白い犬と黒い猫

  
 
「ん」
ベッドサイドのテーブルに、彼のために入れたカフェオレをおいてやる。
「ん」
寒いからというだけの理由で僕をパシリにしたくせに、当のナルヤくん本人は文庫本から目をそらさずに一言で返事をする。
ベッドに上半身を起こして、下半身を布団にもぐらせて…さっきと変わらない体勢だった。
人のことは言えないが、かなり横着な奴だ。

珍しく推理小説を読んでいるらしい。タイトルや装丁からして、僕の部屋から勝手に持ってきたと思われる。

彼がそっけないのはいつものことなので、若干の苛立ちを感じながらもベッドの近くに腰を下ろす。
ふかふかの布団を背もたれに、決して綺麗ではない天井をぼーっと眺める。

手にしたココアを冷ましながら、ちらりとナルヤくんを見やる。
カフェオレに手をつけず、部屋には時折本をめくるぱらり、という音がするだけで、変化がなにもない。

「…………」
「…………」
「ナルヤくんさあ」
「んー」
「いやカフェオレ飲めだし」
「んー」
「冷めちゃうよ?」
「んー」
「……僕のことがスキすぎてたまらないのかにゃー」
「ノー」
「…………」
「…………」

あまりの粗末な扱いにむっとして、となりに潜り込む。
もぞもぞと、彼の体温にかすかな幸せを感じながら膝に(正確には腿に)頭を乗せる。
それでも相手はこちらに関心がないように、文章を目で追っていやがる。

苛々を孕んだ溜息をつきながら、目を閉じて布団に潜る。
体温が混ざり合い、すっかり冷えていた耳が温かくなる。ありがたい。まるで、人間湯たんぽのような。
これでこっちに文句を言ったりひどい扱いしなきゃ最高なんだけど…とか言ったら、きっと君はまた僕を小突くのだろう。

ごろん、と寝返り、ナルヤの足側に顔をむける。
反対側の、冷えた耳にも体温が混ざる。もう、すっかりどちらが冷えていてどちらが温かかったかわからない。

そもそも、僕たちもお互いに影響しすぎて、どちらがどちらの個性だったか、もともと根底にあったのはなんだったのか……明確にはすべて思い出せなくなっている。
ナルヤは、こんなにも我侭な人だったか?
ノーだ。確かに僕への扱いは変わらないけれど、きっと振る舞いはもっと無機質で誰にも、自分にも興味がないようだった。
では、僕はこんなに気を使う人間だったか?
これも否。基本的に、僕の態度に怒ったり傷ついたりする人間はそれまで、その程度の人間だと思っていた。

いつのまにかマーブルのように混ざり合い、気づかないうちに入れ替わってしまっている。
もちろん、それはお互いだけではなく、他の人間の影響もあるだろう。
ただ、それにしても二人の間隔が異常で。
ある種の洗脳とも言える呪縛で、逃れられぬように、ずっと。
互いが互いを影響しすぎて。
互いが互いを反映しすぎて。

「あー、なんか僕ナルヤくんみたいになりそう」
吐き出すように、低い声でぼそりと言った。
「うん、やめて」
ワントーン高い声で、ここからじゃ見えないけどきっと笑顔で、きっぱりと言いやがった。

こいつ、散々パシリにしておきながら……
頭にきたので、そのまま起き上がり彼の腰に手を回す。
そのまま――――

「そんなこと言うのはおまえか!おまえか!」
「だ、ちょ、やめ!!やめろ!……っ!」
「君が悪いんだから」
「ぐ、うっ……がは、やめ……!」

僕は両手を縦横無尽にかき回す。
警戒していなかったナルヤの負けだ、くすぐり地獄に耐えられるはずもない。

「やめ!だ……っすまん、俺が…くくっ、」
「すいませんでしたボクが悪いですぅご主人様、でしょ?」
「ぐ…だ、れ、……がっ!」

やっとの思いでベッドから這い出し僕から距離をとったナルヤくんは、肩で息をしながら怯えた目でこっちを見ていた。
涙目でハアハアと言っていて色っぽかったが、彼の頭の中は僕への怒りでいっぱいだろう。

「反省したあ?」
「……誰が!」

そのままずんずんとこちらに迫ってくる。
何をされるかと身を固めたが、彼はそのままテーブルへ――マグカップの中身を一気飲みした。

「………………」
「……ごちそうさま」

と、彼は口元に白いアトをのこして、無愛想な目で僕を見た。
だん、と乱暴に置いたマグカップは――――

「ッてめ!コレ僕のじゃん!ココア!」
「甘かった。甘すぎ。お前はココア飲みすぎてココアになれ」

どす、と僕の隣に腰を下ろして、機嫌の悪そうな顔でこちらを睨む。
もちろんココアは甘党の自分のために淹れたものだから、彼の舌に合うはずもない。

「せっかくいれたのに、まったく何考えてんのさ。あのココアは僕に飲まれるために生まれたんだ、ココアが好物の僕にね。なのに、ココアが好きでない人間の口に入ったら、それはココアのココアたる威厳が失われてしまう」
「うるさい」

ぎゅ、と鼻をつままれてしまう。
その右手を離さないまま、ナルヤくんは怠惰にもベッドへ寝転んでしまう。
コップ片付けに行けよ、という言葉を飲み込んで彼に従い自分も横になる。

「ココア……」
「また淹れてやるから」
「嘘だ、君はきっと取りにいくだけで翠が淹れたやつなんだ」
「ハイハイすいませんでした、僕が悪いです」
「気持ちこもってないじゃん」

こちらを見ながら、形勢逆転とばかりに調子に乗るナルヤが憎い。
ふと、いたずら心が芽生える。

「ココア返して」

返事を待たないまま、ナルヤの唇に近づく。
これで少し甘ければそれでいい。

「!!」

あと1センチというところで、ナルヤの目が見開かれた。
そのままガバッと起き上がり、僕の向こうに落ちている文庫本を拾い上げる。

「え、何、どしたの」

彼はこちらに返事もしないでパラパラとページをめくっていく。
そしてあるページ、ほとんど最後のほうで手をとめ、また横になった。

「??なんなの?」
「……この話のトリック今わかった」

そう言って何事もなく寝そべりながらの読書に入るナルヤ。
こうなったら、もう眼中にないだろう。

「死ね」

不貞寝するより他にない。







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