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▼ ハンティングナイフのごついやつ

「なまえさんの誕生日にはナイフをプレゼントしますね」
「わあありがとう。うちんちのちょうど包丁刃こぼれしてて買い換えようと思っていたの」

そう言っていたのは暑くもなく寒くもない日だったか。本当は調理用ナイフなんてプレゼントしないけれど、めんどくさくなった僕は「楽しみにしててください」と言って会話を終わらせた。
ナイフなんてプレゼントされて喜ぶなんて普通ならのんきな人だと思う。でもきっと嘘だと思っているのだ、きっと本当にナイフをプレゼントされたら微妙な顔をするのだろう。きっと僕を傷つけない為の嘘なのだ。嘘つきめ。

「調理用ナイフって聞いてたけどなんか大きくない?」

ほら、そんなに嬉しそうじゃない。「それはハンティングナイフって言うんです」と言ったらそうなんだ、と返された。いくらしたと思っているんだ。
なまえさんの身体は小さい。小さい手に握られたやたらごついハンティングナイフは短刀くらいに見える。
本当はなまえさんの為にプレゼントしたわけじゃない。僕がその姿が見たかったのだ。

「なに荒井くん。危ないよ」
「似合ってますなまえさん。毎日毎日あなたがこのナイフを握りしめる妄想をしていました」

ハンティングナイフを握るなまえさんの手を上から両手で握りしめて言う。それを聞いてか聞かないでか危ないよ、とだけ言うなまえさんに苛立ちを覚えたが、必然的に切先は僕に向けられていたので、心配して言ってくれているのだとすぐに理解できた。ああなんとも愛おしいじゃないか。

「好きです」

そのまま自分の腹に向かって彼女の手を引く。



「というのが付き合うきっかけでしたね」
「今思い出してもひやひやするなぁ」

あの時僕は一命をとりとめた。別に死ぬ気はなかったし、したくてしたのではなく、無意識に彼女の手で自害をしようとしていた。あと別に彼女のことが好きということもなかった。
だけど泣きながら許しを乞うなまえさんを見て死ななくてよかったなぁと思った。

本当に謎の行動だったので、あのハンティングナイフはなまえさんがしまってしまった。捨てればいいのに、と言うと「せっかく荒井くんにもらったから」と返したなまえさんは僕のことが好きだったという。
告白されて嬉しいのに、肝心の僕が絶体絶命の状態だったのだからたまったもんじゃなかったそうだ。

「で、今年の誕生日プレゼントは何をくれるの」
「ケーキを作りました」
「わぁ女子力高い」
「えへへ」
「きもい」

きっとあれはそういう霊が憑いていたのだと思うことにした。
だけどハンティングナイフを君にプレゼントするのは間違いなく僕の意思であったし、毎日ナイフを握りしめるなまえさんをイメージしていたのは本当だった。

「お誕生日おめでとう、なまえ」
「ありがとう、昭二」


(ナイフ)
昔すぎてわけわからん
友達の誕生日なので公開しました

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