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休校明け。
相澤先生は昨日と変わらない包帯状態で復帰した。
大袈裟な包帯の処置によりクラスメイトたちの不安は煽っているが、先生も万能ではなく、ふらついていた。
それが視界の悪さから来るふらつきなのか、痛みゆえのふらつきなのかは分からない。
そんな先生が朝、話したのは近々行われる雄英体育祭についてだった。
敵襲もあり、どうするのやらと思っていたことでもある。
今年の雄英体育祭は例年よりも5倍ほど警備をきつくして行われるんだそうだ。
「体育祭ねぇ」
雄英の体育祭が日本でどれほど人気なのかはよく知っている。
なんせ、かつてのオリンピックに変わるものとなっているのだから。
「あれ。海砂あんまり体育祭好きじゃないの?」
「え!そうなの!?」
現在、昼休み。
私は響香と透、そして三奈と共に食事をしていた。
「あの雄英体育祭だよ!?」
「いや別に好きとか嫌いではないんだけど…
なんて言うのかしらね?あれのどこを見てヒーローたちはスカウトしてるのかしら、って思うのよ」
「「「あ〜」」」
「正直、ヒーロー科にいるだけあってみんな才能はあると思うのよ。要は戦い方の問題じゃない。
そんなのどうにでもなるのにあんな一時的なものでなにがわかるのかしら」
そうなってくるとどんな個性やスペックを持っているかじゃない、どう育てるかが大切になってくる。
あれでは単に戦闘能力とかを見ているようにしか見えない。
まぁ、そうでも無い人も多くいるのだろうけど。
「ヒーローがどんなところ見てんのかは流石にわかんないけど、頑張るしかないじゃん?」
「響香の言う通りだけど、私はできるだけ効率的に高評価を取りに行きたいのよ」
「相澤先生みたい」
「なんでよ」
効率的、とか言ったからかしらね。
「体育祭かぁ…
やっぱり楽しみって気持ちがおっきいかなぁ!私は!」
「ふふ、透は元気ね」
「海砂ちゃんマジで美人!!今の顔好き!!」
「そう?嬉しいわ。私も透の顔好きよ」
「やった!!!」
「いや顔見えないから、ウチら」
「サラッと嘘ついてる海砂」
透明人間の透の顔など、当然見た事がない。
そもそもどうやったら顔が見えるのかも知らない。
相澤先生の個性でどうにかなるのかも知らない。
でも透の様子からしてきっと活発そうな可愛らしい顔をしているのは予想できる。
「ふふ、私元気な子が好きなの。
だって、見てるだけでこっちまで元気になれるじゃない」
いい例はエースだ。
エースはそこにいるだけで何だか元気を貰える気がする。
「じゃあ私は!?」
「三奈ももちろん好きよ。いつも笑顔で素敵」
「私は海砂の女になる…」
「いやアンタ何言ってんの……」
「だって!だって!!」
響香のツッコミに三奈はなんだか悔しそうな顔をしている。
本当、賑やかな人たちだ。みんな。
「さ、そろそろ時間よ。片付けましょ」
「「はーい!」」
「海砂、意図的にたらし込むのやめなよ…」
「ふふ、ダメ?」
「無自覚もタチ悪いけど意図的もタチ悪いから」
「ごめんね。だってみんな面白いんだもの」
「そんな理由でやるなって…」
▽▲▽▲▽
いつものように授業を全てこなし、放課後となった今。
私たちのクラスの前にはなぜか人だかりができていた。
出口が完全に塞がれるくらいには、人は多い。
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」
廊下の状況を見て、実がそう騒いだ。
「敵情視察だろザコ。敵の襲撃耐え抜いた連中だもんな、体育祭前に見てきてんだろ」
「本当、出れませんわね。これでは」
「人の迷惑考えてないのよ、きっと」
敵情視察もいいけど、こんなバレバレな視察に来て何か得られるものなんかあるのかしら。
「意味ねぇからどけモブ共」
向こうでは喧嘩売ってるし。勝己。
「知らない人のこととりあえずモブ言うのやめなよ!!」
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。
ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」
「ああ!?」
すると、人の間を縫って前へとやってきたのは、紫のもっさりとした頭をする男子。
クマがひどいわね。寝てるのかしら、ちゃんと。
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。
普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構いるんだ、知ってた?」
「?」
「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入を検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ…」
これの話すことは私は知らなかった。
だから隣にいるモモに尋ねてみた。
「そうなの?モモ」
「ええ。聞いたことはありますわ。でも実際どれくらいの人がそれに適用されたのかまでは…」
「へぇ」
そんなのがあったのね。
でも確かに、あの入試方法では偏った生徒が多いだろう。
強個性でも直接的な攻撃力がなければあれは通過できない仕様だから。
「敵情視察?少なくとも普通科は調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告に来たつもり」
「これはまた大胆ね」
「そのようですわね…。
でも、とても身が引き締まりますわ!」
「ふふ、ええ。そうね」
ヒーロー科は雄英の花形で、何かと注目を集める学科。
ましてや襲撃があった私たちは歴代の中でも特に注目を集めているのだろう。
「でも、喧嘩売りに来るのはいいけど彼…
あんな身体でどう戦うっていうのかしらね」
見るからに、ヒョロヒョロ。
あんな身体では何もできないだろうに。
個性に頼って戦うつもりなのだろうか。
しまいにはB組の人まで現れ、またしても私たちA組は喧嘩を売られた。
敵作りまくりね、うちのクラス。
その発端でもある勝己は特に何も言葉も返さず教室から出て行こうとする。
「待てコラ、どうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくって決まってんじゃねぇか!!」
「関係ねぇよ…」
「はぁ━━━━━━━!?」
「上に上がりゃ関係ねぇ」
その言葉は、実に彼らしい言葉だった。
だが、ああいう彼は嫌いではない。
勝己はそれだけ言って出ていってしまった。
「おーいちょっと退けてくれ!よっと」
「またなんか出てきた!!」
「っとっと。なんだぁこの人だかり。
おっ、海砂ー!帰んぞー!」
人混みから出てきたのは、エース。
ニパッと笑うエースになんとも言えなかったこの空気感が一気に軽くなった気がする。
「あれっ、エース」
「ん?お、徹鐵!なにしてんだ?」
「A組に宣戦布告みてぇなもんだ!」
「へー」
「B組としてお前もなんかねぇのかよ!」
緑谷たちは二人の会話でエースがB組の生徒であることは当然察し、だがだからこそ、今度は何を言われるのやらと、内心ドキドキしていた。
「え?んー、そうだな。……ま、お互い頑張ろうぜ!」
「「「(((圧倒的平和な人━━━━━━!!!!)))」」」
「それだけか?」
「だって別に宣戦布告しなくて良くね?
2週間後に体育祭あるのは確定してんだしさ。
こんなところで喧嘩売りに行くなら当日に成績残せって感じじゃん」
そして、エースの正論。
ヘイトたちすら、黙り込んだ。
「お待たせ、エース」
「おう」
「こちらはB組の…」
「徹鐵ってんだ。
徹鐵、こっちは海砂。前話した俺の姉ちゃん」
B組の人と名乗り合ったものの、彼の名前…
鉄哲徹鐵って凄すぎないかしら、名前。
そんなずっと"てつ"って……
「ってことで帰ろうぜ海砂。
海砂今日時間ある?手合わせしようぜ!」
「そうね…夕食後なら少し時間空けられけど」
「っしゃ!やろうぜ!」
「ええ」
夕食までに課題終わらせなさいね?と笑顔で言えば、エースは萎れたピカチュウのような顔をした。
「嫌なら結構」
「わかった!やるからちゃんと!」
「やらなかったらぶっ飛ばすから覚悟してなさい」
「ハイ」
私たちに集まる視線は、未だに私たちに集まったままだった。
その中で、私は普通科の紫の子を見れば、視線が合う。
彼に、そっと微笑めば彼はグッ、となんとも言えない表情を浮かべた。
「私たちに喧嘩を売ってくるのは結構よ、普通科さん。
それだけ貴方もここへ入りたいって言う証拠だものね」
───でも。
「喧嘩を売るのは上等。
でも、貴方今のままじゃヒーロー科入れないわよ?
そんなナヨナヨした身体でヒーロー科?
笑わせないでくれるかしら」
「!」
「ヒーロー科へ入る為に最善の努力もしていないのに、喧嘩売る資格ってあるのかしら?」
「………………」
普通科の彼は、黙ったままだった。
「準備を怠ると足元掬われるのはお互い様じゃなくて?
ただの夢物語にしたくなければ、さっさとお家へ帰って身体でも鍛えなさいよ」
「海砂、別にそこまで言わなくたって……」
「私嫌いなのよ。
自ら最善の努力もせずにそうやってでかいツラする奴がね。私たちが調子乗ってる?ふふ、ご冗談。
貴方こそ調子乗ってんじゃないわよ。殺すわよ」
にっこりと笑ったままの私は、言葉を続ける。
「高みを目指すなら甘ったれんじゃないわよお坊ちゃん。
ああ、もちろん、言い訳は無用よ。
それじゃ、当日牙を向いてくれることを楽しみに待ってるわ。行くわよエース」
「お、おお…」
「「「「((((え、え〜〜〜〜〜〜!!!!))))」」」」
A組一同、驚きを隠せなかった。
海砂、珍しく喧嘩売ってたじゃん。
喧嘩売る度胸あるのに身体鍛えてないのよ?意味わかんないじゃない。
まぁ、普通科じゃん、アイツ。
出来ない理由ならいくらでも上げられるわ。
確かに。