▼ Tu me manques.
遠い昔のことを、覚えている。
その世界は今俺が生きている世界とは違い、魔物がいて、それらを統べる王がいた。魔導を学び魔法を使う人間がいて、知性を持つものは皆それを魔導師と呼んでいた。
その世界で、俺は悪名高い闇の魔導師であるはずだった。
昨日学校帰りにナマエとコンビニに寄って帰った日は金曜で、今日は土曜日だ。せっかくの休日だというのに生憎天気は優れず、外はじめじめとしている。元々予定はなく家で過ごすつもりだったのであまり関係ないことだったが、これは予定を入れていなくて良かったと安堵した。
雨は昔から嫌いではない。だけども、休日はナマエに会えなくなるので今ではそんなに好きではなくなってしまった。
元々、他人とそれほど関わらない人間であったのに。ナマエほどに仲の良い友人は今周りにはいない。決して愛だの恋だのではないと言えるが、少なくともその友人に対して執着していることは自分でもわかっている。
冷蔵庫の中にあるもので適当に用意した昼食を食べ終えて、暇を潰そうとリビングでソファに座ってテレビをつけた。そのままぼーっとしていると、ふとテーブルの上に置いていた携帯がブブ、と音を立てて振動した。
俺の携帯のメールアドレスを知っている人間なんて限られているし、その中でも実際にメールを送ってくる奴なんて一人しかいなかった。
[from ナマエ
title 無題
本文
今ひま?]
あぁ、今ちょうどお前のことを考えていたよ。
そう考えてから、いやいやメールを送信した直後にそんな返信が返ってきたら流石に気持ち悪いだろうと我に返った。少し間を置いてから[大丈夫だ]とだけ返信して、携帯を片手に持ってソファに座り直す。
はやく返事が来ればいい。こっちは退屈しているんだ。
それだというのに、返信を待ち続けて1時間、一向に携帯は鳴らなかった。一体何の用だったんだ、気になるだろう。苛立ちまではしないが、なんというかむず痒いような気持ちになる。相手がナマエなのだから尚更だろう。最早つけっぱなしにしていたテレビの内容が頭に入ってこなかったので見ていても無駄だと思い電源を消して2階にある自室へ向かおうと立ち上がった。
そうして階段を上っている途中、短い電子音が聞こえた。もしやと思い片手に握ったままの携帯を見やってから、音の正体がそれではないことに落胆した。そもそも俺の携帯の着信音はバイブレーションだというのに。
では何の音だろうと考えて、それは午前中に少し触ってから恐らく付けっ放しにしていただろう自室のパソコンから発せられていると気づいた。
案の定電源を切り忘れていたノートパソコンには、一通のメールが届いていた。そのメールの差出人表示には、酷く懐かしい名前が書かれていた。
「アルル?」
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