飼いならせない苛立ち

そもそも俺は彼女があんまり好きじゃない。

いや、三人称といえど彼女と呼ぶのも嘆かわしい、アイツとかあの野郎とかで充分だ。

なにせ奴には女の子という要素がひとつも見当たらない。
女の命とまで言われる髪は髪質こそいいものの、肩口よりやや上でばっさりと切りそろえられ、風になびいてふわっとシャンプーの香りが…という幻想を再現する気など全くを以てしてないのだ。

そして身長が小柄であるが、そんなの男だって150〜60cm代の奴くらいいるだろう。
脚やウエストは確かに引き締まっている。しかしそれ以外の引き締まらなくていいところまで引き締まってしまっている。
下世話ではあるが、胸の脂肪も期待できない。なぜなら胸より更に下の部分がへこんでいるから、ちょっと上のこの申し訳程度のでっぱりが胸の部分かもしれない、と言った消去法でしかパーツが把握できない。

要するにぺらっぺらの薄い体つきで、華奢なんて言えば聞こえはいいけど頼りない。持久力も期待できない。

では性格くらいは大和撫子でいてくれるかというと、がさつで気まぐれで人をオモチャにするのが大好きな終わってる分類の人間、その上部屋は汚く他人に迷惑をかけまくるくせに自分の欲求には極めて素直。

とてもお近づきになりたくない部類の人間だ。

今も真夏におでんが食べたいと抜かした次の瞬間にパソコンを分解しながらブラックホール理論が云々とブツブツ呟いて、組み立て終わった途端にドロップの缶にハッカが混入しているのが許せないと叫んでベッドにダイブした。

意味不明。

そのまま奴は図太くも寝息を立てている。なんと自由なことか。

だいたい俺のタイプはむしろ翠さんのような人で、あの落ち着いた雰囲気や統率力や体つきや透き通る声がとても魅力的に思う。
翠さんの少し(いやかなり、むしろとても)頭のおかしなところを除けばとても理想的な女性だ。

にもかかわらず、あの人はもう戻らない相手の墓に何人何十人の犠牲を供えて、そうだ、こいつもあの墓に眠る相手のために何人何十人と。




俺はやりきれないストレスをのせた渾身の拳を壁に見舞う。
もちろん痛い。しかしその痛みが俺を冷静にさせる。
収まらない苛立ちを飼い慣らせずに、ずかずかと奴のベッドへ向かう。

奴はまだなおすやすやと眠っている。ああ、腹が出ているから今にも風邪を引く!口元の間抜けな涎はなんだ!仰向けで寝て誘っているつもりか、お前の胴体に魅力的なパーツなどどこにあるというのだ!

心の中で罵倒しながら、奴の体の下に埋まった掛け布団を引っ張り出してかけてやり、涎を指で拭う。汚い。

そのまま電気を消して出て行っても良かったが、菓子袋や電子機器の散らかる部屋を放置するのは後味が悪い。

軽く掃除してさっさと帰って眠ろう。そう思い床の小型電子機器を広いパソコンの周りに積み上げる。

散らばったティッシュの屑はゴミ箱に投げ入れる。1、2、3……くそ、ひとつゴミ箱のふちに当たったものの、そのまま跳ね返ってしまった。
その外したティッシュを拾い直しゴミ箱に入れ、そのまま菓子袋も突っ込む。分別は奴にやらせればいい。

……と、一息ついたところでベッドですやすや寝ていたはずの奴が目を覚ましたらしい。

こっちをニヤニヤしながら見ている。人を小馬鹿にしたような笑み、いやらしい目元、口元には涎の跡が残っているし、この野郎、唯一誉められる綺麗な髪には寝癖までつけていやがる!


「うん、やっぱり家政夫の才能あるねえ…僕のお嫁さんにならない?」


ああ、なんて最悪な1日だ!







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