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 sweet time

「はぁ……」

深い深い溜息を一つ。幸せが逃げるよ、と笑う彼女も今はいない。せっかくの休み、しかも名前と一緒なんていったいいつぶりだろうかと喜んでいたのにこの書類の山。溜息もつきたくなる。
彼女はというと「邪魔したくないから」と自室へ戻ってしまった。せっかくサボの部屋にまで持ち込んだのだから側にいてほしいというのは自分だけなのか。
睨んでも減ることのない書類に手を伸ばせば控えめなノック音。名前だ。

「空いてる」
「そろそろ休憩かなってお茶と……これ」

トレイの上には湯気が昇るティーカップとお茶請けだろうクッキーが少々。紅茶が好きな彼女が紅茶を淹れてくれるのはよくあるが焼き菓子付きとは珍しい。疑問を口にする前に説明してくれる。

「サボに、って。手作りだよ」
「ふぅん」

こういうプレゼントはよくあることだったりする。それは恋人ができる前も、できてからも。正直男性陣からの視線痛い。
複雑な感情が顔に出ていたらしく「顔、顔」と笑われる。

「今回のはおいしい?」
「まぁ……うん」
「適当だなぁ」

書類に目を通す片手間に囓る。本人に感想が届けばいいだろう。

「じゃあ伝えておくからサボも頑張ってね」

無情にもひらひらと手を振って出て行ってしまった。再び静かになった部屋で一人自棄になってバリボリと残りのクッキーを全部頬張る。

「……やるか」

いつまでもこうしていても仕方ない。再度出そうになった溜息を飲み込むと、ノックと共に「サボ君」とコアラの声。入室を促せば紙束を抱えて入ってくる。

「そんな嫌そうな顔しないでよ。これ全部サボ君がサボってた分なんだからね!」
「わかってる……」
「あ、サボ君も食べたんだ。名前のお菓子」

おいしいよね、と続けるコアラに立ち上がって詰め寄る。

「これ名前が……?」
「う、うん……『サボが喜んでくれるといいなぁ』って言ってたよ」

サボに、とは言っていたが誰からとは言っていなかったことに今更気づく。あんな適当に食べるんじゃなかった。
頭をガシガシと掻いてぽつりと呟く。

「…………三十分」
「はい?」
「三十分で終わらすから来てくれ、って言っておいてくれ」
「それ三十分で終わる量じゃないよ?」
「頼んだ」

そう言って書類に向き合ったサボへ「わかった」と頷いて部屋を出て行く。




「おわった……!」

時間はちょうどあれから三十分少々。名前はまだ来ない。コアラが伝え忘れたとは思えないので今向かっている最中なのだろうかと廊下へ出る。

「あ、お疲れ様」
「来たなら入ってこいよ」
「邪魔しちゃ悪いかと思って」

廊下に出てすぐのところで名前は本を片手に待っていた。一緒に部屋へ戻ると感嘆の声を上げる。

「本当にあんな短時間で終わらせたんだ……いつもそのやる気出せばいいのに」
「それは無理だな」
「えー」

それより、と名前を引き寄せて腕の中に閉じ込める。そのままベッドに腰かけた。

「うまかった」
「聞いた」
「なんで教えてくれなかったんだ?」
「だってサボ、私が作ったって言ったらお世辞言いそうじゃん」
「言わねェよ。なにせ名前の作るもんは全部うまいに決まってるからな」

ほら! と頬を膨らませる彼女が可愛くて頬をつつく。

「また作ってくれ」
「私が作るより他の子が作ったほうがおいしいよ」
「名前のがいいんだ」

頼むよ、と肩に頭を擦りつければ笑って「じゃあ気が向いたらね」と頷いてくれる。

「サボは甘えただね」
「そういうおれは嫌いか?」
「ううん。甘えてくれるのすごい嬉しい」
「そうか」
「……私にだけ、だったらもっと嬉しい」

そう耳を赤くしながら言うものだから。あぁ、可愛くて仕方ない。



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