることに慣れてしまい、土台の手入れが足りていないかもしれない。

見返りなどないのに、何故こいつは俺に尽くすのか。
それとも尽くすことが目的と手段を兼ねているのか。

その差異や理由に興味はなかったが、少々餌を与えてみてもいいかもしれない。

「おい」
「ん?何――っ!?」

ちらりと振り返った瞬間に腰を掴んで引き倒す。
そのまま引き寄せると、後ろから無骨に頭を撫でてみた。

「え?え?何!?」
「うるさい」
「えー…?」

どんな顔をしているかはわからない。
珍しいであろうその表情に興味はあったが、紅潮したこちらの顔も見られたくなかった。

髪が乱れることには気にせず、わしわしと撫で続ける。

「…………。僕は明日死ぬかもしれない……」
「…………」

見返りを得たこいつはただの馬鹿だった。
耳が少々赤らんでいるように見える。この調子では、顔はもっと酷く羞恥に染まっているだろう。
残念ながら、正面に回って確認することは出来ないが。

餌に飢えた人間は、この程度ですぐに満たされるのか。
いい加減見返りには事足りると思い、また撫で飽きたというのが実際のところ動機の8割を占めたので、電気を消した。

布団の中に何か異物が混入していたが、俺は構わず睡眠に移行すべく目を閉じた。
このぐらい甘やかせば、メンテナンスも十全というものだろう。

擦り寄るように抱きついてくる敦夜の温度。
それを半ば気持ちよく、半ば鬱陶しく感じながらゆっくりと意識は深奥へ落ちていく。

敦夜は至福ここに極まれり、といった吐息をもらした。
それを感じ、首輪の締め付けも、少し緩くなった気さえした。


「……今日はどうしたの?何かあったの?」

「………………」

「とても有難いけど、とても恐ろしいよ」

「………………」

「こんなに甘やかされたとあっては、僕は益々恋焦がれてしまうよ」

「………………」

「その無垢で冷静な性格に、優しさも追加されたとあっては、狂おしいほどに手に入れたいね」

「………………」

「そんな数多の魅力の前では、君のお腹がちょっとぽっこりしてきた位のことは些細なことだ。むしろぽっちゃりも魅力だよ」

「…………えっ」



.


漂流少女TOP
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -