その日、鯉伴はいつものように鴉天狗のつまらない授業から抜け出し野原でのんびりと寝転び空を見上げていた。




「…………」




雲がゆっくりと流れていくように、こうしていると時間さえもがゆっくりと流れていくような気がした。




「……ふぁ……」




暑すぎつ寒すぎず。
実に過しやすい今の時期は眠気ばかり襲ってくる。
鯉伴は本能のままに欠伸をすると目じりに滲む涙を拭った。




「眠ぃな」




目を擦ってシパシパと眠気を飛ばすように努力するものの、一向に眠気は飛びそうにない。




「……まぁ、大丈夫か……」




少しだけ、ここで寝ても大丈夫だろう。
気温的にも風邪をひくこともないだろうし。
親父からしたらバカは風邪ひかねぇ、とか言いそうだけど。




「風邪ひかねぇんじゃなくて、風邪ひいても気づかねぇのがバカなんだっつーの……」




別に本当に言われたわけじゃないのに思わず想像の中の父に言い返して鯉伴は重くなる瞼をそのままゆっくりと閉じた。









その時、鯉伴はこのひとつの行動によってある事件に巻き込まれるとは微塵も思ってはいなかった。

























「ぅ……ん……」




ふと浮かび上がってきた意識のまま目を開けると、目を開けたというのに真っ暗だ。
寝ぼけた頭で視界が真っ黒な理由を考える。
寝ぼけているので全くその答えが浮かび上がってこなかったのだが、周りから聞こえる虫の音にハッと一気に覚醒した。




「げっ……!!」




勢いよく起き上がり周りを見渡す。
ここは昼間に昼寝として寝っ転がった場所。
陽はいつの間にか完全に落ち、真っ暗闇…
つまり、夜になっていた。




「しまった……!!」




慌てて立ち上がり本家の方へ全力で走り出す鯉伴の頭の中は『やっちまった』の一言で埋め尽くされていた。




「っ」




しまった、本気でやってしまった。
もうとっくに逢魔が時は過ぎてしまっている。
下手したら本家の奴ら総出で俺の事捜索しててもおかしくねぇ…!




「あ゛ぁ━━━━!クソ!」




なんであんなとこで寝ちまったんだ昼間の俺!
馬鹿野郎が!


鯉伴の寝ていた場所から本家までは子供の足では随分と遠いところにあった。
こんな遠くまで来ている理由としては鯉伴を探しに来る鴉天狗に見つからないためなのだが、それがまさかこうも裏目に出るとは鯉伴も思ってはいなかった。




「はぁっ、はぁっ」




みんなに迷惑かけることもそうだけど、一番駄目なのは親父とおふくろ怒らせることだ……!



一秒でも早く本家へと帰るためハイスピードで走るものの、やはり遠いものは遠い。
全く家が見えてこない。
それに鯉伴は走ってるからではなく、純粋に両親を怒らすことへの恐怖にドクンドクンと心臓が動いてる気がした。



鯉伴は一度だけ、ぬらりひょんを本気で怒らせたことがある。
それが何で怒らせたのかは覚えてないくらい小さかった時だったがよく覚えてるのは、親父を怒らすと大変だということ。
実に抽象的だが、幼いながらに父を本気で恐怖したのだ。
あれ以来、多分トラウマみたいなもので父を怒らすなというのが本能に追加されていたのだ。




「だぁっ!!遠い……!!」




一度走る速さを緩めて歩きながら上がった息を整える。



因みに母を怒らすな、という点についてはただの勘だ。
未だに母を本気で怒らせたことも、怒ったところも見ていない。
父でさえも見た事があるか微妙なほど、母は怒らない。

普通なら怒るような場面でも母は決して怒らず、ただ呆れて注意なりなんなりをするだけ。
父が相手だったなら覇気付きのゲンコツが落ちたりはするが。
だがだからこそ、鯉伴は思うのだ。
"おふくろを怒らせたら大変だ"と。




「はー、……よし」




そしてまた走り出そうとした時だった。




「……?」




なんだ?この妖気……?




奴良組の見知ったヤツらの妖気じゃない。
けれどこの妖気の大きさは、百鬼夜行のもの。
それがどんどん自分の方へと近づいてくる。
恐る恐る後ろを振り向くとそこにはやはり、見たことも無い妖怪たちがいた。




「おうおう、どうしたぁ?ガキンチョ……
こんな夜更けに一人でお出かけたァ感心しねぇな?」

「お前ら……どこの組のもんだ?」

「んー?そりゃあ、ここらっつったら奴良組だろ?」

「バカ言えよ。
うちでお前らみたいなやつら、見た事ねぇよ」

「"うち"、なぁ」




おそらくこの百鬼の主であるだろう額に二本の角を生やした鬼らしい男は鯉伴の言葉にニヤリと笑った。




「そういや……ガキンチョ、お前奴良組の総大将…
ぬらりひょんによぉく似てるな…?」

「!」




逃げなければ。
今の自分には戦う術など、ない。
瞬時にそう思った鯉伴は明鏡止水を使って逃げようとした。




「っと、逃がさねぇぜ?ぬらりひょんの倅さんよォ」

「がっ」




ガンッと思い切り地面に叩きつけられると鯉伴は視界が歪んで痛みとそれに顔を歪める。




「まさか、奴良組に喧嘩売りに行く途中でぬらりひょんの倅に出会うたァ俺はついてるようだな?」

「大将ぉ、このガキ殺すか?」

「ぬらりひょんへの土産で首だけにしてやればいいんじゃねぇか?ギャハハ!」




妖怪たちの会話に、ゾクリと寒気がした。

自分はここで死ぬのか。
まだ親父から教わりたいことが多くあるのに。
まだおふくろと一緒にいたいのに。
まだ、奴良組のみんなと遊びてぇのに。

そんなことが思い浮かび上がり、悔しくて悔しくて、奥歯を噛み締める。




「いいや、まだ倅は殺さねぇ」

「えー?まだ殺さねぇのかぁ?」

「別にここでも殺してやってもいい。
だがよぉ、それじゃあ面白みに欠けるってもんだ」




ガッと鯉伴の頭をつかみ、そのまま持ち上げる。




「い゛っ!!!」

「コレをアイツの目の前で苦しませて殺してやる。
そうすりゃあ、アイツはどんな顔をするか…くはは…」

「っ!」




掴まれる頭が痛くてその手を掴んで暴れるも子供のそんな抵抗など、抵抗として成しているかも微妙だ。
そしてその鬼は下僕だろう、成人男性の何倍かもわからぬほどの巨体を持つ妖怪に鯉伴をぶん投げる。




「そのガキ逃がすなよ。逃がしたら、お前を殺す」

「あいよ、大将」

「っ、離せ!!クソッ」

「くく、大人しく死ぬ時を待ってろ」




向かう場所は同じ。
けれど心境はさっきまでとは全く違う。

親父がこんなヤツらに負けるわけがない。
みんなに適うわけがない。
そんなことはわかっているのに、俺は何をしてるんだ。







ただ、鯉伴は己の無力さに歯を食いしばるしかなかった。




「親父、おふくろ……みんな……!」


















▽▲▽▲▽





















時は少し遡り、鯉伴がちょうど昼寝をする時刻あたりの奴良組本家。




「鯉伴様ぁぁぁ━━━━━━!!」




日課の如く、鴉天狗は鯉伴の名を呼んで飛び回っている。




「…うるさいな、今日は一段と」

「鯉伴様はまだ遊びたい盛りのお年ですからな」




ズズと私の前で茶を飲むのは本家に遊びに来ている牛鬼。
前回の総会ぶりの訪問なので数ヶ月ぶりだ。




「最近の鯉伴様は如何ですか?」

「うるさく飛び回るアレを見ればわかるだろう?
明鏡止水を使い逃亡の毎日だ」

「変わりませんな」

「ああ。そろそろちゃんと勉強して欲しいんだがな」

「朧様がそう仰れば鯉伴様は渋々やりそうですが」

「勉強に関してはあの子は誰の言葉も馬の耳に念仏だ」




やれば出来る子だがあの子はそれを全力で拒否する。
鴉天狗が時折それを大号泣しながら訴えに来るが、私に言われても困る。




「ふむ…鯉伴様は総大将を継ぐ宣言されているとか」

「ああ」

「なのに逃亡ですか。困ったものですな」

「鴉天狗がああなってる理由はそれだからな」




牛鬼は本家にいないのでこの程度で流すがあれを毎日相手し逃げれる鴉天狗の胃に穴が空いてないか私は実に不安だ。
鯉伴の相手したら今度はぬらりひょんだ。
多分鴉天狗いつかストレスと過労で死ぬ気がするのは私だけか。




「……それはそうと、朧様」

「なんだ?」

「…………その……その格好は……どうされたのです?
非常に目のやり場に困ります」

「だろうな。さっきから牛鬼の目があっちに行ったりこっちに行ったりしていて面白い」




朧はくすくすと笑った。

朧の今の格好は普段の赤い着物ではなく濃い色の紫の生地に苧環の花と蝶が散りばめられた着物。

別にそれだけならばいいのだが、朧はその胸元を大きく開けて項はもちろん肩さえもほぼ出ている状況。
しかも先程朧が立った時に牛鬼は思わず目を見開いてしまったが、朧の身に纏う着物は上手く調整して脚の部分の合わせ目が横に来るようにしてあり、そこから朧の長くて白いスラリとした脚が惜しげも無く出されていた。

髪もいつもは全て下ろしているのだが今日はハーフアップのように上部の髪を結い上げぬらりひょんが以前贈った牡丹の簪が差し込まれている。
どれもこれも不思議なくらい似合っていて、はっきりいって実になまめかしい姿だ。




「…からかわないでください」

「ふふ」

「……それより、なぜそのような格好を?」

「何、戦闘用に作っただけだ」

「は……戦闘用…ですと?」

「あぁ」




なんだってそんなものを、と言いたげな牛鬼の顔に朧は笑みを浮かべる。




「昔から言っていただろう?
私は守られるだけの女になどなるつもりは無い、とな」

「それは、そうですが……」

「……それに、どうも今日は胸騒ぎがするんだ」

「胸騒ぎ…ですか?」

「あぁ。何も無ければいいんだが、な」




朝から、何やら胸騒ぎがしていた。
気のせいかと思って初めはいつもの着物を着ていたが、やはり胸騒ぎが収まらず、結局箪笥にしまっていたこれを取り出して着替えたのである。




「んぉ?牛鬼に朧。
こんなとこでなぁにやっとん……………………」

「総大将」

「ぬらりひょんか。
今日は大人しく仕事していたようで何よりだ」




居間に仕事を終えたらしいぬらりひょんがズカズカと歩きながら現れると、ぬらりひょんは私を見てぴしりと固まる。
ぬらりひょんまでこの反応か、なんて思いながら横目で流す。




「な、なんじゃあ!?その格好は……!」

「朧様の戦闘服だそうです……」

「戦闘服!?そりゃ夜の意味か!?」

「ぬらりひょんお前は一度死んだ方がいい」

「いや、お前のその格好はワシのこと煽ってるようにしか見えん」




そういって私の隣に腰かけたぬらりひょんは私を抱えて自分の足の上に座らせた。




「ん?朧、お前さん子供二人目が欲しいのか?
欲しいなら普通に言ってくれればワシは本気出すぞ?」

「今でも一日置き位で襲ってくるくせして何を言う。
……というかお前、あれで本気じゃないのか?
……怪物か」

「怪物じゃなく妖怪じゃ」

「っ、足を撫でるのをやめてくれ」




スリットのようになっている着物の合わせ目から見える脚をぬらりひょんはただの撫で方ではなくわざといつもの襲う時のような撫で方で脚を擦る。




「こんなに脚出して項も肩も見せて、ワシに襲って欲しいんじゃろ?」

「ちがっ、っ、ん…」




ぬらりひょんは目の前にある首筋を舐めて、その項に吸い付く。
そうすればその白く綺麗な項に赤い華がひとつ咲いた。




「総大将、日も沈まぬ時間です。
お戯れは陽が沈んでからにしてください」

「なんじゃい、ここは気を利かせて出て行くか何かしたらどうじゃ」

「ここは居間、皆が使う場所ですぞ?
こんなところでやられては困ります」

「頭の固いやつじゃ…まぁワシは見られててもええが、どうじゃ朧」

「私の本気が見たいか?」

「……それは嫌じゃな」




軽く命の危険を感じる、とぬらりひょんは顔をひきつらせていた。




「しっかし、戦闘用つったか?
なんだってこんな露出させるんじゃ。
それに戦う理由もねぇ」

「これでも露出は抑えた方だぞ?」

「は?これでか??」

「本音を言えば腹部の布はいらんし胸元もこんなにいらん」

「…………お前は何を目指しとるんじゃ?」

「何も目指してなんぞいないわ」




ただ、私が求めてるのは前世の時の服だ。
ハンコック姉様とお揃いだったあの服。
あれが一番動きやすく、美しいのだ。




「ワシ以外にそう肌を晒すもんじゃないぞ。
ただでさえあんたは目を引くんじゃ」

「興味無いな」

「興味の問題じゃねぇ」




独占欲の強いぬらりひょんからすれば、こんな些細な露出でも気になってしまうのだろう。
自分だけが見るならまだしも。




「牛鬼、お前の大将は随分と心が狭いな」

「……朧様限定ですので、それは」

「前も言ったがワシは朧のことに関してはありとあらゆるものに嫉妬できる」

「……こんな総大将でいいのか?牛鬼」

「…………総大将…………」




牛鬼すごく微妙な顔してる。
珍しいものだ。
























「今日も日が沈んだな……」

「そうじゃのう」




結局あの後、ぬらりひょんと二人きりにしたら速攻で襲いかかってくることは牛鬼も分かっていたのでそれをさせないためにずっと朧の話し相手を彼は務め、朧は朧で度々手を出してくるぬらりひょんへ毎度覇気付きで手を叩き落とし魔の手から逃れた。

それのおかげで今はもう襲う気がないのか、大人しく私を抱き込んでるだけだった。
牛鬼もそれを悟ったのか、席を立ちここにはいない。




「…朧はいい匂いがする」

「嗅ぐな。…犬か、お前は」

「畜生なんかと一緒にするんじゃねぇ……
が、朧がいい匂いするのは本当のことじゃ。
鯉伴も言っとったからのう。
『おふくろは甘い匂いがする』ってな」

「…甘味の食いすぎか?」

「いや甘味の食いすぎで体臭変わるってこたァねぇじゃろ」




しかもそれだけで体臭甘くなるってなんだ、と言いたげなぬらりひょんに朧は確かに、と納得する。




「おー、相変わらずお熱いようじゃのう大将」

「狒々?お前ぇここで何やってんだ?」




今でのんびりとする二人に笑いながら近づいてきたのは狒々だ。
ぬらりひょんの言う通り一体何をしてるんだろうか、本家で。




「暇だったからのう、夕餉と酒たかりに来たんじゃ」

「帰れ」


「ええじゃろう別に。
メシも酒も大勢と食らった方が楽しく美味い!」

「お前な……」




それについては同意はするがだからといっていきなり飯と酒をたかりに来るとは何事か。
ぬらりひょんは狒々に呆れてしまう。




「それよか奥方すげぇ挑発的な格好してんな?」

「戦闘服だ」

「キャハハ!奥方誰に喧嘩売るつもりだい!?」

「ぬらりひょん」

「そりゃ奥方の不戦勝じゃな!」

「狒々お前うるせぇ」




狒々は愉快と言いたげな様子でさっきまで牛鬼がいた所にどかりと座った。




「まぁ飯と酒たかりに来たのも用事の一つじゃが」

「狒々?」

「……なんかあったのか」

「ちと噂を耳にしてのう」




ぬらりひょんと朧はその言葉に首を傾げたり片眉を上げたりした。




「夜叉組を覚えとるか?大将」

「夜叉組ィ?…なんじゃったかのう。
聞いたことはある気がするんじゃが……」

「まぁあんたが魑魅魍魎の主になる前わしらに喧嘩売ってきた組じゃからの」

「それがなんだってんだ?」




一度勝負し負かした奴になんか興味はない。
そんな様子のぬらりひょんは狒々へ次の言葉を催促する。




「あんたに負けたあの日から虎視眈々と首、狙ってるらしいってのは風の噂で耳にしてたが今日の昼間にわしの下僕がその白狼組が動いたって情報持ってきたんで、わざわざ来てやったんじゃ」

「…負けたヤツがまたワシに喧嘩売るってぇのか?
あの頃は魑魅魍魎の主でもねぇワシに負けて、今はワシは魑魅魍魎の主じゃぞ?勝てると思ってんのか?そいつ」

「知らん。だが勝てると思える程の力をつけてきたのかもしくは勝てる策略があるのか…
まぁわしは暴れられるんならなんでもいいがの!」

「……この戦闘狂が」

「キャハハ!」




朧は二人の会話を黙って聞き入っていたが、朝からずっとあるこの胸騒ぎがまさかこの事だったのかと思うもどうも違う気がするのだ
違うと言ってもなんかちょっと違う。というくらいのものだが。




「なら全員に出入りされる準備しとけと指示出せ狒々」

「出入りする準備じゃなくてされる準備か!
そりゃいい!出入りされる側なんざ何年ぶりかのう!」

「さぁな。出入りされるっつっても大義のねぇもんじゃろう、ただ単に喧嘩売られるだけじゃ」

「そうじゃのう、今日は牛鬼もいる。
奴さんは間の悪い時に来やがるようじゃな!」




楽しくなってきたのう!と意気揚々とここをあとにする狒々を見送り朧はこの胸騒ぎのことをただ、考えた。




「?……朧、どうかしたのかい?」

「…いや、ただな…」

「おう」

「……朝から、胸騒ぎがするんだ」

「胸騒ぎ?」




ぬらりひょんになぜと聞かれるもそれがわかったら苦労なんぞしないと返せば普通に同意された。

ずっと、収まらないこの胸騒ぎ。
それがなんなのか分からなくて、イライラしてくる。




「総大将ぉぉ━━!!」

「なんじゃ、今度はカラスか?」

「ああっここに居られたのですね!総大将!
それに奥方様も!!」

「そんなに慌ててどうかしたのか、鴉天狗」

「そ、それなのですが……!」




忙しい鴉天狗は酷く焦った様子で二人に詰め寄った。




「夜叉組という奴らがここに向かって来てるのです!!」

「そりゃあ知っとるわ。既に指示は出しとる。
お前ぇワシのお目付け役のくせしてこんなので慌ててんのかい?夜叉組なんかよりも羽衣狐の方が何倍も恐ろしいじゃろうて」

「夜叉組なんかどうでもいいのですよ!!
私が申したいのはっ、鯉伴様のことです!!」

「「……鯉伴?」」




なぜここで鯉伴がでてきた?と夫婦揃って首を傾げる。




「鯉伴様がっ、未だに本家へ帰ってこられてないのです……!!」

「なんじゃと……?」

「鯉伴が……?」




ドクンと心臓が強く脈打った。
そして、やっと分かった。
私のこの胸騒ぎはこれだったのだと。




「いつもならとっくに帰ってきとるはずじゃろうが」

「それがっ今日に限ってまだ帰られてないのです!
私もあちこち駆けずり回って探したのですが……」

「あのバカ息子が……」




ぬらりひょんは困ったようにため息を吐いて頭を乱雑にかいた。




「とりあえずお前は戦闘に備えろ。
鯉伴は戦闘に参加できねぇ小妖怪たちに捜索させる」

「は、ははっ!」

「……ぬらりひょん」




鴉天狗に指示を出したぬらりひょんの名を朧は静かに呼んだ。
鴉天狗もそんな朧を見る。




「朧?」

「鯉伴を探す必要は無い」

「なっ!?お、奥方様!?」

「……なぜじゃ?」




…いつもよりも、生き物の気配を強く感じる。




「鯉伴は捕まってる」

「捕まってる?……夜叉組にか?」

「あぁ。この胸騒ぎはこれの事だったようだ」




ぬらりひょんの腕から抜け出し、朧は立ち上がって縁側に出た。




「ふふ」

「朧?」

「奥方様?」

「あと半刻ほどでその夜叉組とやらは鯉伴を連れて来る」




静かにそう言った朧の様子からして嘘ではないのはぬらりひょんも鴉天狗も分かった。




「感情に左右されて見聞色の覇気が些か暴走したか?」

「……朧、半刻で来るってのは本当か?」

「あぁ、見聞色の覇気で今は鯉伴の場所が手に取るようにわかる。そして鯉伴を囲む妖怪共の存在もな」




ぬらりひょんと鴉天狗はゾクリとその背を這うなにかに身を震わせた。
これは、前に一度正面からくらったことのあるアレだ。




「……覇気、あんま垂れ流すんじゃねぇぞ、朧。
当てられてほかの奴らがぶっ倒れたんじゃあ困るからのう」

「分かってる。だが今は上手く制御できないんでな…
部屋にこもるとしよう」

「そうしてくれ。鯉伴のことも心配すんな」

「……頼むぞ」




そう言って、朧は自室の方へと向かっていった。
その間数度に渡る誰かがぶっ倒れる音がしぬらりひょんは顔を引つるせた。




「……カラス」

「はい」

「急いで準備させるよう指示出した後、念の為小妖怪たちは今回の戦闘に出さねぇよう言っとけ」

「はっ…………それはわかりましたが、なぜまた?」




不思議そうに鴉天狗はぬらりひょんにそう尋ねた。
だからぬらりひょんは鴉天狗に一目やるとゆっくりと立ち上がり朧がしたように縁側に立って月を見上げた。




「……朧が戦闘服着てたのは女の勘か見聞色か知らねぇがなにか感じることあってのことじゃ。
ましてや今でもあれだ。
戦闘に出てきてもおかしくねぇ。
覇王色の覇気は敵味方関係ねぇ無差別だ。
前みたくぶっ倒れたくなきゃ引っ込んでろ」

「な、なるほど。かしこまりました」




鴉天狗はぬらりひょんの答えに納得したので早速指示された通り動き出すと、ぬらりひょんは腕を組んでひとつ息を吐く。




「…鯉伴にゃ今回のこれはいいお灸になりゃ上々かのう」




自分も今怒りをふつふつとさせているが、今回に限っては自分は鯉伴を怒ることはしないとさっき決めた。
その理由は……




「バカ息子には、朧の本気の怒りを知ってもらった方がワシがキレるより何倍もキツいじゃろう」




自分も本気でキレた朧など知らないが、ワシなんかよりも何百倍と恐ろしいに決まっとる。
なんせあいつの怒りは覇気付きじゃからのう。




「…………下手すりゃワシらも縮み上がりそうじゃ」




己の妻の本気の怒りなど、未知の領域すぎてぬらりひょんも少しばかり不安になるのであった。




















どれ、ワシも準備するかのう



(27/29)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -