◎ 止まり木
雨の日は嫌い。ジメジメして気分まで落ち込む。そして、あの人が来てくれない。
あの人は町の外れの小屋に住んでいて、医者のいないこの町のみんなを診てくれる。身体にドクロマークを刻んでいる海賊。海賊は怖いけど、あの人は……怖くない。
窓ガラスをすべる雨水を睨みつけてカーテンを閉める。どうせこんな天気ではお店に来る人もいない。さっさと閉めて、一人でお酒でも飲んで寝てしまおう。
そう思って背を向けたらコンコン、と戸を叩く音で呼ばれる。ため息を飲み込んで戸を開けた。
「はい。どちらさ……ま」
「悪いな。ちょっと雨宿りさせてくれねェか」
「えっ、あ、どうぞ……」
金髪からぽたぽたと水が滴り落ちていく。はっ、と慌ててカウンターに置いておいたタオルを渡せば「ありがとうな」と笑顔で受け取ってくれた。
「往診ですか?」
「あぁ。雨が降り出す前に戻るつもりが話し込んでこのざまだよい」
「今コーヒー淹れますね」
「助かる」
よっぽど寒いのか遠慮せずに頷くのを見て急いでコンロをつけてケトルを火にかける。お湯が沸くまでそう時間はかからないものの、二人きりというのはなんとも気まずい。
「あの……」
「ん?」
「雨って、どう思います?」
曖昧すぎる問いに言った自分でさえなんだこりゃと思う。頭をカウンターにぶつけたくなった。
「そうだなァ……」
そんな問いかけにも関わらずマルコさんは身体を拭く手を止めて顎に手をやる。
「遣らずの雨って知ってるか?」
「やらずの雨?」
「訪ねてきた人が帰るのを引き止めるように降り出す雨のことを言うらしいよい。だから雨で生まれるもんも悪くないってな」
たしかに今、こうしてマルコさんと二人きりで話せているのは雨のおかげだ。お湯を注いで、淹れたてのコーヒーを渡せば「ありがとう」と笑って受け取った。
「止むまでの間、マルコさんの話を聞いてもいいですか?」
「おれの話なんか面白くねェよい」
苦笑しつつも、隣に座って待てばマルコさんは話し始めてくれる。
雨の日もやっぱりいいかもしれない。なんて、神様が聞いたら呆れるだろうか。
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