朧が奴良組に嫁ぎ、十年ほどが経ち鯉伴も齢十歳になり妖怪としての成人も数年後に控えていた。




「おふくろってさ、人間なのに老けねぇよな」

「……それは錯覚だと思うぞ、鯉伴」




ふとした時、いきなり息子にそんなことを言われた。
気づけばいつからか鯉伴は母さん呼びからおふくろ呼びになっていて成長を嬉しく思う反面もうそんな年頃かとちょっぴり寂しい。




「いや、絶対ぇ老けてねぇよ。なぁ親父」

「そうじゃのう……でもまぁ朧がワシに嫁いだのは若い頃じゃからそう見えるだけじゃろ」

「いやいや…鴉天狗に聞いたけど俺、親父たちが結婚して割とすぐに産まれたんだろ?
俺もう十歳だしおふくろも結婚して十年目ってことだ。
なのになんでこんな若いんだよ」

「鯉伴はそんなに私に老けてて欲しいのか」

「は?いや、そういう意味じゃねぇから!」




しかし改めてそう言われてみれば、もうぬらりひょんと結婚して十年になるのか。




「……早いな、時が流れるのは」

「おふくろ?」

「鯉伴を育てるのに夢中になってたが、言われてみればぬらりひょんと結婚して十年も経ってるなんて…
私もよくやってるな」

「俺もそう思う」

「オイ、お前らどう意味じゃいそりゃあ」




そのまんまの意味だろ。なんじゃとぉ?このガキぃ。とどっちが子供かわからない喧嘩を始めようとする二人を注意すればどっちも似たりよったりな顔でムッとしながら喧嘩をやめる。




「おふくろっていくつなんだっけか」

「今年で27……か?」

「ってぇことは、親父17ん時におふくろ娶ったわけか?」

「そうじゃな」

「片や百超えてて片やまだ17。犯罪だな」

「鯉伴お前ぇワシに喧嘩売ってんのか!」




私は思う。
鯉伴のこの煽りスキルはどこで身につけたのだろう。
もしくは誰からの遺伝だろうか。




「つーかさ、なんだっておふくろ親父なんかと夫婦になったんだ?聞いたこと無かったけどよ」




どこか興味津々に聞いてくる鯉伴に私は一瞬戸惑ったものの、なぜ、と言われ困ったように答える。




「なんでって……行くとこなかったから?」

「は?おふくろその容姿なら引く手数多だろ絶対」

「そんなもん決まっとるじゃろ!朧がワシに惚れて妻にして欲しいと言ってきたんじゃ」

「事実をねじ曲げて妄想を組み込むのはお前の特技か?」

「鯉伴の煽り癖は確実にあんたの血じゃな」




………え、私からの遺伝なのか??




「……前にお前にも話したじゃろう?
ワシが魑魅魍魎の主になるために京の都に行ってたってなぁ。その時に、ワシは朧に初めて会ったんじゃ」

「おふくろの故郷って京なのか?」

「あぁ」

「おまけに由緒正しい公家の姫じゃった」

「え…………
おふくろ何を間違えて親父なんかに……?」

「間違えてじゃと!?鯉伴このっ」

「だぁっ!!親父こっち来んな!!」




じゃれ合う夫と息子に私はくすりと笑みをこぼす。
いやしかし、ぬらりひょんのことだから既に私との出会いを含めた羽衣狐との出来事を語っているものだと思っていたがそうでもなかったらしい。




「ふふ、そうだな……強いて言うならばお前の父親の、死ぬ気の求婚に押し負けた感じだ」

「……なんだよそれ、つか死ぬ気の求婚とかなに……」




初めて聞いたらそう思うだろうが、本当にそうなのだから仕方ない。




「今となっては笑えるが…
ぬらりひょんは私とちゃんと初めて顔つき合わせたと思った次の瞬間には私の事押し倒したんだぞ?」

「こんだけいい女がいりゃ押し倒しくなるってもんじゃろ」

「初対面でそりゃねぇわ親父」

「やかましいわ」




スパンッと鯉伴の頭を叩いたぬらりひょんに鯉伴はいつものように噛みつきぬらりひょんもそれに応戦。
相変わらず仲のいい親子で結構結構。




「……おふくろよくそんな親父と夫婦になったな」

「私もなるつもりなんか微塵もなかった。
むしろどっかでのたれ死ねと密かに思ってた」

「……お前ェそんなこと思ってたんかい……!」

「あんたは屋敷に"ぬらりひょん"の技で入ってきて私と珱を観察して、やっと姿を現したかと思えばいきなり私を押し倒し、それからずっと来るなと言っても毎日屋敷に陰陽師がいるってのに足げく通って?鬱陶しいの一言に尽きる」




親父そんなことしてたのかよ、と言いたげな息子の視線がぬらりひょんに突き刺さっている。
ぬらりひょんはもはやそれに何が悪い、と言いたげな顔だ。
開き直ってやがる。




「……なんか、聞けば聞くほどおふくろよく一緒になったな……」

「一緒になったからお前が生まれたんじゃぞ、鯉伴」

「それはわかってっけどよ……」




以前から鯉伴にとっては不思議だったこと。
普通は妖怪は妖怪と一緒になり、人は人と一緒になるのが世の常。
しかし両親はそれを無視して妖怪と人で一緒になった。



奴良組のみんなの言う話ではそういう話は完全に全くない話ではないらしいが、限りなく無いに等しいらしい。
妖怪にとって人は畏れの餌、もしくは文字通り食としての餌と見るものがほとんど。
それを父ことぬらりひょんは愛したのだ。





「でも、やっぱおふくろに婚儀とかの話山ほど入ってきてたんじゃねーの?公家の家で、そんだけ綺麗なんだしよ」

「こいつの父親が許さんかったんじゃ」

「なんでだよ」




ぬらりひょんの言葉に、なんだか久しく父のことを思い出した。
父は、あの世で今何をしているのだろうか。




「…朧が治癒の力を持ってるのは知ってるじゃろ?
お前もその力継いでるんじゃしな」

「おう」

「叔母の珱姫もそれ持ってるのも知ってるな?」

「おう」

「…朧と珱姫は京の都じゃ有名な"治癒姫"って名を馳せていてのう。母親はガキの頃に他界してたそうだが、残った父親が言っちゃわりぃがクソ野郎だったんじゃ」

「クソ野郎?……俺の祖父にあたる人だよな。
そんなこと言っていいのかよ」

「いいんじゃ、ありゃあ救いようがない」




父が、嫌悪を含んだ険しい顔つきを見せた。
こんな顔をすることなど今までそう多くは見た事がない。
その父がまさか母の父親にこんな顔をするとは思わなかった。




「……なんでだよ?」

「あいつはのう、治癒の力を持った娘二人を道具に貴族相手に金儲け三昧。
鯉伴は分かるだろうが治癒の力は体力を使う。
体力のねぇ珱姫使って、倒れる寸前までやらせれば朧が黙ってねぇのを知ってたから…それを繰り返し朧も珱姫も屋敷に縛り付けたんじゃ」

「な……!?」

「……普通に聞くと私と珱って結構壮絶な人生だな」




改めて言葉にされるとそんな人生送ってたのかと思ってしまう。
鯉伴もびっくりした顔で私の事を見ている。




「文字通り治癒姫姉妹は籠の鳥。
何もかも雁字搦めにされてる姫だったからのう、ワシから逢いに行くしかねぇじゃろ?」

「確かに」

「それ繰り返していつだったか、2人をワシらの所に呼んでのう」

「あれは呼んだとは言わん。拉致と言う。
よりによって珱を先に拉致して……」

「ああでもしねぇとあんたは来ないと思ったんじゃ。
朧にゃまずは外堀から埋める方法が一番いい」

「性悪」

「策士と言わんかい」




憎まれ口を叩くものの、やはり自分の両親は仲がいい。
お互いに言いたいことを全て話せるような、そんな仲だ。
この二人のような夫婦に鯉伴は密かに憧れていた。



「そこでワシはずっと惚れてた朧に初めて求婚したな」

「そこで?」

「おう。下僕たちにの前でな。カラスや雪女にゃ勢いよく反対されたのう、懐かしい」

「雪麗さんって親父に惚れてたって話だよな。
じゃあおふくろは雪麗さんの恋敵だったわけだ?
今じゃすげー仲良いけど」

「え?……あぁ、そうなる…な」




あの時は自分のことで精一杯だったからあれだったが、確かにその通りである。
自分の惚れてる相手が目の前で違う女に求婚など雪麗にとってどれほどの苦しかったことか。

…………あとで思い切り優しくしてあげよう、うん
その動機言ったら凍らされそうだけども。




「じゃあそこでおふくろ"はい"って返事したのかよ?」

「まさか。この朧がそれだけで簡単に頷くと思っとるんかお前は!」

「いや全然」




ぬらりひょんはもっともだが、鯉伴もよく私のことを理解しているようで……




「流石に求婚してすぐに答え出せっちゅーのは無理だと思ってたからのう、その日はそのまま返して次の日答え聞きに行ったんじゃ」

「おぉ、で?」

「朧も珱姫も、羽衣狐に攫われておらんかった」

「!!……羽衣狐って前にちろっと話してくれた関西の妖怪束ねる魑魅魍魎の主だよな?
なんだっておふくろたちが狙われてんだよ?」




なんでここで羽衣狐が?と至極不思議そうな鯉伴。




「あそこらには生き胆信仰が根強い。
羽衣狐は朧たちみてぇな異能を持った姫の生き胆を集めてたんじゃ。んで、この姉妹は攫われた」

「淀の方様に羽衣狐は取り憑いてたみたいでな。
豊臣秀頼様の側室に、という話で表から入ってきて何をしたか知らないが父や屋敷の者、雇っていた陰陽師たちをほとんど殺し…私たちは大阪城に連れ去られたんだ」

「…………」

「それで羽衣狐やその下僕の妖怪たちしかいないようなところにぬらりひょんが単身で乗り込んできてな…
あの時は驚いたものだ」

「あと一瞬遅けりゃあんたの肝はあの女狐に取られてたんじゃ、感謝して欲しいもんじゃな!」

「……はいどもうもありがとう」

「雑か」




二人は今じゃ笑い話かのように軽く話をしているが、子供の鯉伴でも単身で乗り込むなどどれほど危険だったか、母が死んでもおかしくない状況にあったかは分かった。
その時どれほどの切羽詰った状況だったかはわからないが大きな博打に父が出たということもわかった。
自分よりも遥かに格上の相手でも、母を取り戻す為だけに己の命をかけたのだ。




「ぬらりひょんはな、羽衣狐に囚われた私を助けるためにみっともなく血反吐吐きながら立ち向かってた」

「あんたさっきから酷くねぇかい?
あんだけ必死なって助けてやったのに」

「ふふ…しかもぬらりひょんはそんな血反吐を吐き、脇腹えぐられてるってのにそんな状況でも私のこと口説いてるんだ。頭おかしいヤツとしか思えなかった」

「……そこまで来ると親父すげぇな」




そこまでしても、欲しかった女。
それが己の母なのだ。




「言ったじゃろ?
『あんたに溺れて見失うとこじゃった』ってのう。
ま、それでワシはそのまま何とか女狐に勝って、朧取り戻して魑魅魍魎の主になったってわけじゃな。
流石ワシ」

「じゃあおふくろは、自分のために命かけてくれた親父に折れたってわけか」

「まぁ、そうだな」

「くく、よぉ言うのう?
大阪城の上で熱烈な告白してくれたのに。
はて、なんじゃったか?
『私の身も…そして心も、お前にくれてやる』
…じゃったかのう?」

「離縁を所望する」

「断固断る」




なんだってこいつはそんな昔のことをこうも覚えてるんだ……!
恥ずかしいったらありゃしない……!




「ま、なんだ鯉伴。女ってのは死ぬ気で思いぶつけりゃあ返してくれるもんじゃ。やり方間違ったらいかんがの?」

「親父のは……間違ってねぇのか?」

「ぬらりひょんのは羽衣狐の一件があったから前までのは相殺されたんだ」

「なるほど」

「その言い方じゃあワシが間違っとったように聞こえるんじゃが」

「「どう考えても間違いだろ……」」




妻と息子からのダブルパンチにぬらりひょんは項垂れた。
けれど、終わりよければすべてよし、だ。
こうして朧は己の妻となり、己の子を産んだ。
それだけは事実だのだから。




「……いつか、鯉伴にも素敵な伴侶ができる。
その頃には私はいないのだろうな」

「おふくろ……」

「人の私はお前たちのように長い時は生きられん。
だから…ぬらりひょんを頼むな。鯉伴」

「……勘弁して欲しいぜ」

「お前ェらなぁ……!!」




やっべ、と笑いながら逃げ出す鯉伴を追いかけるぬらりひょん。
私はその光景にただ笑った。





















たっく…誰に似たらああも口数へらんガキになったってんじゃ!

さぁな。

………………朧。

?なんだ、急に抱きしめて。

……昔の話をしたら、どうもあんたが愛おしくてのう。

……そうか。



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