ぬるい性描写があります。現代パロ





泥の中に沈んでいくみたいだと思った。

(ゆるやかな下り坂)

朝、目覚めると隣にいた筈のカシムの姿が消えていて、ついでに俺の財布のお札も消えていて、ああまたかと思った。
いってきますと誰もいない部屋に呟き、学校へ行った。
カシムは今どこで何をしているんだろう。
平坦な歴史教師の声は頭の中に残る筈もなく、ただぼんやりと時が過ぎていく。
喉の奥で昨日吸い込んだ煙の匂いがした気がして、体が少し熱くなった。
戯れにキスをするあいつの目は冷たいのに吐き出される言葉は優しい。
「ごめんな、アリババ」
そんなこと思ってもいないくせに。

学校は苦労も知らない平和な世界の住人しかいなくて、俺はどうすればいいか分からなくていつも外の階段の隅でパンをかじる。
たまに中等部のアラジン達が来て一緒に話した。
皆当たり前の様に毎日を過ごしていて、俺も平和なフリをする。
幸せなフリは得意だった。ただ、たまに息苦しくなるだけで。
105円のパンをすぐに食べ終えて、そんなことを考えているとなんだか怖くなってきたから、荷物を纏めた。体調が悪いと言う俺の嘘を担任は特に咎めることもなく、気を付けろよとだけ言った。
明るい時間に街を制服で歩くとどうして罪悪感を抱くんだろう。誰もいない道をぼんやり歩いた。
駅前に寄り道をして、スーパーで野菜を買った。財布の中身がほとんど無くなってしまったので銀行に寄ろうとしてやめた。
なんとなく今日はカシムが帰ってくる気がした。

街の片隅にある汚いクラブハウスの入り口で知らないおばさんにじろじろと見られたが、階段を下りていくと顔見知りを見つけ、手をふった。

「お前制服で来んなよ」
「カシムは?」
「あいつ今日朝いきなり来てからどっか行ったきりだけど」
煙草の煙が充満したフロアに姿は見えない。
夜の気怠さが残ったような空気に制服でいる自分の異質さが映えるようだと思った。
「あいつ来たら帰るよう言ってほしいんだ」
「いいけどさ、…お前あんま無理すんなよ」

大きな掌が頭をぽんと撫でた。頷くだけですぐにそこを飛び出した。


大きな声で叫びたい。俺はここだって。母さんやマリアムに届くぐらい大きな声で。
俺達が再会したのは一年前で、抱き合ったのは半年前だ。
先にキスしたのはカシムだったけれど、セックスを欲しがったのは俺だった。
カシムはがさついた指先を震わせて俺の頬に触れた。そしてあっという間に服を脱がすと、お互い夢中で抱き締めあった。
キスをねだると浅ましい俺をカシムは唇の端を歪め、笑った。
俺はカシムと繋がると痛みと喜びでぽろぽろ涙を流した。カシムはその涙を舐めていた。
温かい体温に揺られて目を閉じると胸の奥がきゅっと痛んだ。

カシムは自分を醜いと思っている。そんなことないのに。

セックスが終わった後カシムは必ず煙草を吸う。
昨日は俺を見て、何時ものように繕うことを止めたのか笑った。
「お前は、変わらねえな」
シーツは汗ばんだ体にひっつくと気持ちが悪い。
「俺とカシムは、おんなじだよ」
俺は綺麗なフリをしてるだけだよ。
じゃなかったからカシムが女から貰った指輪を捨てたりしないし、毎日カシムの帰りを待ってご飯を作ったりしない。
俺はお前がすきで、きっとお前はそんな俺が嫌なんだ。
それを俺が認めたくないだけで、本当はお前が俺を傷つけようとする度傷ついている姿を見て喜ぶんだ。


がちゃりと玄関が開く音がして振り返ると見慣れた姿があった。
「おかえり、カシム」
カシムはただいまと呟くとすぐにベッドの上に座った。
「ご飯もうできるよ」
「…食った」
「そっか」
カシムは煙草を吸って、白い煙を吐いた。

「…怒ってないのか」
「なんで、」

奇妙な形に世界は歪む。何一つうまくいかなかった。学校も親も今日の晩御飯も、カシムの気持ちも、俺は何一つ汲み取ることは出来ない。
カシムが手をひいて俺を抱き締めた。俺は首筋に頭を擦り付け、背中に手を伸ばした。甘い匂いがした。
「したい」



次の日学校に行くとクラスメイトが薄笑いを浮かべながら大丈夫かと聞いてきた。
大丈夫と答えて席につく。いつものように笑えた。

カシムは朝になっても隣で寝ていた。
俺は一人シャワーを浴びて、食べ損ねた晩御飯を朝ごはんとして食べてきた。

昨日、カシムは泣きそうな顔をしてセックスをしていたから、俺も苦しそうなフリをした。
そんな方法でしか俺たちはお互いを繋ぐことが出来ないと思ってる。仕方ない。俺たちは二人だ。
俺たちは違う人間だから、どんなにお互いを欲しがっていても全てを手に入れることは出来なかった。

教科書を開いて、意味の分からない数字の列を眺めた。
俺がカシムに昨夜囁いた言葉は聞こえただろうか。
窓の外の景色は綺麗で、溢れる陽の光は暖かい。
傷付いた体は痛むけど昨日より頭はすっきりしていた。
今日の晩御飯の献立を考えながら、また外を眺めた。



このままで、一生このままで。






おしまい
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