ぬらりひょんに言った通り、朧は自室で時が経つのを待っていた。
少し前に正面の門を恐らく破る音だろうドォンという騒音が鳴り、今は多くの妖怪たちの雄叫びやら悲鳴やらがここにも聞こえてくる。

ここで、奴良組と夜叉組とかいう組の戦いが行われていた。




「…………鯉伴」




鯉伴は無事だろうか。
見聞色の覇気で死んでないことはわかっているけれど、やはり心配になる。
これが親心とでも言うのだろうか。

けれど夜叉組はこの奴良組に喧嘩を売ったのだ。
ぬらりひょんに、喧嘩売ったんだ。
鯉伴を人質にとってまで。
そうなったらぬらりひょんがキレないわけがない。
夜叉組が負けるのは時間の問題だろう。




「奥方!!ここに居られましたか!」

「………………どうかしたか?」




私の部屋の、襖を慌てて開け放った妖怪。
そいつは服がボロボロで血だろうものをべっとりとつけている。
そして酷く焦ったように、駆け寄ってきた。




「ここは危のうございます!
ですのでここからお逃げ下さい!」

「……危ない、か」

「はい!屋敷の中まで妖怪たちが入り込んでおります!!」




無言で私は立ち上がると、その妖怪はさぁ!と急かしてくる。




「屋敷の中まで入り込んでいる……ふむ」

「奥方!急がれませ!」

「確かに薄汚いネズミが入り込んでいるようだな」

「は────」




その妖怪は突然襲ってきた強烈な痛みと衝撃をモロにくらい、いくつかの襖をぶち破るようにして吹っ飛んだ。




「ゴミ風情が私に話しかけるとは身の程を知れ」




妖怪を襲った衝撃。
それは朧により繰り出された蹴りだった。
それを放った朧は綺麗な脚を惜しげもなくさらけ出し、サラリと髪を払う。




「奥方ぁ!!今こっちに夜叉組の妖怪が…!
ってあれぇ!?伸びてる!!」

「納豆か。戦況はどうなっている?」

「え?あ、もちろん奴良組が押してますぜ!!
って、ええ!?なんて格好してるんですか!!?」

「まぁ、そうだろうな。
この奴良組が負けることはなかろうて」

「……こっちの話全部無視されてる??」




そんなことを呟いている納豆を再度無視して部屋から出て周りを見る。
中はそう荒らされてないが、チラホラと夜叉組の妖怪が中に入りこんでるのがわかった。




「……納豆、鯉伴はいたか?」

「いや、まだ今のところは……」

「そうか……心配だな。どれ、私も出るか」

「はい!?ちょっ、奥方やめてくだせぇ!
かすり傷一つつけたら総大将暴れますから!!」

「ならばぬらりひょんを先にノすか?」

「なんで!?」




スタスタと表の方へ行く朧の後を納豆小僧は慌てて追いかけてやめるように進言する。も、朧がこうと決めたら断固曲げないのは奴良組の妖怪ならば皆周知のこと。




「納豆」

「はい……?」

「かすり傷一つついたら…と言ったが」

「?」




納豆小僧は朧を見上げ、その表情を見て思わず顔を赤らめた。




「こやつら如きに私を傷つけることなど出来ぬわ」




いつになく挑発的な笑みを浮かべている。
朧はとても妖艶に見えた。












▽▲▽▲▽














表の方に着くと、ぬらりひょんたちが夜叉組の幹部やその大将と対峙しているのが見えた。
一応まだ隠れておこうと思い物陰から眺めることにした。
物陰だが、ここからは戦況がよく見える。
ゆえに夜叉組が追い詰められているのもよく見えた。




「くっ、そ、何でだ!!
なんだってぇんだよお前は!!」

「なんだってぇんだ、って……魑魅魍魎の主じゃが」

「ちっくしょう……オイ!あれもってこい!!」




夜叉組の大将がそう言うとでかい図体した奴が猫を掴むかのうようにして何かを持ってきた。
そしてそれをその大将へ投げ、大将はそれを持って首に刀をピタリとくっつける。




「ぐっ……」

「っ!鯉伴……!!」

「お、やじ……みんな……悪ぃ……」




投げられたもの。
それは私の愛しい愛しい、宝。
愛している我が息子だった。




「くははは!動くんじゃねぇぞぬらりひょん!
少しでも動きゃ倅の首は胴体とおさらばだ」

「てめぇ……」

「鯉伴様…!鯉伴様を人質にとるとは卑怯な……」

「卑怯?んなこたァどうでもいいんだよ。
俺ァぬらりひょんが殺せりゃあいいからなぁ」




その男の話からしてら、その男は魑魅魍魎の主の座などどうでもいいらしい。
そこにあるのはただ、過去に一度負けたことへの恨み。
ただそれだけの為にあの男は鯉伴を人質に取ったのか。

鯉伴は、男に抱えられ刃が少しばかり首にくい込みそこから血がうっすらと流れていた。
男前に産んでやった顔も酷く殴られたのか、腫れぼったく赤くなっている。




それらは私がキレるには、十分すぎた。




「…………」




ザッと物陰から出て行けば多くの目が私へと向いた。




「朧!?」

「奥方様!?」

「朧様何故ここに……!」




ぬらりひょん、鴉天狗、牛鬼が順に私に言葉をかけたが、それらを全て無視して鯉伴を抱える男を私は睨む。


どうやら私の登場には皆驚いていたようだ。
白狼組は誰だお前、と言わんばかりだったが。




「奥方……人間の女……へぇ?
お前が噂のぬらりひょんに嫁いだ絶世の美女の人間か。
確かに、妖怪でもお目にかかれねぇほどの容姿だ」

「……………………」

「それに身体も随分と良さそうだ。
ぬらりひょんにどのくらい仕込まれたんだァ?ん?
後で俺も楽しませてくれよ」

「おい……てめぇ…
ワシの女に舐めた口聞いてんじゃねぇぞ……」

「ハッ、話しただけでキレるのか?」




何をいい気になってるんだ、この男は。
あぁ、鯉伴が泣きそうな顔で私を見てくるじゃないか。
…………もう、我慢ならない。




「奴良組の妖怪共…」

「え?」

「今すぐ、ここから離れろ」

「お、奥方?」

「ぶっ倒れたくなくば、今すぐどこかに引っ込め……!」




その意味を理解したあまり力の強くない奴良組の妖怪たちは急いで奥へと逃げていく。
それを見て男は愉快そうに笑った。




「くははははは!!
天下の奴良組のヤツらがしっぽ巻いて逃げたぜ!?
しかもただの人間の女にだ!」

「……夜叉、お前ぇワシの女がそこらのただの女と同じだと思ってんのかい」

「あぁ?当たり前だろう?
そりゃあ、妖怪に嫁ぐくれえの度胸はあんのかもしれねぇが結局はただの女だ」




警戒する必要もねぇな、と男は鯉伴に視線をやる。




「くく、死ぬ前に母親に会えてよかったなぁ?倅」

「お、ふくろ……」

「まぁ安心しやがれ。お前殺したら両親もすぐにそばに行くだろうからなぁ!」




ぐっと刀に力を入れればまた鯉伴の首から一つ時の赤い線が流れた。




「さっきから、ベラベラと……
そうも暇ならばその子から薄汚い手をどけろ」




朧が口を開いた途端、ドンッ襲ってきたのは何にも表し難い圧力。
上からのしかかっていてるのか、前から押されてるのか、分からない。
ただわかるのはこれを発しているのが、ぬらりひょんの妻である人間の女であること。




「ガッ、ッ」




あまりの圧力に夜叉は鯉伴の事など忘れその場に膝を着く。
当然、そうすれば鯉伴から手が離れ鯉伴は自由の身になるものの朧の覇気に当てられている鯉伴もまた、全身から冷や汗を噴き出しながらその場から動けなかった。

だがまだ十程度の歳で朧の本気の覇気に当てられても気を失わないのは流石はぬらりひょんと朧の子と言えよう。



「っ……これが、朧の本気の覇気……か。
……よく覇気をくらっとるワシでも中々くるのう…」




ぬらりひょんの体は本能として覇気を当てられて恐怖したのか、その額には汗が滲んでいた。
凄まじいその覇気のせいで屋敷がミシミシミシと悲鳴をあげ、所々ヒビのようなものが入り庭の木々の細い枝が折れる。
まるで大地が揺れてる様な感覚だ。

そして脇に目をやれば幹部たちは夜叉よりはだいぶマシだがそれでもやはり苦しそうだ。




「大丈夫か、てめーら」

「そこそこ、慣れたものだと思ってはいましたが……
朧様はいつもだいぶ抑えておられたようですな…」

「らしいのう。
牛鬼の苦しそうな顔なんぞいつぶりに見たかのう」




くくく、と笑う総大将の自分たちよりかは余裕のある姿にやはり凄いお人だと思ってしまうのは仕方の無いことだった。




「ぐっ……気を抜いたら、意識が飛びそうだ……」

「ややっ、大丈夫か?鴉天狗」

「狒々様…なんであなたそんな元気なのですか」

「わしは遊びに来た時いつも奥方に頼んで覇気を見せてもらってたりしたからのう。慣れじゃ、慣れ」

「狒々お前ぇそんなことしてたのかい」




そんな言葉を吐くと朧と夜叉へと再び目をやる。




「な、んだ……こりゃあ……」

「どうだ?貴様の見下す人間に、見下される気分は」




夜叉の目の前まで足を進め、そして見下ろした。




「っ、ふざけ、やがって……!人間のくせに……!!」




出来うる抵抗の手段としてだろう。
夜叉はまた鯉伴へと手を伸ばしたものだから、朧は武装色の覇気を纏った凄まじい蹴りを夜叉に一発食らわせる。
目にも止まらぬ速さに気圧されている夜叉が反応などできるわけがなかった。
その蹴りは飛ばされた奥の壁がぶつかった衝撃で砕かれる程の威力がある。




「ガハァッ」

「どいつもこいつも……
ゴミ風情が私や私の愛しいものに触れるとは…
万死に値するぞ」




そこにあるのは、絶対的な朧の存在感。
有無を言わせぬ圧倒的な存在感だ。
誰が相手でも己を崩さず、凛と気高く、誇り高く。
その姿はまさに『王』




「ハッ、ァ、グガ……
な、んだ、よ……お前……人、間のくせに…!」

「人間だからどうした」

「百年も生きれぬ脆弱な生き物がっ……!!
許さん…許さん!!」

「…貴様如きが、百鬼を背負うか。器の小さき男だな。
魑魅魍魎の主の座を狙いに来た訳では無いのは察していたが、例えそうであっても貴様では魑魅魍魎の主など出来まい」

「んだとぉ!?ぐ、っ」




朧の言葉に食いかかろうとするも蹴りが相当効いているのか、蹴られた胸元を抑えて蹲る夜叉。




「人間がぁ……!」

「人間人間と…余程人間が嫌いなようだな貴様」

「当、たり前だ…!
なぜあんな、脆弱な生き物を好きになどなれる…!?
腹の足しにもならんわ……!」

「だから器が小さいと言っているのだ小物が」




呆れたようにため息を小さくこぼした朧は鯉伴を見て、鯉伴も朧を見ていたために視線が合うとふわりと笑みを浮かべ再度夜叉へと鋭い視線をやる。




「貴様の言うように人間は百年も生きれぬ生き物だ。
だからこそ、人間は美しい」

「は……?」

「老いることも死ぬことも
それは生きれる時の短い儚い人間の美しさだ。
だから短い時を生きる人間は愛おしく、尊い」

「……戯れ言だな」

「それを理解できぬ貴様は器が小さいと言ったのだ。
ぬらりひょんは、それを理解し人間わたしを愛した……
人間とは、妖にも劣らぬ強き生き物。
本当の強さも知らぬ貴様が百鬼を背負うなど千年早いわ」




ドゴォン

再び朧の蹴りを入れられた夜叉は今度こそ、意識を飛ばした。
夜叉組の幹部たちは皆朧の覇気に当てられ気を飛ばしていて、この勝負朧の一人勝ちだ。

ぐたりと倒れた夜叉を見て、覇気を収めるとぬらりひょんたちもホッと息を吐く。




「鯉伴」

「っ……お、おふ、くろ……」

「怖かったろう。もう大丈夫だ」




鯉伴に歩み寄った朧は大切に大切に、息子を包み込んだ。
その温もりに、意思とは裏腹に鯉伴の目から涙が流れ出す。




「殴られても泣かなかったのだな。流石は私の子だ」




そう言って、朧は腫れぼったい頬に手をかざすとそこが淡く光り痛みも腫れも引いていつもの顔に戻った。




「たぁっく、なぁにやっとんじゃいバカ息子!!」

「だっ!!!いっっ




ガンッと脳天に父により落ちたゲンコツに鯉伴は驚くもどこか安堵した。




「親父……」

「まぁ、無事でよかったわい」

「……悪い……」

「しっかし朧の覇気で夜叉組ほぼ全滅じゃな。
根性の足りん組じゃ」

「そうだな」




見事に朧の覇気により一掃された夜叉組の面々は奴良組の妖怪たちに縛り上げられてどこかに捨てられていく。
奥にこもっていた小妖怪たちも覇気がなくなったことでワラワラと出てきてそれを手伝っている。


「おふくろ……さっきの、やつって……」

「?……あぁ、鯉伴は初めてだったな。
あれが前に話していた覇王色の覇気だ。
一端の妖怪でもああなっているのに私の本気の覇気受けて気を失わずいるとは、流石だな」

「…………覇王色…………」




あれが……と呟く鯉伴に首を傾げるがぬらりひょんがそんな鯉伴の頭をわしゃわしゃと撫で付けた。




「お前の母はどこぞの百鬼よりも強いたァ誇らしいの。
のう?鯉伴」

「……おう!おふくろ、すげぇ強かった」

「本当にのう。惚れ直したぜ」

「それはどうも」




その後、鯉伴は鴉天狗に連れて行かれ他に怪我をしてないかの確認と多分お説教が待ち受けてるのだろう。
そればかりは私も助けるどころか、むしろ説教して欲しいところなので助けを求めるような目で見られても笑顔で手を振ってやった。




「ってことで二人目どうじゃ?」

「なにが"ってことで"なんだ?
言葉の使い方間違えてるぞ。
それとお前も夜叉のようになりたいのか?」

「そりゃ勘弁じゃ。
じゃが今日はワシに付き合ってもらうからのう!
あんな朧見て気分が昂っていかんわ!
ガッハッハッ」

「…………」




何を高らかに笑ってるんだ、この男は。




「今すぐにでも押し倒したいところじゃ。
流石にこんなに下僕がいる所はあれじゃからのう。
どれ行くか」

「なっ!?ちょ、離せ!」

「牛鬼!ワシらは部屋にこもる!
朝まで近づくなよ。指示はお前に任せる」

「承知しました」




朧を担いで意気揚々とぬらりひょんはそこをあとにした。























どぉれ二人目孕むまでヤラせてもらうぜ奥さんよぉ。

………ケダモノか、お前。

ワシは人間あんたを愛しく思っとるからのう。

……ぬらりひょん……お前な……

人の時は短いのじゃろ?なら、しっかり愛させろ。

……はぁ……好きにしろ。

初めからそうすりゃあええんじゃ。



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