あれから三日がたった。




「よぉ、今日も変わらず美しいのう」

「…………貴様はそんな無駄なことを言う為にここに来てるのか」

「無駄とはなんだ、無駄とは」




ぬらりひょんと名乗ったあの妖怪は、何故か今のところ毎日ここへ来ている。
暇なのか?暇なんだな?そうなんだな?




「そういや、さっきあんたの妹に会ったぜ」

「……それは一方的に?
それともちゃんとお互い姿を見せて?」

「姿を見せてに決まってるじゃろ。
確か、珱姫とかいったな…
あれも流石京一といわれるだけあって中々いい女じゃ。
まぁあんたにゃ当然負けるがの」

「珱になにかしたらその首へし折るぞ」

「くくく、気の強さも日ノ本一じゃな」




この妖怪は部屋に来ては、ただこうして私と話しをしていくだけ。
たまにご飯を勝手に食べてるらしいが、それははっきりいって私としてはどうでもいいこと。

私はただ、この妖怪がなぜこうして私のところに来て、話をして、そのまま帰っていくのか。
その行動の意味がなんなのかさっぱりわからない。




「………珱姫ががのう、ワシが『なかなかいい女じゃが姉姫には及ばんか』と口走ったらえらく怒った様子で『当たり前だ、私と姉様を同列にするなどいけません!』って言っておったわ」

「…………あの子は…………」




まったく、何を言うのかあの子は。
珱とて相当美しい姫だ。
なにを謙虚になることがあるのか。
この男も、そして妹も、私にはわからない。
前世の姉はむしろその美貌を前面に押し出し私は何をしても許されるとふんぞり返っていたのに。
我が姉は見下しすぎて見上げていたが。




「珱姫はあんたの事が大好きなんじゃのう」

「…私たちはこの世に2人といない大切な姉妹だ。
それも、等しく同じ力を持った……な。
嫌う理由など一体どこにあるというのだ」




同じ苦しみを背負っている私たち。
母がいなくなってからずっと支え合ってきたのだ。
そんな妹をなぜ嫌うというのか。
そんなことあるわけないのに。

するとぬらりひょんはニヤリと笑いながら言ってくる。




「それはそうと…
あんたの父親は随分金に目がないんじゃのう?
あんたらを見てりゃ父親も結構視界に入ってきたが…
あの父親の金への貪欲さは目に余る」




その言葉に、合点がいった。




「……ここ最近の変に見られている感覚は貴様だったか」

「ほう……?気づいておったのか」

「どこに貴様がいる等は何もわからん。
が、なにやら見られているような、そんな感覚はずっとあった」

「なかなか敏感じゃな」




もちろん、気づいたのは覇気のおかげでもある。
だが、それは話をややこしくするだろう。
そもそもこの男に一々教えてやる義理もない。
だから黙っておくが最善か。




「あんたならあんな父親を無視してでも外に出ようとしそうじゃがのう?」

「………前まではしていたさ」

「しておったんか。…じゃが前まで、とは?」

「父上は…私が珱を心より愛し、大事にしていることを良く知っておる。
ゆえに私をこの場に縛り付けるために前よりもいっそう金を積む患者を多く呼び寄せるようになった」




脳裏に浮かぶは金に溺れた父の顔。
ああ、本当に、あの父上は大嫌いだ。




「我らのこの力はなんの代償もなく使えるようなものではない。この力、そんな容易く使えたらそれこそ皆の言う通り神の子に違いかなろうて」

「………その力を使うには、どんな代償があるんだい?」

「そう険しい顔をしてどうした、妖怪。
別に我らの命などを削ってるわけじゃないぞ」




そう言ってやればどこかほっとした様子のぬらりひょん。
妖怪のくせに人間を心配でもしたというのか。




「この力を使う度に削られるは私たちの体力だ。
前はそれを父も知らなかったが、以前に一度珱が倒れたことで、それを知ってしまった。
私は丈夫故、こんな力使えどさほど疲れなど感じん。
だが珱は蝶よ花よと育てられ私と違い反抗することなく静かに育った子だ。姫らしくお淑やかで、穏やかな子。
体力などないに等しい」




そんな珱が重い患者を何人も治療すれば珱が倒れることは当然であり、必然。
それを見越して父上は多くの患者を呼び、珱が倒れるまでやらせわけにいかないと思う私を、こうしてここに留めさせている。
実に汚いやり口で、気に食わない。




「…あんたは不器用なんじゃな」

「殺してやろうか妖怪」

「物騒じゃのう……
だが、あんたは不器用で、とても優しいんじゃな。
妹のためにそこまで考えてるたぁ思わなかったぜ」



血を分けた姉妹。
悲しみも、苦しみも、分け合う姉妹。
愛さずにいられるだろうか。

私よりも純粋で、花のような珱。
汚されぬよう、美しく育てたいと思うのは当然だろう。




「………貴様にはいないのか、兄弟姉妹は」




特に気になった訳では無い。
ただ、会話の一環でふと聞いただけのことだった。




「ワシにゃあそんなのはいないぜ。だがまぁ義兄弟は、いる」

「義兄弟?」

「ワシは奴良組総大将じゃからの。
盃を酌み交わした奴らがおる。親子盃か兄弟杯じゃな」

「………ヤクザ者か、貴様」

「言ってなかったかのう?」




言ってるわけないだろうに。
だがまぁヤクザ者など興味はない。
むしろこっちは前世海賊だ。
ヤクザ者に臆するほどのか細い神経してなんだわ。




「………しっかし、おぬしは本当に美しいのう。
いつまでも眺めてられるわ」




話が一番初めに戻ってしまった。
しみじみと私の顔を眺めながらそんなこと言う妖怪に私はため息をこぼしながら言う。




「貴様はあの言葉を知らんのか?」

「あの言葉?」

「『美人は三日で飽きるが醜女は三日で慣れる』」

「なんじゃそりゃあ」

「誰だったか…以前誰かに聞いたことがある」




醜女というか、正しくはブスだが。
これは前世で聞いた話だった気もするが、まぁ多分異世界も共通だろう。




「…美人は三日で飽きるが醜女は三日で慣れる、のう」

「つまり私にももうすぐ飽きるだろうて。三日目だ」

「そりゃねぇな。あんたに飽きる気はずっとしねぇ」

「……………………」




キッパリと言いきったこの妖怪。
どこから来るのだろうか、その自信は。
全く理解できない。




「それに、そりゃあただの美人だろ?
あんたはとびきりの美人だ。日ノ本一のな。
ならそりゃ当てはまらんわ」

「………一体貴様は何がしたいんだ?」

「何がしたいと思う?」




くくく、と不敵に笑うその姿がやけに様になっていて意思に関係なく腹が立つというもの。




「答える気がないなら答えずともよい。面倒だ」

「もう少しあんたはワシに興味を持ってもええじゃろうに」

「貴様はさほど興味を惹く存在ではないわ」

「へぇ、さほどってこたぁまったく、ってわけじゃあねぇんだな?」




これが、あーいえばこーいう、というやつか。
はぁ…………




「………その"ぬらぐみ"とやらの総大将が三日間ずっとここに来ていては組の者共は困っておろう。去れ」

「ガッハッハッ!
相変わらず直球で言ってくる女子じゃ!」




愉快だと言いたげに膝を叩きながら笑うぬらりひょん。




「やっぱりいいな、あんた」

「何一つ良くなどないわ」

「そんじゃ、おぬしの言うとおり今日はそろそろ帰ってやろう」

「それはよかった。
そして二度とこの屋敷に来るでないわ妖怪」

「くく、本当面白いのう。
来るなと言われりゃ来たくなるというものよ」




覇気付きでこいつを一度思い切り蹴り飛ばしてもいいだろうか?
モロに当たったら簡単に岩を砕くほどの強さのものを。
本当、なんなんだこいつは。




「朧姫」

「なん…っ!」




名を呼ばれ、素直に振り返ればいつの間にか目の前にいたぬらりひょん。
顎を掬われ鼻が当たりそうなほど近いぬらりひょんの顔を驚きのあまり固まった朧は、顔を赤くして見つめるしかなかった。
それに満足そうにぬらりひょんは見て、妖艶に微笑む。




「今宵も実に楽しかったぞ。また、来る」

「っ〜、く、来るな!」

「ガッハッハッ」




顎に当てられている手を叩き落とし、顔を背ける
その姿にさらにぬらりひょんは笑うのである。




「またのう、朧姫」




いつもと同じ言葉を残し、今日もまたぬらりひょんは消えていった。

朧は熱くなった頬に両手を当ててしゃがみこむ。




「っ…」




なん、なのだ。
なんなのだなんなのだ!
あいつは一体なんだというのだ!




「落ち着け、落ち着くのだ、私」




やけに速い心臓の音にそう念じる。
一体これはなんだ。動悸が激しい。
まるでルフィを思うハンコック姉様みたいな反応じゃないか…!




「……………寝よう。考えてはいかん、これは」




こういう時は寝るに限るわ。




朧はそう自己解決し、静かに寝支度を始めた。










心のどこかで、あの妖怪が毎夜来てくれることに喜びを覚えている自分の感情を無意識に負い殺しながら。














姉…様…?

!……すまぬ、起こしたか?

…ふふ、姉様…



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