今日もまた、珱の顔色が悪かった。



「珱、大丈夫か」

「ぁ…姉様。大丈夫か、とは?」

「そんな憂いた顔をしておいて何も無いなんてことは無いだろうて」




今日もまた珱が治療の日。
いつも通りたくさんの金銭を積まれただろう父上は、それを承諾し私たちに治療させていた。



「これから治療だろう」

「…えぇ。でも、大丈夫ですよ」

「…よい。今日は下がっていろ。私がやろう」

「え、あ、姉様!?」



今から向かおうとしていただろう広間に先に向かう私に珱は慌てて追いかけてくる。



「よ、よいのです!大丈夫ですから!」

「だからそのような顔をして大丈夫なわけがなかろう。
私はそなたよりも何倍も丈夫だ。今は休め」

「そんな!姉様は昨日も治療をなさっておりました!
ですから今日は私が!」

「それで珱が倒れては意味が無い」

「それは姉様も同じでしょう!」

「私は珱ほど貧弱ではないわ」



言い争いをしながら私たちは広場へと向かった。

















そしてそのまま言い争いをしたままに現れた私たちに父は少し驚いた顔をする。
仲のいい姉妹だからだろう。
お前のせいでこうなってると言うのに、本当金のことしか頭にないクソ野郎だ。




「父上、今日の治療はこの私が致します。
珱はどうも体調が宜しくないようで」

「そうなのか!?それはいかなんだ!
珱姫、ここは朧姫の言う通りやってもらうのだ!」

「い、いえ!体調など悪くなどございませぬ!」

「珱、ならば私のそばで控えておれ。
私が治すのを見てるといい」

「そんな、姉様!」

「私が良いと言っている。くどいぞ」




珱に視線をやればグッと黙り込む。
それを見て私は座りると、その少し後ろで珱も座った。

目の前で頭を垂れる男二人と、肌にしみを至る所につけ痛いと唸る子供。
確か、これは最近町でよく聞く流行病だ。




「お願い致します珱姫様、朧姫様。
どうかこの子を治してください」

「今日はこの私、朧が受けまする」




上座から立ち上がり、下に降りて子供の目の前に行く。




「いたいよ…いたいよ

「男子だろうて、そう喚くな」




頭を撫でながらそう言ってやる。
子供の目が私に向き、目が合った。
それに微笑む。




「心配するな。この私がそなたを生かしてやる」




再度手をかざすと朧の手から淡い光が出て、不思議なことにスゥ…と子供の全身にあったしみが消えていった。




「し………しみが……消えた……」

「おぉ…おお!奇跡だ━━!!
どこの医者も見はなしたのに!!姫は…神の子じゃ」



病に苦しみ、息の荒かった子供の息が落ち着くのを見て、私は上座へと戻る。
珱の顔はやはりどこか憂いを帯びていた。

だが仕方もない。
これから嫌なものを見なければならないのだから。



私たちは神の子でもない。
ただの人の子だ、少し異能を持っただけの。
なぜそれを、皆分からぬのだろうか。




「ありがとうぞんじます、ありがとうぞんじます!
なにとぞ、お納め下さい…」

「ヒヒヒ、ヒヒヒ…」




あぁ、父の金への執着した顔。
なんと穢らしい顔か。
私たち姉妹は、今まで何度この顔を見てきたのだろう。

その度に珱はこうして憂い、私は嫌悪に駆られるのだ。




「姉様…」

「何も言うな。
…変えたのは我らか、父上が変わられてしまったのか。
誰にもわからんのだからな」




どうしてこうなったかなど、誰にもわからぬ。
だが分かるのは父も我らも、あの日を境に変わってしまったことだけ。




その時だった。




「生き胆よこせぇ

「「「!!」」」




妖怪が現れ、珱の元へと向かっていく。
その妖怪の狙いは、珱。
可愛い妹を殺されてたまるものか。
その一心で私は咄嗟に懐に入れていた短刀を引き抜いて構えながら、珱の前に出た。




「ごめん」

「キャ…」

「あっ」




背後から押され、私たちはバランスを崩す。
背を押したのは花開院よりここへ派遣されている是光。
是光は刀で妖怪を容赦なく斬り捨てた。




「ぅおおお珱姫、朧姫!!
どこかケガはないかい!?お前たちはワシの宝…
お前たちが死んだらワシは………!!」




バタバタと駆け寄ってきた父は私たちにしがみついてそんなことを言ったかと思えば、勢いよく振り返り是光を指さした。




「高い金を払っているのにこんなものを屋敷に入れては困る!!花開院殿!!」

「生き胆…生き胆…」

「………分かりました………
さらに花開院の手練を呼び結界を強くはらせましょう」




"高い金"
ああ、ほら、また金だ。
それに父は、我らの"力"がそんなにも大切か。
まぁ、それもそうか。
我らの"力"は、金を集めるための道具なのだから。

呆れてモノも言えぬ私を他所に、珱は息絶えた妖怪に手を合わせていた。
それに思わずクスリと笑みを浮かべた。
本当に心の優しい妹だ。




「どれ、ならば私も妖怪に手でも合わせよう」

「姉様…」

「"来世でもまた妖怪として現れたならば、次こそは我が手で殺してくれるわ"…とな」

「姉様!」

「冗談だ」




ハハハ、と笑えば珱は憂いた様子からうって変わり今度はどこか怒った様子を見せていた。
手を合わせ終わると、私に対して怒りを見せる珱にそう怒る理由を尋ねてみる。




「…先程、なぜ私の前に出られたのですか!」

「………お前を守る為だろう?」




一体何を当たり前なことを聞くのだ、と言いたげな朧に珱姫は更に怒りをあらわにする。



「是光殿がおられなければ最悪姉様はっ、っ
殺されていたのかもしれませんよ!?」

「あれ如きの妖怪に私は殺せなんだわ」

「姉様!私は真面目に言っているのですよ!?」

「私とて真面目だ」




ああ、もう。
本当、我が妹はなんて愛らしい姫なのか。




「心配をかけたのならば、謝ろう。悪かった。
だが、私は貧弱な妹が心配でな」

「ひ、貧弱なんて、酷いです!
さっきもそう仰ったの忘れてませんよ!!」

「そう怒るな。可愛いだけだぞ?」

「もう!姉様!!」

「ほら、部屋へ戻るぞ。珱」

「あっ待ってください!」




























▽▲▽▲▽




























日が暮れ、部屋には月明かりが入ってくるような時刻



「姫様方、ご無礼つかまつる」

「入れ」



戸の奥から是光の声がし、中に入ることを許可すれば中に入って一度頭を下げた。




「是光殿?どうかなされたのですか?」

「はい。姫様方にお渡ししたき物が」

「渡したいもの…なんだ?」




こんな時間に訪れた是光。
なんの用だろうかと珱と顔を見合わせ、是光を見ると我らの前に出されたのは二本の小ぶりな刀。
それにさらに私たちは目を丸くする。




「朧姫様、珱姫様、これらは退魔刀に御座います。
ぜひお二人はこれをお持ちください」

「退魔刀…?」

「これはまた……
姫に贈るにしては色気のない贈り物だな?」

「朧姫様…からかうのはおやめくだされ」

「ふふ、すまんな。お前はからかうと面白いから」




今までも何度かからかったことはあるが、全て予想を超えるナイスリアクションをくれた。
だからか、最近どうも是光をからかうのが楽しくてたまらない。正直、ブームである。




「あの、すみません。退魔刀…とは?」

「あぁ、退魔刀とは陰陽師の念を込めた刀です。
これらの刀は我が花開院の現当主十三代目秀元めが造った刀でして」

「ほう」

「そのような方が…」




ほぅ…。と相槌を打ちながら刀のひとつを手に取り、鞘から刀身を眺めて見る。
あの腹立つ男がこんなものを作るとは。

怪しく光を反射させながらもその刀はどこか美しい。
妖刀ではなく退魔刀となれば陰陽で言うならば陽の力の籠った刀ということだ。
確かに妖刀のようにどこかおどろおどろしいような力は全くなくむしろ研ぎ澄まされた、真っ直ぐとした何かを感じる。
あの時あった狐のような男が天才と言われているのは知っていたが、本当に天才だったとは。



「こちらの刀を祢々切丸。こちらの刀を神威。
どちらがどちら、というのはありませんが…」

「どうした?」

「この祢々切丸は秀元本人が最高傑作と言う物でして、妖を斬るごとに力をつけるようにできて出来てございます。そして妖しか斬らぬ変わった刀。
反してこの神威は人も妖も斬ることの出来る刀です」



どちらも名刀には変わらぬが、祢々切丸とやらの方が上ということだろう。




「姫様方のその力を狙うものは日増しに増えております…。ですので、万が一のためにお持ちください」

「これらを我らの護身刀とせよと」

「はい」

「…姉様。姉様がこの祢々切丸なる刀をお持ちくだされ」

「いいや、それはそなたが持て」

「そんなの出来ません!」




私の前に祢々切丸を置いてくる珱。
しかしそれを押し返し珱の前に祢々切丸をやる。




「私より貧弱なのだから刀くらい名刀中の名刀を持て。
腕が素人でも刀が良ければ多少なりとも抵抗はできるからな」

「ま、また貧弱と…!!」

「私はこの神威を頂く。良いな、是光」

「はい。私も、珱姫様は祢々切丸をお持ちいただいた方がよろしいかと思います」

「是光殿まで!?」




貧弱というのですか!と言いたげな珱に是光は違うのだと言葉を続ける。



「朧姫様はとても度胸のある姫君ですし、己でどうにかしようとするでしょう。
そして本当にしてしまうようなお方です。
ですが珱姫様は普通のか弱き姫君です。
妖しか斬らぬ特殊な刀は珱姫様向きの刀だと思いますので」

「……………はぁ、私はなんと弱いのでしょうか」

「私がおかしいだけだろうて」

「私も姉様のように凛々しく、そして気高い姫になりとうございます」




珱に私はふふふ、と笑った。




「お前はそのままで良い。可愛い珱よ…」

「それで、用は済みましたので私はこれにて」

「あぁ。是光、秀元殿には礼を伝えておいてくれ」

「畏まりました」




私たちはこうして護身刀を手に入れた

使う日が来ぬが良いがな




「…………貰ったらいいですが、扱い方がわかりません」

「だろうな」

「姉様は分かりますか?」

「あぁ」

「えっ、お、教えてください!」

「鞘から抜いて、相手を刺せ」

「…それくらい分かります!」

「ふははっ」
































それから、珱と少し話をした。
今、何やら騒がしい妖怪のことやら、最近珱がハマっていること、香のことなど。
珱は楽しそうに語り続ける。
私はそれを、微笑ましく聞くばかり。

そうしていれば、夜が更けていく。
気づけばあたりは闇に包まれていた。




「姉様…お休みにならないのですか?」

「…今日はもうしばらく起きてる。
だから珱は先に休んでいるといいぞ」

「そうですか…」




私たちは幼き頃より寝所を共にしている。
だから休む気配のない私に珱はそう尋ねたのだろう。




「では…お先に失礼しますね、姉様」

「えぇ。おやすみ」

「はい」




そう言って一人寝所へ向かった。
それを見送ったあと、私は一人部屋で月夜を眺める。




「…祢々切丸、か」




部屋に置いている先程貰った護身刀。
本来なら枕元にでも置いているべきなのだろうが、珱が枕元に置くのは気が休まらないと言いここに置いてるのだ。

それを手に取り、少しだけ鞘をずらして刀身を眺めた。
貰って以来、未だ使ったことの無いこの刀。
使わないにこしたことは無いが、月光に反射して輝く刃は美しく波紋を映し出し名刀というの思わせる。






そしてふと思い出したのは昼間の父上のこと。






「……昔の父上は、それなりに好きだったのだがな」




母がいた頃の話だ。
私は男嫌いの節があるが父は美しい母を愛し、私や珱もまた心より愛してくれていた。

前世では女しかいないアマゾンリリーで育ち、外に出たと思えば奴隷にされた。
そして天竜人共に姉妹揃って面白い玩具として痛めつけられ、苦しめられ。
ただでさえ男が苦手だったというのにあれ以来男は汚らしい生き物であるという概念が根強く、私の心に植えついた。

それでも、また新たなこの人生で少しだけ男に免疫ができて、父という存在にも慣れて身も心も満たされていたというのに。
なぜこうなってしまったのか。




「はぁ」

「思いつめた憂い顔がこれ程月夜にはえるとはな」

「!誰だっ、くせも…」




不意に聞こえた声にハッとする。
この部屋には、己しかいないはず。
気が抜けていたようだった。

いつもならば目に見えなくとも覇気で気づいていたはずなのに、感傷に浸ってこんな気配にも気づけないとは。

部屋の中から声がして、祢々切丸を振り返りながら鞘から抜こうとすれば後ろから顎を掴まれた。
そして、不快なることに押し倒されてしまう。
しかし祢々切丸の鞘はその拍子に落とし、抜身になった。




「っ…」

「成程、噂どおり絶世の美女だ。ワシはお前が欲しい」




私の目に映ったのは、煙管をただくわえただけの銀にも見える金の髪を持った美しい妖怪。



「っ、何を、する…!離さんか…!」




鍛えてるとはいえ、前世から私は主に蹴りを攻撃手段として鍛えてきた。
今世もまた同じ。

女として生まれてしまえば、やはり男よりもずっと筋力に劣ってしまうのはしかたのないこと。
ゆえに足の筋力だけは男にも負けぬようにと前世今世と鍛えたが現状脚に跨られ押さえつけられては抵抗という抵抗ができなかった。




「フン…
カラス天狗の言う通りため息が出るほどいい女じゃ…」

「っ」




いいようになってたまるか。
肝を取られてたまるか。

その一心で身体をひねり目の前の妖怪に刀を振るった。



ドシュッ



その一振で朧は妖怪の腕に一太刀入れる。




「…………フン」




その妖怪は、私の抵抗をまるで些細な抵抗だ、と言いたげに鼻で笑った。
その顔を不快に思ったが、その次の瞬間その傷口から何かが勢いよく吹き出た。




「!!………おいおい………それは妖刀か」

「なっ」




あまりにも勢いよく出るそれ。
自分がやったというのに、私はそれに驚いてしまった。

吹き出しているものがなんなのかわからないが、ただ、そのままにしてはいけない、そう思った。
だから私は、慌ててその傷口に手を当てていた。

いつものように淡く光り、怪我をその光が覆う。
すると勢いよく出ていたそれはピタリと止まった。




「……………………」

「と、止まった……」




多分妖はもちろんだろうが、こちらも驚いた。
一体さっきのはなんだったんだ。




「お前…何だ…?」

「………お前こそなんだ?」




そもそも、なんだ?という質問自体理解できない。
一体こやつは、私に何を答えろというのだろう。
なんだ、と言われてもこちらは私は人間だ、としか言えないのだが。

廊下の方からドダダダダダと誰かが勢いよく走ってくるのが聞こえた。




「姫君!!ごぶじですか!?」




この慌ただしい音は是光だ。
声の遠さからまだ遠い場所にいるらしい。
是光の声に我に戻った妖は私から退き、縁側へ出ると振り返り綺麗な笑みを見せた。




「"ぬらりひょん" 人はワシをそう呼ぶ」

「……………」

「あんたおもしろいな。また来るぞ」




来るな、という前に部屋の外から是光に声をかけられる。




「姫君なにかございましたか!?」

「…………大丈夫だ、何も無い」

「………………左様、でしたか。失礼いしたしました」

「よい」




視線を戻した時には既に妖はおらず。




「…………なんだったんだ………?」




私はただ、首を傾げるしかなかった。




















…………そろそろ、休むか

些か、今ので疲れたわ



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