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 恋しい味

「はぁ……」

彼女に名前を呼ばれなくなって何日経ったのか。それどころかまともに顔も合わせてない。
恋人と喧嘩中──というよりエースが彼女を怒らせた──で落ち込んでいる隊長を元気付けよう! と意気込む隊員たちにはお節介だとは思ったが甘んじて受けることにした。厚意は嬉しいし、何より気が滅入っているのは事実だ。
二番隊で貸し切った酒場は、飲み始めてからもう数時間経つというのにいまだと言うべきか、だからと言うべきか。あちらこちらでジョッキを合わせる音が聞こえる。

「隊長さん、いい飲みっぷりね」

だれが呼んだのか明らかに男を相手にする生業の女たちが次々にエースのジョッキへ酒を注いでいく。なんとなく恋人への罪悪感を抱きながらもされるがまま注がれた酒を飲み干していた。こんな姿を名前に見られたらもっと怒るかもしれない。
近くのテーブルにトマトをふんだんに使ったピザが運ばれていく。名前お手製のミネストローネを最後に飲んだのはいつだったか。気づいたら無性にあの水っぽいミネストローネが恋しくなった。

「ミネストローネ……」
「え、隊長さんミネストローネ飲みたいの? 今持ってくるね」

思いつくまま放った言葉を拾った女がカップを片手に戻ってくる。「はい、どーぞ」と置かれたものはまさしく今思い浮かべていたもので。
添えてあるスプーンを使うのも面倒でカップを傾ける。トマトや他の具材が主張するそれはうまい、はずだ。それなのに飲みたいと思うのは彼女のスープで。
テーブルに突っ伏す。周りはいつものように寝たと思ったのか、驚く女たちに笑いながら説明している。

「あー……会いてェ」

会って、謝って、あの特徴的なミネストローネを飲みたい。
もう名前は寝ているだろうか。起きたら真っ先に会いに行こうと決めて目を閉じた。




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