02:巻き込まれた女
「いらっしゃいませー!」
ドアを開けばいつもと同じようにベルの音が鳴る。相変わらず明るいお出迎えをしてくれるこの女の子本当に可愛い。この世界に来てから早いこと1週間経った。それまでこの喫茶店ポアロに来たのは今日で4回目だ。特に何か進展があったわけでもなければ誰かと仲良くなったわけでも無い。ただ毎度この喫茶店にいる彼女に癒されに来てるのが今じゃ日課となっている。普段のパンツスタイルにシンプルなシャツを着てここにやってきた。
「カフェオレでお願いします」
「はい!“いつも”ありがとうございます」
人懐っこい笑みを向けてくれる彼女はどうやら私の顔を覚えてくれたらしい。とはいえ何か会話をするというわけでもなくただ店員と客のやりとりのみ。店内には現在客は自分ひとり。カウンターの中には先ほどの天使の他、一人初めて見る顔の男性が一人。褐色肌と明るい髪色が特徴的な男性。横からでもわかる…アレはイケメンだ。見た事ないけどモブキャラかな、勿体無いと呑気に店内を眺めながら注文したカフェオレを待つ。
「おまたせしましたカフェオレです」
「ありがとうございます」
紅茶系統も気になるがとりあえずここのカフェオレ好きなんだよね。うん、何回飲んでも美味しいなぁ…。と思ってたらなんか視線を感じてそっちを見れば先ほどの天使がこっちを見てるではないか。ニッコリと。あっ可愛い。
「最近よくポアロに来てくれますよね?カフェオレお好きなんですか?」
「あっ、はい。毎日美味しいカフェオレをありがとうございます」
そう微笑んで返せば天使も嬉しそうに笑ってくれた。あぁ、やっぱ覚えてくれたんだ良かった。どうせならこのまま友達とかにならないかな?あー若い子っていいな。
「初めて見た時から凄い可愛らしい方だなって思ってたんです!私榎本梓って言います」
「御丁寧にありがとうございます。私は白石雪乃と言います。最近越してきたばかりで…」
「どうりであまり見ないなと思ったんです!こんな可愛らしい人いたら絶対忘れないのにって!雪乃ちゃんって呼んでもいいですか!?」
可愛らしいって、こんな子に言われちゃったよ。しかも雪乃ちゃんだって。三十路になってちゃんづけで呼ばれるって滅多にないよ?高野もこんなに可愛かったらなぁ。私毎日癒されに会いにいくのになぁ。あー高野女になれ。私も梓ちゃんと呼んでもいいかと聞けばもう嬉しそうに頷いてくれました。しばらく梓ちゃんと話をしてるとカランカランとドアベルが鳴る。入ってきたのは小さな子供たちが数人と一人気の良さそうな老人。気づいた梓ちゃんがすぐに迎えていた。小さな子供の中にはやはり“あの少年”もいる。よく考えたらアレって中身ただの高校生なんだよね、可哀想〜(棒読み)
「ねぇねぇ、あそこに座ってるおねーさんってだぁれ?」
「見たことねーやつだな!」
「ちょ…!元太くん声が大きいですよ!」
「これこれ、静かにせんとご迷惑じゃろう?」
うん。聞こえてるよ思いっきり。“やつ”って…仮にも年上に向かって…生意気な子だな最近の子は。と、そんな子供たちに梓ちゃんが説明をしてあげている中で、私はただぼんやりとカフェオレを飲む。するとカウンター越し、目の前に影ができたのに気がついてふと視線を上げるとそこには先ほど奥で作業していた男性店員だった。やっぱ予想どおりイケメンだ。
「こんにちは、おかわりどうですか?」
「ありがとうございます、いただきます」
愛想がいいなっていうのが第一印象だった。まぁ顔はよし。絶対モテるなぁこの子。容姿端麗って凄い。ありがとうございますとお礼を言えば『こちらこそ』って終始イケメンだった。可愛い天使といい美男子といいこの世界も捨てたもんじゃないなーとなんか色々思った。
「あっ、いらっしゃいませ!」
再びドアベルが鳴る。子供たちの後に入ってきたのは暖かい時期だというのに黒いコートを羽織り、帽子とマスクをつけた男が来店してきた。見るからに怪しそうなその人物に思わず飲んでいた手を止めた。チラリと様子を伺えば男の口は何かモゴモゴと動いている。不穏な空気を纏う男を少しだけ目を細めて見ていたその瞬間。
「う、動くなッ!!」
「きゃあああっ!!」
「雪乃ちゃん!!」
その男と目が合ったその瞬間に突然腕を掴まれ首に腕を回された。首元にヒヤッと感じる物と、子供たちの悲鳴、梓ちゃんの私の呼ぶ声で今の状況が明らか。あぁ…“厄日”なのかな。今日は
「か、金を出せ!!じゃないとこの女を殺すぞ!!」
「…ッ、」
人質になるなんて日常的だったからこそこんなに冷静でいられるが、こんな喫茶店に強盗に入るこの男に頭おかしいと言ってやりたい。この状況下は普通怯えるのが女性として可愛いポイントなのだろう。ここに玲がいたら『あー…とんでもねーやつ人質にしちゃって…ご愁傷様(犯人)』って男に対して同情をしているだろう。元警察官…あっ、今もか。そんな自分が今の状況で騒ぐわけにはいかない。目の前の子供達怯えてるし。梓ちゃんも怖がってるし、そうなったら動けるのは“自分”だけだ。
「…ダメですよおにーさん?」
「「 !! 」」
一瞬びくり、と突きつけられているナイフが動揺した。突然この状況で声をかけられるなんて誰も思わないだろう。
「人…殺したことないでしょう」
「ッ!!な…」
「手が震えてますよ?」
ほら、“図星”って顔。
「それに強盗するならもう少し大きいお店の方が良かったんじゃないですか?」
そっとナイフを持った手に自分の左手を添える。案の定その手は震えており、ナイフもしっかりと握られていない。あぁ、こいつ初犯だと確信した。
「三つ、助言してあげましょう」
「!!?」
「一つ」
コレは“テクニック”のひとつだ。誰も傷つけないように誘導する。先ほど触れた左手を男の右手にススーっと指先でなぞる。先ほどよりも掴む力が弱まり、ナイフがするりと抜ける状態になった。そして男の耳もとでこそりと呟く。
「人を殺すつもりなら凶器はしっかり持つこと」
「なッ、」
「二つ目」
ニヤリ笑った彼女は相手の男の鳩尾に素早く肘打ちをし、そこで少し蹲った男の顔に更に裏拳をお見舞いした。
「す、すげぇ…」
どこからか漏れたその言葉は誰の言葉かはわからない。彼女はその小さな体で男の手首を掴むとそのまま床へ背負い投げを喰らわした。
「ッぐ!!」
バタン!!と大きな音と共に床に倒れ込む男は小さな呻き声を上げていた。
「顔と体の位置を考え、隙を見せないこと。でないと今のように返り討ちにされます」
そして三つ目、と彼女は未だ床に倒れ込む男の近くにしゃがみ、膝に肘を突きながらコテンと小さく顔を横に傾けて微笑みを浮かべながら口を開いた。
「人質にする相手を間違えましたね?」
にっこり。と決して悪びれる様子もないまるで子供のようなその表情に男のそれ以上何も言えずにいた。
「強いていうなら犯罪の教科書でも読んでから出直してきて下さい」
そんなもの合ったら色々問題だが…と。突っ込みどころ満載だが誰も何も言わない。その光景を見て驚いていたのはもちろん全員。それもそうだ。小柄な女性が凶器を持つ男をあっさりと投げ飛ばしたのだ。いったい何者なんだ…と、その一蓮のやりとりを不審に感じ取ったのは“二人”
「雪乃ちゃんッ!!大丈夫ですか!?」
「平気です。すみませんお騒がせして…」
「おねーさんすごい!かっこよかったよ!!」
「ほんとすげーよ!なんだ今の技!!」
「あはは、ありがとう」
怖がらせたと思ったがどうやらそうでもないらしい。あっという間に人気者…というよりもヒーロー扱いになっていた。目立ちすぎたかなーとちょっと反省。
やがてしばらくしてからやっと店前にパトカーが止まった。どうやら誰かが隙を見て通報してくれたようだ。パトカーから降りてすぐに店内にかけてきたのは男性刑事。その刑事とみんな面識があるようで子供たちが嬉しそうに声を上げた。
「高木刑事!こんにちは!」
「あれ、コナンくんたちもいたのかい?…って強盗は…」
「それなら床で寝てますよ」
そばかすの少年の指す方向を見て高木刑事は驚いたように声を上げた。この来るまでの間に誰が…とふと視線を上げた先で今度はその当人の彼女と目が合うと、彼は慌ててビシッと敬礼をした。その光景に周りも驚いているが、彼女はと言えば、苦笑いを浮かべている。
「そんなにかしこまらないで下さい高木刑事。お勤めご苦労様です」
「し、しししし白石さん!?!?!なぜここに…?」
「たまたまお茶をしていて…巻き込まれてしまいました」
ふんわりと笑う彼女に頬を赤らめながらも高木は再び言葉を交わす。そして高木と一緒に入ってきていたもう一人の男刑事が犯人に手錠をかけては先に車へと誘導していく。
「ねぇねぇ、高木刑事」
「ん?なんだいコナンくん」
先ほどから気になっていた。この少年はちらりとその女性へ視線を向ける。高木刑事の耳もとへ口を近づけてはボソッと呟いた。
「このおねーさん、高木刑事の知り合いなの?」
「あぁ、彼女は…」
と彼女を紹介しようと高木が口を開いたと同時、その彼女がコナンの目線に合わせるようにしゃがみ込むと、じっとその目を見つめた後くすりと笑ってから高木より前に声を発した。
「はじめまして。警視庁交通部交通執行課の白石雪乃と言います」
「え、お巡りさん!?」
「雪乃ちゃん警察の方だったんだ!なんだか凄いですね!」
意外だ、とでも言いたいのだろう。しかし小柄な身でありながら男に立ち向かうその勇気はまさに警察官らしいのかなんなのか…
「良ければ事情聴取にお伺いしましょうか?人質になった身ですし」
「えっ!だ、大丈夫ですか!?せっかくの休日を…」
「構いませんよ」
さ、いきましょう。と彼女は高木を店外へ促す。店内を出る前に梓へかなり多めの金額を渡す。その額に驚いていて返そうとしたがやんわりとそれを断った。
「迷惑料とこの子たちの分の支払いも合わせて、ね?」
好きなだけ食べてねと子供たちに伝えればコレまた大喜び。
可愛いな子供、と眺めているとツンツンときていた服を引っ張られた。犯人はあの例のメガネの坊や。大きな目をこちらに向けてきて何か言いたげなようなのでとりあえずしゃがんでやる。
「なーに?」
「おねーさんって本当に交通課の人なの?」
「そうだよ?意外だった?」
「ううん!あんな身のこなしなら他の課でも活躍しそうだなーって!」
「そんなことないよ。警察の人は皆あんな感じだよ」
「ふぅん、すごいね警察って!」
きっとそんなこと知っているだろう、と彼女はそう思った。なんせ目の前の少年はぶりっ子してるが高校生なんだもん。内心笑っていたが、まぁ今はまだ知らない設定なのでとりあえず黙っておく。
「それじゃあ、またきますね」
「はい!是非いらしてください!」
「おねーさんバイバーイ!」
彼らを見送ってから高木刑事が乗るパトカーの後ろをついてもらうようタクシーを拾う。そういえば、と店を出る寸前に一つ気づいたことがある。自分の服の袖口についた小さな黒いボタンのような物。間違いない、彼は仕掛けてきた。
「( 随分と大胆な子供だね )」
まぁ、全部“想定内”なんだけど。