ゴジツダン
とにかく俺というものは感情を表に出してしまうかわりに、必要のない皮肉や揶揄もいっぺんに出してしまう、とにかく面倒くさい人間だった。
人間関係というのは本当に面倒で、何が面倒かというと未練がましくねちっこい女や嫉妬なのかなんなのかとにかく突っかかってくる男、そのどれもが本当に面倒で疎ましく思うわけだったが、何よりも面倒なのは大事なものだったはずなの
に次の日には簡単に棄ててしまったり、逆に唾棄すべきだったものに簡単に情にほだされたりしてしまうなんとも情けない自分自身だった。
顔がいい女は根が自信に満ちているから、どこか見下されているようでそいつの褒め言葉は信用できない。
スタイルのいい女は自分は何もしなくても誰かしら自分に寄ってくるのがわかっているから、そいつの求愛は信用できない。
家柄がいい女はメリットに目を向けずにそれゆえの自分のデメリットばかりに構ってシンデレラ気分に酔っているから信用できない。
……のはずであり。
つまり、そのすべてを持っている女は非常に厄介な存在であるはずだ。
だが、俺自身が強く惹かれたのは、こともあろうにその面倒な三つの要素を兼ね備えてしまっている奇跡的な女の子だった。
出会ったばかりの彼女は、ふわふわな金髪、揺れる瞳は青く、澄んだソプラノは不安に震えていて、事前に確認した印象とは全く違っていた。
ただの仕事。護衛すべき要人。
それが今回は出資者であり親代わりの忠幸の最愛の孫娘だったとしても、かわりなかったはずだった。
それは説明を受け写真を見たとき、彼女を迎えにいく道中、彼女を発見したときまで、そのときまで忠実に遵守され俺の鷺宮コルトに対する感情は非常に乾いたものだった。
だが、発見し彼女を保護したのち、その組織の末端としての鉄仮面は、顔を確認したときの強い衝撃により決定的に破壊された。
残ったのは素の自分――人間として、男として、海椎彰としての自分だった。
俺があの青い眼に捉えられたとき、もう駄目だな、と悟った。俺は彼女に逆らえない。事前に渡された写真がカメラ目線じゃなかったから…ではない。目があっただけで相手を言いなりにさせる瞳。
もちろん彼女にはそんな能力もないだろうが、俺という人間は既にどうしようもなく惹かれていたことは否定できない事実で、これまで鍛え上げた反射神経以上の速度であの青のために引き金を引き目的地へ疾走し身を呈して庇ってしまった。
――なんということだ。
俺なりの仕事のスタンスとして、公私の線引きを深くつけるというモットーがあった。
もちろん誰かに口外などせずに、なんとなく自分の中で守り続けているルールであったが。
本気になり過ぎない。
ムキにならない。
だからこそ面倒な仕事でもやり遂げ、汚れ仕事にも割り切ってこなしてきた。
それが、こんなところで覆されるとは思いもしなかった。
忠幸からの重要任務。
鷺宮コルトの護衛及び長期間の保護。
忠幸に恩を感じていたし、女の子自体が嫌いではなかったから、他の仕事よりは多少やる気があるものの。
単に、世間知らずなお嬢様をちやほやしてやる仕事だと思っていた。
それがどうして、あの金色に触れ、青の瞳を魅入られてしまってからというもの。
こんなにも本気になって、ムキになって、暇な時間も彼女に注ぎ込んでいるのか。
俺はバカだ、と頻繁に思う。
自分でも自覚できるくらいだから、他の連中もきっとそう思っているだろう。
それでも。
「コルト」
「ん?」
俺の胸を苦しめ痛めつける憎きその名前を呼ぶ。
彼女はふわり、と振り返り、こっちにご機嫌な笑顔を向ける。
歩くたびに揺れる金色は、春の陽気にあてられて綺麗な光を放っていた。
時々吹く風に細められる青い瞳を、もっと見ていたかった。
「あんまはしゃぐとこけるぞ」
「大丈夫。彰こそボーっとしてあぶないよ」
「俺はいつでも絶好調だっつの」
「まっさかー。今日は買い出しつきあってくれるんでしょ?……そんな調子だと、荷物持ちにもならなそーじゃん」
くすくすと笑いながら、公園を横切る。
ざあ、と背後で木が揺れる。風が心地よい。
「俺は所詮荷物持ちですか」
「とーぜん!……それが仕事でしょ?」
「はいはい」
お供いたしますよ、オジョーサマ。
俺は内心で苦笑いしながら同意した。
目的地までは、まだ遠かった。