それから数年の月日が経ち、鯉伴は元気にすくすくと、健康に育った。
幸い大きな怪我も病気もなく、子供らしい擦り傷くらいはつけてくるものの毎日元気にそこらを走り回ったり妖怪たちにイタズラしかけたりと暴れたい放題である。




「鯉伴様ぁぁぁ━━━━━━━━━!!!!!」




今日も今日とて、いつの間にか勉強から抜け出した鯉伴の名を叫ぶ鴉天狗の声が屋敷に響く。




「はぁ、まぁたやってるわよ。
ちょっと母親、どうにかしなさいよあんた」

「雪麗、私はただの母親であって鯉伴じゃないからどうしようもないでしょうが」

「何か言ってやればいいじゃない」

「鴉天狗にも頼まれて前一応言ったけど特に意味なかったから言うのは無意味だ」




洗濯物を二人で干しながらそんな会話をする。




「ならぬらりひょんから言ってやるように言えば?」

「いやな、ぬらりひょんがそんなこと言うと思うか?
むしろやりまくれの方だろうに」

「…………確かにそれはそうだわ」




現在鯉伴は七歳。
七歳にしてすでにぬらりひょんの技である明鏡止水を習得するという早熟っぷりを発揮している。
しかしまだまだイタズラっ子の鯉伴は明鏡止水でこうして鴉天狗から逃げるなりなんなりしてみんなの手を煩わせている。
子供らしいといえば、らしいのだが。




「鯉伴小さい頃は可愛かったのに今じゃ憎たらしいわね」

「鯉伴にイタズラでもされたか?」

「いいや、流石にあの子妾にはしないみたいよ。
したら問答無用で凍らすけど」

「まぁ、鯉伴は昔から雪麗に構ってもらってたからね。それもあるんでしょう」

「どうなんだか」




パンッと最後の洗濯物のシワを伸ばして、それを干せば終わり。




「ふぅ、やっと終わった」

「今日のあんたの手伝いはこれで終わりよ」

「そうなのか?」

「あんた仕事早過ぎて勝手にやらせてると妾たちの仕事全部取っちゃうもの。あとは引っ込んでなさい」

「はいはい、わかってるさ」




そう、朧は家事の手伝いはするがそれは雪麗の制限付きなのである。
その理由としては以前ここに嫁いで仕事にも慣れてきた頃の話だ。

仕事を一通り教えた後日、朧が屋敷内の仕事を知らぬ間にほぼ終わらせてしまうという荒業を見せたことがきっかけである。
いつの間にやったのか本当にわからなかったのだが、全て仕事が完璧でただ唯一何も出来なかったのは料理だった。
そればかりは姫だったゆえに台所すら立ったこともないような人生を送ってきたのでかなわなかったらしい。
雪麗には朧に包丁持たせるのが恐ろしい。とやったことも無いのに言われ、そのまま料理とは無縁となってしまった。


そんなこんなで、雪麗が朧に与える仕事を制限するようになったのだ。
仕事が終わっているのはいいことなのだがさすがに雪麗たちも仕事がいきなりなくなるのは困るので、そういうことになったらしい。
それ以来こうして限りをつけて手伝いをしているのである。




「それじゃ、そのまま朧は縁側でのんびりしてなさいよ」

「あぁ、そうさせてもらうよ」




そう言って雪麗はここをあとにし、私は提案されたとおり縁側に腰かけて空を見上げた。




「…………」




見上げた空にはゆっくりと流れて行く雲が泳いでいる。
のんびりとしたそれが、なんだか自分の体の力を抜いていくような気がした。




「……いい天気だな……」




そう呟いたあと、突然体に何かが衝突してきた。
それに吃驚はしたもののすぐに笑みを浮かべる。




「どうかしたのか?鯉伴」

「へへっ、やっぱ母さんにはバレるか」

「こんなことをするのはお前だけだからな」

「親父だってするだろ?」

「体の大きさが違うからすぐにわかるに決まってるだろう」

「あー、なるほど」




ちぇ、と口をとがらす鯉伴は可愛い。
私に突撃するように背後から抱きついてきたが、私を離すとそのまま隣に腰かけた。




「また鴉天狗から逃げたんだな?」

「だってあいつの勉強つまんねーんだもん」

「今は何をやってるんだ?」

「文字の読み書きと……計算?」




俺頭使うの嫌いなんだよ……と不貞腐れたように今度は言った。
ぬらりひょんに似るとは思っていたものの、まさかそういう所まで似なくともいいのに……




「だがどれも生きていくには必要だぞ?」

「学がなくても生きてるやつなんか山ほどいるぜ?」

「ただ生きてくだけならな。
だが鯉伴はこの奴良組を継ぐのだろう?」

「おう!二代目になるって決めてんだ俺は!」




自信満々に、キラキラとした笑顔でそう言うのだからぬらりひょんはきっとこれを見て心底喜んでるんだろう、と私は思った。
あいつ昔、鯉伴が継ぐと断言していたがまさか本当にそう本人も言い出すのだから、ぬらりひょんの勘は侮れない。




「なら、学ばければな。総大将を務めるものが頭が悪いなど下僕たちに示しがつかんぞ?」

「でも親父頭良くないだろ、あれ」

「まぁ確かに世辞にもいいとは言えないが…
頭の回転は早い」

「?頭いいのとそれ何が違うんだ?」




コテン、と首を傾げた鯉伴。
それが可愛くて私は鯉伴の頭に手を伸ばして頭を撫でる。



「頭が良いというのは…
そうだな、知識や語彙力が豊富だから明確に自分の考えを人に伝えることができるような人のことを言うのだと私は思う。例えるなら牛鬼だな。
彼は正しく『頭が良い奴』だろう?」

「あ、確かに」

「そして頭の回転が早いというのは…私は自分の頭の中で考えをまとめるのが早く、決断・作業も早い人だと考える」

「あー…なるほどな。
確かにそれだと親父は回転が早いって方だ」




鯉伴は私に頭を撫でられながら納得納得、と頷く。
すると鯉伴はこっちを向いて二ヘラ、と笑った
なんだ、可愛いな。




「母さんって頭いいよな!なんつーか、物知りだ」

「……どうだかな、そんなことは初めて言われた」

「物知りだと思うぜ?
親父も知らねぇこととかよく知ってるし。
親父の方が百年近く長生きしてんのにさ」




ジジイの癖してなんも知らねーのな、親父って。なんて言い出すものだから私は思わず吹き出して声を上げて笑った。




「あはははは!」

「へへ、母さん笑った!」

「く、ふふ、今の本人に聞かせてやりたい所だよ」

「嫌だね、んな事言ったらゲンコツ来るぜ」




現在鯉伴はプチ反抗期が来ており、私には全く反抗してくる様子はないのだがぬらりひょんには頻繁に反抗する。
その反抗の末、前にぬらりひょんに向かってジジイと口走ったところジジイじゃと!?と怒ったぬらりひょんが鯉伴の脳天にゲンコツを落としたことがあるだ。




「そうしたら私がぬらりひょんにゲンコツを落としてやろう」

「あ、あれか?なんつったかな……あ、そうだ、覇気!
覇気付きのきっつーいゲンコツ!」

「あぁそうだな。覇気付きの痛い痛いゲンコツだ」

「俺はそれくらったことねーからわかんねーけど、相当痛いんだろ?」




興味津々、と言いたげな様子に私は笑みをこぼす。
やはり子供というのは好奇心旺盛だ。

覇気については鯉伴にも既に実演付きでの説明は済ませていた。
まぁ、さすがに子供相手に覇王色の覇気は実演せず、言葉だけでどんなものかだけは伝えている。
覇気の話をすれば鯉伴は自分も使えるようになりたいと修行を申し出たので、それに付き合ったが、鯉伴は素晴らしいほどにセンスがなかった。

そもそも覇気はじゃあはい修行して使えるようになりましょう!というようにすぐ使えるようになるものでは無いし、覇気はいつ覚醒するかわからないものだ。
今はセンスなくて使えずともいつか何かの拍子で覚醒する可能性もあるから気長に待てと伝えている。




「ふふ、そんなのぬらりひょんの様子見たらわかるだろう?」

「母さんに殴られた親父、いっつも涙滲ませて殴られたとこ押えて震えてるもんな」

「魑魅魍魎の主もああなるほどの威力だってことさ」

「親父言ってたけどあれで岩もその気になれば砕けるって本当?」

「本当だ」

「え……すっげぇ!
じゃあ母さん割れるのかよ!素手で岩!」

「割れるな、覇気使えば普通に」




すっげー!と興奮している我が息子は実に楽しそうでなによりである。
こういうことはよく聞いてくれるのに鴉天狗の勉強だけはいつも逃げてばっかりなのはなんでなのか。

……これは、あれか。
鴉天狗のやり方がいけないのか??




「すげーなぁ、母さん人間なのに超強いとかかっこいい」

「ふふ、そうか。ありがとう」

「俺も母さんに負けないくらい強くならないとな!」

「あぁ、そうだな」




力を求めるというのは、やはり小さくとも男ということなのだろう。
ぬらりひょんや私の背を見て強くなりたいと思い育ってくれるならとても嬉しいことだ。




「…そういや母さんが戦ってるとこって見た事ないよな。戦えるんだろ?なんで出入り一緒に行かねーの?」

「いやな、鯉伴。逆に聞こう。
ぬらりひょんが行かすと思うのか?」




その質問返しに鯉伴はあ、と声を漏らした。
鯉伴は朧とぬらりひょんの子供。
父であるぬらりひょんがどれほど母である朧を溺愛しているかなどとうに知り尽くしている。




「行かすわけねーな。今の質問やっぱなし」

「ふふ」




あぁ本当、鯉伴は可愛い。
こんなに可愛くては目に入れても痛くないほど可愛がってしまうのは仕方がない。




「……でも俺、母さん戦ってるとこ見てみたい」

「そうだな…
私は別にいいんだがぬらりひょんがなんて言うか。
あと私の戦い方は体術だからな。
奴良組には体術使いはいないから相手がな」

「あー、みんな刀がほとんどだもんな。
あとは一ッ目は銃とかだし…
妖怪によっちゃ自分の爪とかだし」

「そうそう。別にそれでもいいんだけどさ」




ただの手合せにせよ戦うにあたっての最大の難所はぬらりひょんからの許可だろう。
ぬらりひょんがすんなりと私の戦闘を許可するわけが無い。




「ま、それはいつかな」

「親父も心狭いよなー、母さん関係に関しては」

「はは、息子にまで言われちゃあ世話ないな」

「だぁってそうだろ?
ほかはやっぱ総大将してるだけあって俺もかっこいいなーってよく思うけど母さん関連になるとなんつーか、酷い」

「ふっ、あははははっ」




鯉伴がぬらりひょんのことをかっこいいと言うなんて、と思っていたらこれだ。
本当に鯉伴は正直者で面白い。
きっとぬらりひょんが今のを聞いたら前半部分に喜んでいいのか後半部分に怒ればいいのかわからず微妙な顔をしそうだ。




「まぁ、それもまたぬらりひょんの魅力だから仕方ないさ」

「……そういうもん?」

「そういうもん」




そして鯉伴がまた口を開こうとすると向こうから鴉天狗の鯉伴の名を呼ぶ声がした。




「ゲッ。わり、母さん行くわ!」

「はいはい。逃げるのも程々にするんだよ?」

「んー、そりゃ無理だ!」




ゆらりと消えた鯉伴に私は呆れながら笑みを浮かべる。

まったく、似た者親子というかなんというか。
逃げ出して鴉天狗に名前を叫ぶように呼ばれるところや、鴉天狗に関してやばいと思ったら潔く逃げるところや、不意に見せる笑顔やら、雪麗の言う通り憎たらしいほどぬらりひょんに似てしまったものだ。
私の要素は一体どこに行った。




「奥方様!」

「鴉天狗。どうかしたか?」

「鯉伴様を、鯉伴様を見てはいらっしゃいませんか!?」

「鯉伴ねぇ…悪いが見てないな」

「くぅっ、奥方様のところでもないか!
鯉伴様なら奥方様のところだと思ったのに……!」




悔しげに拳をにぎりしめる鴉天狗。




「?なんで私のところだと?」

「鯉伴様は総大将に似て、母君である奥方様が大好きですからな」

「………………」




本当、いらんところまで似てるらしい。




「ま、見つけたら戻るよう言っておこう」

「すみません、よろしくお願い致します!!」




またビューンと飛びさり鯉伴様ぁー!と叫び始めるのだから大変なものだ。




あぁ、そういえば昨日買ってきた饅頭があったな。
かたくならないうちに食べるとしようか。




そう思い、私は立ち上がって屋敷の中へと入った。



















?饅頭消えてる……なぁ、ここにあった私の饅頭は?

え?あー、それなら多分総大将がさっき勝手に……

またか!
あいつは何度私の菓子を勝手に食べるのだ…!

あ、あはは……

問答無用で覇気付きのゲンコツの刑に処す……



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