春、それは京都の厳しい寒さを耐えたあと
ゆっくりとやってくる生命の季節
少しばかり積もっていた雪は解け、いつし柔らかな緑と春を知らせる美しい桜が咲く頃



暖かな風が部屋に花びらと共に入り込んでくる
私は己の肌を母のように優しく包み込むよう吹いた風に読んでいた書物の頁をめくるのを止めた



「……いい天気だ」



私の心境とは全く違う今日の天気
こんなにも心地の良い天気は久方ぶりだ








私が前世の記憶を保有したまま生まれ落ち早14年
私は前の世界とは何から何まで、前の常識など微塵も通じないような全く異なる世界に生まれ落ちた

けれど、そんな前の世界と不思議なことに一つだけ共通するものがあった
それは言葉だった
だが言葉と言っても、あくまでも口言葉だけ
書き言葉は…何やらミミズみたいな文字だ




文字も、世界も文化も全く異なるこの世界
人間の何十倍もある動物も、海王類も、空島も魚人島もない冒険するにはどこか刺激の足りないこの世界には、不思議な生き物がいる
妖怪と言う名の人間ではない、生き物だ

私の暮らすこの京の都ではその妖怪たちには生き胆信仰というものがあり、人の生き胆を喰らい力を蓄えるのだそうだ
果たしてそんなものを食べて本当に力がつくのかはわからんところだが、我が母上も外出していた時、生き胆信仰の妖怪に襲われ殺された
それも一昨年のこと




その為この屋敷にはもう母はおらず父と私、そして妹の珱だけとなった
使用人たちはもちろんいるが、家族は母が居なくなったことで随分と寂しくなったものだ



「姉様!」

「なんだ、珱」



春の風を感じながら外を眺めていれば、やって来たのは、可愛い可愛い妹
珱は母の死を酷く悲しみ、その寂しさにしばらく塞ぎ込んでいたがどうにかそれを乗り越え、今ではいつもの珱に戻った

ああ、私の妹は笑顔が花のような愛らしい姫だ



「庭の桜がとても美しゅう咲いております!
一緒に見ませんか?」

「……もう、桜も満開の頃か」

「はい!」



時とは、随分と早く過ぎていく
どれだけ時を愛しんでも、無情に流れてゆく



「どれ、見に行くとしようか」

「!では!行きましょう!姉様!」

「ふふ、そう急がんでも桜は逃げないぞ」

「姉様と早く見たいのです!」



私の手を引いてグイグイ引っ張るものだから私は急かされるままに駆け足で庭へと向かった

庭には珱の言う通り見頃になった桜がこれでもかと咲き誇っている
それに思わず感嘆すると、そんな私にだから言っただろう、と言わんばかりにほら!とその桜を嬉しそうに眺める珱



「……珱には桜が似合うな」

「私にですか?」

「あぁ。とても、愛らしい」



髪についた花びらを取ってやって微笑めば、珱は顔を赤くする



「わ、私になんかよりも姉様の方が…!」

「私にはこんなにも可憐な花は似合わん」

「いいえ!姉様はなんでも似合いますわ!」

「……そんな元気よく言わなくとも」

「姉様は誰よりも美しいのですから!」



ふんす、と鼻息荒く訴える珱に私は思わず笑った



「笑わないでくださいよ!
それに私は本当のことしか言っておりません!」

「知っているとも。お前は嘘は言わない。
真っ直ぐ正直な子だ」



姉はもちろん知っているとも
そして私たちは庭の桜を見あげた



「…本当、綺麗ですね。姉様」

「あぁ……きっと母上もどこかからこれを眺めていることだろう」

「…そうですね」



私は今、とても幸せだ
何不自由なく暮らし、両親や妹に恵まれ、なんの問題もなく成長した
私は、このままで幸せだ
このまま、ただ時が流れ死んでいくことは出来ないのだろうか



「………これからも、毎年この時期になればまた見よう」

「はい!是非そうしましょう!」

「ふふ、珱は本当元気がいい」



このまま自分も珱も何も無く暮らせればいい
何もこれ以上は求めなければきっと



「さぁ、そろそろ中へ戻ろう。
時間もあるから…香でも楽しむか?」

「それはいいですね!
私あまり香のことはよく分からなくて…
姉様に手ほどきして頂きたかったのです!」

「そう。なら早速やろう」



侍女にその旨を伝えればすぐさま支度にかかる
私はそれを見てゆっくりと自室の方へと向かった



「姉様と過ごす時間は、本当とても楽しいです」



花のような笑顔でそんなことを言われてしまえば、私も自然と笑みをこぼすわけで



「ありがとう、珱」
















決して、私たちは多くを望んだわけじゃない

だが神というのがいるのならば、私は一度問いたい
この世には天は二物を与えずという言葉がある
私には前世の記憶を、珱には天使のような愛らしさを
これらは天から与えられた物だろうに
あなたは、私たちに既に一物を与えたというのに、なぜまた私たちにモノを与えたのだ






桜を愛でたその翌年に珱は治癒の力を覚醒させ、その数ヵ月後に私もまた同じように治癒の力を手にした
天は私たち姉妹に二物を与えたことにより、その代償と言わんばかりに私たちの、平穏な家族であった関係は崩れ去った



父は金の盲者に
珱は籠の鳥に









ああ、神など信じる私が馬鹿なのか
海賊ならば、全て己の手で道を開けというのか




私の可愛い珱、私のか弱い珱
お前だけは、必ずこの姉が守ってやろう
私がお前の命を脅かすもの、全てを蹴散らしてやろう














姉様、では御教授お願いします!

あぁ、ならばまず…
香を知りたくばまずは己の好みを知ることだ

好み?





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