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▼ よくわからんけど荒井さんの死ぬ夢を見たので書きました

「荒井くん。一緒に帰ろう」

何か決意を秘めたような表情をしながら、なまえさんが僕に笑いかけます。このあと何を言われるのかなんて分かりきっている僕は微笑みながらいいですよと返事をしました。
もう外は真っ暗闇で、僕は彼女を守ってあげなければという使命感に駆られました。だって僕は男なのですから、か弱い女性を危険に晒すなんてことは絶対にさせてはいけません。
雨だった昨日に比べて今日は暖かいですが、それでも少しは肌寒いのに、彼女はマフラーをしていませんでした。

「私、荒井くんのことが好きです」

向き合って俯きがちに言うなまえさんは、大変可愛らしいと思いました。僕はそれを聞くと、黙ってズボンのポケットからあるものを取り出して、なまえさんに差し出しました。驚いた顔をしているなまえさんは、おずおずとそれを受け取ると今度は不思議そうな顔をして首を傾げました。

「僕のたからものです。大事にして下さいね」

僕も、なまえさんのことが好きです。
なまえさんの手のひらの上にあるうすむらさき色のコインが美しく光ったような気がしました。
なまえさんの手を繋いで帰ると暗闇は増してゆきました。今彼女の繋がれていない方の左手には僕のたからものが大事に握られているのでしょう。
僕は嬉しく思いました。


数メートル先に誰かがこちらの方を向いて立っています。
それは僕でした。

なまえさんは見えていないのか、数メートル先にいる僕に気づいていないようです。
ああ、あれはいけない。あの僕の正体はなんなのか、何が目的なのかはわかりませんが、きっと僕に、彼女に、僕たちに害をもたらす存在に違いがありません。彼女を、○さんを守らなくては。だって僕はなまえさんを愛している。
たからものとは別のポケットに忍ばせておいたナイフを、服の上からそっと確認しました。


その時、ちゃりんと何かがぶつかるような音がしました。誤って小銭をアスファルトに落としたような、それとそっくりな音でした。
なまえさん、なのでしょうか。この辺は僕たち以外全くと言っていいほど人がいません。なまえさんは財布を持っていたでしょうか、それとも、まさか、
僕と繋いでいた手をぱっと離して転がる音の正体を追いかけるなまえさんでしたが、それはアスファルトと塀の間の溝に落ちてしまいました。その時僕は見てしまったのです。街灯に照らされて転がるそれは、うすむらさき色をしていました。

見間違いでもなんでもない。したくなかった予想は的中。彼女は確かに、僕のたからものを地面に落としたのです。
それからは一瞬でした。僕の手にはいつの間にやら制服から取り出したポケットナイフが握られており、それを躊躇することなくなまえさんの首に切りつけました。

コインを拾おうとかがんでいた彼女はマフラーをしておらず髪から覗くうなじがとても綺麗で、容易く切先を飲み込んだ肌からは赤い液体が吹き出して僕に飛びかかりました。頬にも付着したそれは嫌にぬくく、鉄のにおいがしました。

ばたりとなまえさんの体が横に倒れます。僕はなまえさんなんてまるで最初からいなかったかのように無視をして、雨水で湿った溝に落ちているコインを拾ってポケットにしまうと、ふうと溜め息をつきました。その間、ただただ無感情でした。


動機は、そう、なまえさんが僕のたからものを地面に落としたことへの怒りに違いありません。
いえ、アスファルトに触れた音の正体を認識してから、なまえさんのうなじに刃物を切りつけるまでの間、僕は怒りを感じる暇などなかった。では、衝動的な行為だったのか。僕は日頃から殺人への欲求を抱いていたのか。

そんなことを考えたって何にもなりません。僕はかけがえのない人を、自らの手で、たった一瞬で失ってしまった。そこにあるのは絶望でした。なまえさん、なまえさん。なまえ、さん。ああ、本当は、本当に、大好きだったんです。

「愛する人を自分で殺してしまうなんて、馬鹿ですねえ。いっそのこと死ねばいいのに」

いつの間に近づいていたのか、傍には僕がいましたが、驚きはしませんでした。相変わらず何が目的なのかは全くもってわかりませんが、そんなことは僕にとってはもうどうでもいいことだったので、僕は目もくれてやりませんでした。

「ええそうですね死にますよ」

だってなまえさんがいない世界なんて生きてる意味ないし


次に視界に見えたのは、何とも邪悪な顔をした僕でした。僕はごつい刃物を振りかぶって、僕に突き刺しました。

ああ、何をしているんです僕よ。そのサイズの刃物を持ち歩くのは、銃刀法に違反してしまっているではないですか。
まぁ、僕が言えたことではないんですがね。


暗転。




目障りな僕はやっと死んでくれましたが、愛しのなまえさんはその僕に殺されてしまいました。
全く、腹立たしいことこの上ない。目の前に転がる汚い僕の頭を踏みつけました。


さて、これからどうしましょう。なまえさんは少しだけ冷たくなってしまっていますが、今すぐ冷凍保存でもすれば美しいままで鮮度を保てると思います。業務用冷凍庫なら父に頼めばなんとかなるかもしれません。
そうと決まれば善は急げです。まずはなまえさんを自宅まで運ばなければ。

そのことについて頭がいっぱいで、きっと警戒心が薄れていたに違いありません。なまえさんに手を伸ばそうとした時には、背中が燃えるように熱かったのです。


「私の荒井くんになにしてるの」


ぞっとするほどの低い声が耳に届きました。しかしそれは僕が聞き間違えるはずもなく、なまえさんの声でした。接近されている為か、ほのかになまえさんが使っているシャンプーと彼女の体臭が混じった香りがします。
おかしいな、夢でも見ているのでしょうか。目の前には確かになまえさんの死体が転がっているのに。
後ろにいるのもまた、なまえさんで間違いがないと確信していました。

死んじゃえ、と罵声。引き抜かれた刃物を、もう一度突き刺す。繰り返し。
なかなか意識を手放すことが出来ませんでしたが、ああこれはもう駄目だ、僕は死んだと思いました。しかしそれほど苦痛ではありませんでした。むしろ、何故だか幸福に近いものを感じていたのです。
そういえば、死ぬときはなまえさんの手で死んでしまいたいのだとずっと夢に見てきたではありませんか。それならば、これは幸福に違いがないのです。

なまえさん、好きです。愛しています。

暗転。




荒井くんが死んだ。パチモン野郎に殺された。腹が立つ。
せっかく私が死んでくれたのに、全くもってやるせない。

いっそのこと私も死んでしまおうか。
いいえ駄目、私が死んだら荒井くんを愛せない。
だって私が世界で一番荒井くんを愛しているんだもの。

ああ、好きよ、好き、だったわ。


外も真っ暗なので、もう帰ろう。




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夢なんで意味がよくわかりません

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