男主 | ナノ


▼ 今も昔もただひとり

馬鹿な男がいた。光に当たると金にも見える明るい茶色の目を持つ男だった。普段からへらへらとした人好きのいい笑顔を浮かべて、いつも周りに人がいた。話すのが好きで聞いてもいないことをぺらぺら喋るこの男は出生はどこだか明かさなかったが家族の話をよくしていた。年の離れた兄の夫婦に女の子が生まれたという話をしているとき、琥珀の目を細めて優しい表情をしていたことをよく覚えている。学生時代は成績はすこぶる悪く所謂劣等生であったが、友に大それた道を選んだのだと告白をされたときは縁を切るだなんて大層な考えなど思いつかなかったようで、馬鹿だな俺はお前とこれからも共にいるじゃあないかと背中を叩き笑い飛ばして励ました。そしてその言葉の通り友が自分に背中を預けられるようにと努力に努力を重ね、卒業をした頃にはとても腕の立つ魔導師として世に立った。努力の末に優秀と呼ばれるほどまで成長したのだが本人はあまり魔導師らしからぬ男で、酒はあまり好きではないと言って魔導力が尽きる寸前まで酒を口にしなかったこともあるし、人が良すぎる上に引き受けなくとも良い仕事を引き受けたりして濡れ衣を着せられたりと悪いように利用されることも少なくなかった。そんな時に男を助けるのが友であった。友は男が自分と共に居てくれるだけでよかった。その琥珀の瞳を見ることができるだけで幸福だった。男と友は卒業後生活をも共にし、学生時代の約束通り背中を支え合って生きていた。だけれどいつしか国は戦争を始め、国中の魔導師たちは戦場に集められ戦に駆り出された。目立たず活動していた魔導師ならば収集にかかることもないし、実力があるならば国からの使者など追い払って今までどおり生活することだってできるのに、生憎男は良い意味でも悪い意味でも有名であったしそれほどの力を持っても使者を追い払うことをせず着いていってしまった。これが友ならば追い払っていただろうし、そもそも友は邪悪の道を行く魔導師なので滅多なことがなければ使者だなんて来なかった。普段は男が待っているであろう場所に帰ると誰の姿も無く、代わりに状況を説明する手紙が置いてあるだけだった。悲しいかなこればかりは友もどうしようにもできなかった。せめて同じ場で男を守るのみ、と自らも後を追い戦場に向かった友は、男と同じく馬鹿であっただけ。

自分に向けられた攻撃魔法に数秒気づくのが遅れてまともに喰らってしまうと思ったその時、目の前に男が現れて自分を庇い、礼も言わせぬまま死んでしまったなんて、きっとめずらしくもない話だろう。
あとは血と炎で赤く染まった人だったものが転がる戦場と、何かが焦げたような臭いしか覚えていなかった。
それが、友にかつて存在した、たった一人の友人である男の話だ。



勝手に戦争なんて始めて、人間以外の種族を統べる者が黙っちゃいない。もっと早くそうしてくれれば良かったのに、いつしか突然戦場に現れたと思えば、去ると同時に全て終わらせてしまったらしい。






シェゾ・ウィグィィには欲してやまないものがある。それは闇の魔導師としてふさわしい強大な魔力。
しかしそれは彼にとって手段でしかなく、真に欲しいものはただひとつ。

今までは駄目だった。どれほど手に入れようと何度やっても駄目だったのだ。


人型に固めた土に爪を、毛髪を、歯を、血の塊を、肉を、骨を、内臓を入れても生き返らない。醜い泥人形が突っ立っているだけだ。
全く同じことをサタンがしたとすればたちまち動くのだろうか。だとすればこれには魔力が足りないのだ。亡骸は全て持ち帰って保管してあれども限りがある。もっと強い魔力が必要だ。

アルルの力を手に入れれば、本当に動くのだろうか。俺が本気になってかかった時も簡単に逃げられてしまったし、アルルにしか使えない魔法があるくらいなのだから、強い力を持っているのは違いない。だけどあの若さだから珍しいのであって、この程度ならいくらでもいるのではないだろうか。魔力を奪えそうなときに限って見逃してしまうのは、なぜなのか。
それは彼女の琥珀色の瞳が物語っていたが、シェゾはいつまでも気づかないふりをしている。

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