愛で二度死ね
――曰く。
患者は極めて危険な量を失血しており、今後回復の兆しが現れるのは奇跡とのこと。
――曰く。
応急処置は済んだものの、あとは患者の回復力を祈るしかない。患者の優先度A。
それが啓司に託された現状であった。
啓司は、その結果を、集中治療室の外で青ざめている彼女に伝えなくてはならない。
廊下に出ると、4人が各々所在なげにたたずんでいた。皆に共通しているのは、いずれも年若い少年少女であること、そして例外なく切羽詰まった様子であることだ。
その中の一人が、憔悴しきった表情で、しかし小走りに駆け寄ってきた。
「あ…あきら、あきらは?」
すがるような目線。
青い瞳は涙にぬれていた。
「…当分…会えない。あとは、彰の回復力に頼るしかない」
「……っ……!」
ふら、と膝元から崩れ落ちる。――受け止めてやりたかったが、それは俺の役目じゃない――この時ばかりは、啓司はそれを残念に思った。
「…うぅ…あきら…ぁ…っ…」
惨めにも、彼女――コルトは床をじっと見つめながら、嗚咽を続いていた。
辛そうな表情をしているのは何も彼女だけではない。敦夜はナルヤの手をずっと握り締めていたし、そのナルヤの目はずっと伏せられたままであった。
そして、この中で一番落ち着いているように見える翠。彼女の手にした彰に関する書類は、先程プリントしたばかりにも関わらずぐしゃぐしゃだった。
「……コルトちゃん、一旦出直しましょう」
「…っ……や、です……あたしは、待ってます…」
「だめよ。…あなたも、怪我してるんだから」
「こんなのっ…かすり傷ですよ…ぅ…彰にくらべ、たら」
翠に耳を貸さず、コルトはぼろぼろと涙を流し続けていた。
しん、と静まり返った廊下。
誰もが目を伏せていた。
「……うっ、…やだよ…彰ぁ……あきらっ!」
「呼んだ?」
コルトが涙で濡れた瞳を前へ向けた。
コルトの目の前に、一人の人間がかがみこんだ。
中肉中背の、赤い髪、パーカーを着込み、着古したジーンズをだぼつかせ、覗き込むは赤い瞳。
左腕を三角巾で吊ってはいるものの――人懐っこく、でもどこか人を食ったような表情……まさに、コルトがたった今呼んだその人であった。
「な…っあき、ら?」
「よう、マイスイートハニい゛ッ!?」
彰の余裕ぶった挨拶は最後まで発音できずに、彼女に遮断されてしまった。
一瞬火花が散ったが、冷静に状況を分析する。
顎が痛いのは彼女の頭が下から勢い良く衝突したからだし、左腕が痛いのは彼女がぶつかった衝撃で傷に響いたから。では、目の前の金色と、この甘い香りと柔らかい感触は?
「……へ?」
「あきら…っ!」
コルトのすすり泣きばかりが響く中、周囲の人間はそれぞれため息をついたりくすくす笑っていたりした。
「何?何があったの?」
未だ驚いた表情をしているのは彰本人。
そこへ、扉の奥から白衣の人物が表れる。
「おぉ彰。検査終わったか」
白衣を着ている割にガタイがよく、険しい顔つきをした男は、彰を見るなりそう言った。男の名は百舌(もず)。この診療所の主であり、数分前まで彰の治療をしていた。
「百舌!何この状況!俺に何が起こったの?」
「……お前…さっき俺に言っただろ。『なぁんだスゲー痛えわりにただの骨折かよ!もっとヤバかったらコルトに心配してもらえんのによー』って」
「え!いや言ったけど!ちょ、マジで?ガチの話!?」
「ガチでーす」
狼狽する彰に、啓司がニヤニヤしながら応えた。
百舌も楽しそうに言った。
「当診療所はアフターサービスも万全でございますので。患者である彰さんの願望、つまり彰さんの心のケアを致しました」
「は!?ちょ、……いや、コルト、違うんだ、騙したとかじゃなくて、いや、その、落ち着こう?いやだから、その、右手を下ろそうか、いや、俺はだいじょ」
それが、彰の最後の言葉だった。
*******
啓司は付き添いで、翠さんは書面で、敦夜とナルヤは診療所ついたときに治療終えて検査に向かう彰を見てた。
タイトルはスムルースの曲より。