二章

10



私は、街をひとり歩いていた。
あの日の翌日、学校へ行けば転校生やカナに色々と心配されたものの私は特にいつもと変わらず接し、大丈夫の一言で押し通した。
怪我をしてもどうせ治せるから心配はまずいらないしな。



余談だが、あの事件の翌日リクオはなぜか熱出して休んでいたそうだ。
何があったのかは知らないが、我が孫ながらデリケートな子な様子。
あの姿、ぬらりひょんに似ていながらぬらりひょんらしい図太さは無いのか。



「……さて今日のご飯は何にしようか」



献立を考えながら私はのんびりと歩く。
そんなに腹が減っている訳では無いからな。
量はいらない。



「…簡単なスープとサラダで十分か」



キャベツはあった。玉ねぎはない。
簡単に頭の中で献立を立てスーパーに入った。



「ややっ、奥方にそっくりな娘がおる!」

「…………………………………………………」



お前ここで何をしている。



スーパーに入ってすぐ。
目の前に首をほぼ真上にしなければならないほど無駄にデカイ奴が現れた。
私の顔は今恐ろしいくらいに何も感じない顔をしているだろう。



「………狒々、貴様ここで何をしている」

「…本当に奥方だったのか」

「…鯉伴から聞いていたんだろう」



こんな所で会うとは思わなんだがな。と言えば向こうもわしもじゃ。と笑った。

鯉伴から聞いていたにはせよ、恐らく私が転生しているとはあまり信じてはいなかったのだろう。そんな顔をしている。

いつものトレードマークのようなものである能面は今しておらず、その下に昔はいつも隠れていた美形な顔がさらけ出されていた。



「…本当に蘇ったんじゃのう」

「違うぞ、狒々。蘇ったのではない。
たまたま運良く転生しただけだ」

「似たようなもんじゃろ」



根本的に違うと思うが。



「というか、結局お前ここで何をしてる。
奴良組の奴にスーパーなんぞ似合わんぞ」

「自覚済みじゃ」

「じゃあなんでここに居る」

「暇つぶしに大将とさっきまでカフェ〜してたんじゃ」



私はキュッと口を閉じた。
そうでもしなければ思い切り吹き出しかねないからだ。



カフェ〜てなんだ。カフェ〜て。



「ふっ、ふふっ」

「?何笑ってるんじゃ奥方?」

「は、ふははっ、た、耐えられんかったわっ」



どうやら普通に耐えられなかったみたいだ。



「……」

「…一体なんだ。そう不躾に見おって」

「本当に、奥方なんじゃのうと思ったら色々と感情が込み上げてきてのう」



狒々のその顔には私を懐かしみながらも悲しみや嬉しさ、そんなものが入り交じったような複雑な表情をしていた。



「…鯉の坊から話はざっくりとは聞いとる。
いいからさっさと大将と会わんかい」

「…お前好き勝手いいよって…」

「どうせ奥方の事じゃ。
変なことグルグル考えとるんじゃろう?
いつもは豪快でざっぱりしとるんに大将の事になるとどこか繊細なんは昔っからじゃ」

「……………………………」



何も言い返せず私は玉ねぎ片手に黙り込んだ。



「奥方も乙女じゃからのう、実は」

「ぶん殴られたいのか貴様」

「お、久しぶりの覇気くるか?」

「……はぁ、本当お前相手だと調子が狂うな」



覇気をそんなにウキウキしながら来ること待つ奴などいるか、戦闘狂め。



「………あいつに会うことは、決めている」

「ほぉ」

「だがまだ私の気持ちが追いついておらん。
だから今はまだ時を置くことにした」

「何も考えずに会いに行けば良いものを。
あんたにまた会えたとなったら大将は踊り出すぞ?」

「そんな変なぬらりひょんは見とうないわ」



はしゃぐくらいならまだ分かるけれども。



「なぁ狒々」

「ん?」

「奴良組は、私が死した後どう変わった?」



幹部であるお前の目から見て。



「…大将は組のことは鯉の坊に完全に任せておったからの、そこは鯉の坊に聞いた方がええ」

「あいつが乙女にうつつを抜かし荒れたことは聞いた」

「そうか」



妻にうつつを抜かすも何も無いのだが、まぁいいか。



「鯉の坊が総大将を退いた今……
奴良組は少しずつ弱体化しておる。
まぁ最強と言わしめた鯉の坊が退いたのだから仕方ないといえば仕方ないんだろうがのう」

「ああ」

「…わしの目から見て、今の奴良組は危ういもんじゃ」



狒々の、素直な意見だった。
………危うい、か。



「わしからしてみりゃどーでもええが、過去の栄光に縋り顔をでかくしている幹部や妖怪もおるしのう。今の奴良組の状況は牛鬼の奴が一番客観的に見れてるだろうの」

「…あいつは頭がいい上に場所も場所だからな…」

「そうそう、場所も場所だしのう」

「…リクオはどうなのだ?」

「リクの坊か?
あの子は全力で三代目を拒否しとるそうじゃ。
大将が頭抱えとったぞ」



キャハハ!と楽しげに笑っているが、きっと笑い事ではないんだろう。
しかし、何故だろうか?
この前は随分とノリノリで百鬼夜行背負っていたように見えたんだがな。



「大将曰くリクの坊は自分によく似ているそうじゃ」

「…………リクオがぬらりひょんにか」



似ているところなど全く見当たらないんだが。
ぬらりひょんと違い真面目、誠実、少々鈍感なようだが頭もいい。
ふむ、やはりぬらりひょんとあまり似てないと思うがな。
だがまぁ確かに、妖怪時のリクオはぬらりひょんに似ていたとも。
特に外見は私さえも驚く程に。



「ああ。何が似とるんかはわしも知らんが昔からそれは言っとる」

「…お得意のぬらりひょんの勘とやらか」

「かもしれんの」



確かにその勘とやらは当たってはいたが…



「のう奥方」

「?」

「わしはのう、あんたと笑ってる大将が好きじゃった」

「随分と感傷に浸っている言葉を突然吐いたな」

「もっと正確に言えば笑いあった後にあんたに殴られとる大将を笑うのが好きじゃった」

「……………………」



確かによくあったな、そういう場面。



「早う大将ともう一度出逢ってくれ」

「……はぁ。鯉伴といいお前といい……
こっちの身も知らんで素直に言い過ぎだろう」

「心底そう思っとる故の言葉じゃ」



だからこそ、真っ直ぐ。
飾らない言葉で伝えてくるのだろう。



「…私の心の準備が出来たらな」

「いつになるんじゃか」

「決心が着いてしまえば、すぐなんだがな」

「奥方はそういう奴じゃからの」



400年も前から知っとる、と狒々は笑った。



「…それで、なんで私の買い物かごに酒を入れる」

「わしが一緒におったら酒も買えるじゃろう?
このまま酒盛りと行こう。久しぶりなんじゃ」

「……相変わらず自由なやつだな」

「キャハハ!そう言うな!」



結局、狒々に全て支払いは済ませてもらい、そのまま私の家へとしっかり着いてくる狒々に私は呆れながらもその口元は緩く弧を描いていた。


























おお!奥方料理上手くなったのう!?

昔は雪麗がやらせてくれんかったからな。

美味じゃ。

それはどうも。
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