男主 | ナノ


▼ 黙って愛させてくれ

目の前でいかにも女らしい服を着ている美しい顔をした男。俺とこいつは恋人同士であるのだが、悲しいかな目の前の男、シェゾは俺なんかには目もくれず鏡台にうつった自分をじっと見つめながらその顔に化粧を施している。長い髪はウィッグというらしい。普通に考えて特殊な光景だけれど、これは俺が命令してさせているのではなく、シェゾが自分の意思でやっていることなので俺には全く関係ない。元々整った顔が女のようになっていくのを、いつ終わるのかなぁなんて考えながらぼーっと眺めているだけだ。そしてどれほどだかはわからないが、顔をいじる手を止めて数秒したあと、ふと鏡から目を離してこちらを振り向き、「おい」とだけ俺の名前を呼ぶのだ。


「どう思う」
「いつもより化粧が濃い気がする」
「そうじゃなくて」


ずう、と綺麗な顔が近づいてくる。やっぱりいつもよりも化粧が濃いと思った。それは別に不自然ではなくどう見ても美しい女のようにしか見えないのだが、白い喉から出た少し大きめの喉仏や、男らしく低くて若い声までは流石に隠せていない。俺よりは低いけども、身長も高めだ。だけどこれで外を出歩いたりはしないので問題はないのだろう。最近では俺の前でしかしない。


「可愛らしいかとか、美しいかとか、そういうのを聞いているんだ」
「綺麗だとは思う」
「そうか」


そういうと満足そうに少しだけ笑った。こいつは女装癖のある正真正銘の男だってのに、元が良いだけでこれほどまでに絵になるのか。俺は神を死ぬまで恨む。


「今この瞬間思ったこと聞いていい?」
「どうしたんだ」
「シェゾは女にでもなりたいのか?」


そう聞くやいなや綺麗な形をした眉がぐぐぐと中央に寄せられた。せっかく美人なのに勿体無い表情だ。どうやら勘違いをしている顔だが、俺はただ単にそう思ったから聞いただけであって、軽蔑とかそういう類のものは一切ないというのに。こんなにも男として完璧な奴が女になりたいと思う理由は俺には想像もつかないが、なんとなく、そんな気がしたのだ。


「悪いか」
「別になんとも。でもなんで?」


どうやら俺の想像通りだったらしい。シェゾの表情は先ほどと変わりないまんまだ。近くにあることをいいことに、薄い頬を軽くつまんだり寄せたりして遊んでいたら「化粧が崩れるからやめろ」と怒られた。ちゃんとやめた。


「女ならお前の子供を産めるから、俺は産めないが、女の格好をしていたらお前が俺から離れないような気がして」
「支離滅裂だ」
「自分でもそう思う」


やっと笑ったのに、その笑顔はえらく自嘲的でいじらしかった。シェゾの言うことはきっと、男の俺と付き合う上で、自分が男であることに負い目を感じているからなのだろう。だから女の格好をして、俺にふさわしくありたいと願ったんだろう。馬鹿な奴だなぁ、お前はそこまでする必要のある人間ではないし、俺はお前がそこまでして手放したくないと思われるような人間ではないのに。シェゾは偉大な闇の魔導師で、俺はそんなシェゾに憧れているもはや一般人となんら変わりないほど無名の魔導師なのだ。


「俺はお前から離れる気はないし、そもそも俺はいつものシェゾに惚れたんだけど」


言った途端に目を見開いて、どうしたものかと思った矢先首元に腕を回されがばりと抱きつかれた。女のふりをしなくても、こういうところが十分可愛らしいよ、と言ってやれば、顔を肩にうずめたまま「好きだ」と返された。いつもは低い体温のシェゾが、今日はほんのりあたたかかった。

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