「平和じゃのう……」




居間で茶を片手にのんびり言うぬらりひょん。
その脇には大きな腹に手を置き、もう子が産まれてもおかしくない時期に入った朧がいた。




「そうだな……」

「なんか眠くなってくるのぉ、なぁ奥方」

「……狒々は何しに来たんだ?今日は。
総会などなかったと思うが」

「暇だったからのう、遊びに来たんじゃ」

「この前は牛鬼もそんなこと言って来てたが
……奴良組は暇なのか?」




ここ最近、全くと言っていいほど出入りがないゆえか血の気の多い奴良組の面々はとてもつまらなそうだ。

それもこれも、ぬらりひょんの魑魅魍魎の主としての地位が安定してきたことが大きく関わってきているだろう。
前までは妖怪にしては若者であるぬらりひょんならばと奴良組に喧嘩をふっかける妖怪たちがそれなりに多かったようだが、それらを全て返り討ちにして来た彼ら。

返り討ちにされたもの達から流れていく噂が広まりいつしか若者と言えどやはり若くして魑魅魍魎の主と成り上がった強者という認識が強くなったらしい。
それゆえ、結果的に魑魅魍魎の主となる前の頃よりも喧嘩を吹っかけられることがなくなり、非常に平和な日々を暮らしている。




「しっかしまぁ暇なもんじゃ。
このままじゃ平和ボケをしそうじゃのう。大将」

「何もねぇことはいいことじゃろうが」

「まぁそりゃそうなんじゃが」

「あら、こんな所にいたのね、朧」

「雪麗」




今に現れたのはいつもの白地の着物を着る雪女の雪麗。




「どうかしたの?」

「これ、あんたにお土産だってさっき珱姫たちが持ってきたのよ」

「……饅頭」




渡されたのは三つほど包まれたお饅頭だった。

話は少し変わるが、先月から珱と苔姫はここ本家を離れ近くの人里で暮らしていた。
これは全てぬらりひょんの計らいで、あのままずっと本家にいても人との交流があまりなくなること、そして人として生きていく二人を思い、いつか好い相手が出来るようにと人の居るべき場所へ返したのだ。
と言っても本家へは少し歩けばすぐ着くような場所で、家も皆本家の妖怪たちが建てたもの。
いつでも来れるようにという配慮もされている。




「それより、あんた聞いた?」

「何をだ」

「珱姫に好い相手、できたってさ」

「!……初耳だ、それは」

「ほぉ、珱姫にもできたか」




ニヤリと笑うぬらりひょんに朧は義妹にいい相手ができて喜んでるのか、からかうネタが出来て嬉しいのかよく分からないと思った。


ぬらりひょんは珱姫をからかうのがとてもに好きらしく、見かけると頻繁にからかうのでいつも朧のところに逃げ込み、珱姫は怒涛のぬらりひょんに対する愚痴をまき散らしていく。
そして毎度最後に「妖様に愛想つかしたらいつでも私のところへいらしてくださいね!!」と言って帰っていくのである。
仲がいいのか悪いのかわかったものじゃない。




「ぬらりひょん、あまり私の可愛い珱をからかうでない」

「面白ぇんだから仕方ねぇ」

「仕方なくなどないわ。
珱に毎度あんたの愚痴をこぼされる身にもなれ……」

「くくく、なんでぇ、あいつ朧に愚痴こぼしてんのかい?」

「あぁ。最後にはいつも元気に言うぞ。
"愛想つかしたら私の元へ"、とな」

「あんたがワシに愛想つかすこたぁねぇな!」




いつもながら、どこから来るのかわからないその自信に小さくため息をこぼす。




「で、いい相手ってのはどこのどいつだ?」

「妾だって知らないわよ、そこまでは。
ただ武家の嫡男だって話よ」

「……武家、ねぇ」

「やっぱり公家だったからそういう男に親しみあるのかしら?」

「関係ないと思うぞ?
私たちは大して外になど出れぬ身だったからな」




姫という立場は俗に言う箱入り娘ではあるが、私や珱はその中でも群を抜いてるだろう。
……自慢ではないが、そんな不名誉な自信はある。




「……でも、珱にも出来たか。いい相手が」

「……姉、って顔してるわね」

「当たり前だろう?私は姉だからな。
珱は器量もいいし嫁にはもってこいだ。
魑魅魍魎の主に怒鳴り散らす度胸もある事だしな」




くすくす笑いながらぬらりひょんをちらりと見ると微妙な顔を朧に見せた。




「珱姫山大噴火はもうコリゴリじゃい」

「大体お前が怒らせるようなことするのが悪いんだろう?」

「珱姫は朧に比べて器がちいせぇんだ」

「大将、そりゃ奥方が器がバカでかいだけで珱姫も普通から見りゃでけぇぞ?」

「アレがか?ないじゃろ」




ないない、と笑いながらぬらりひょんは顔の前で手を横に振る。




「いいや、あると思うぜ。
珱姫なら武家の正妻としてやって行けるほどの大きな器は持っとるとわしは思うがのう。のう?雪女」

「そうね。妾もそう思うわ。
そもそも魑魅魍魎の主に怒鳴りつける人間の女よ?
そんな度胸ある人間の女が器小さいわけないじゃない」

「なんじゃ、敵ばっかかここは」




朧はワシの味方じゃもんなとへばりついてきた夫に呆れながらお茶を一口飲む。




「珱は…強い子だとは思うな、私は」

「強い?」

「あぁ。あの子は心が強い子だ。
珱は……きっといい嫁になるよ。これは確信だな。
まずあの子は誰かを立てたりするのが上手い」

「……ふむ、確かにそれは認めるのう」




あの子は強かな子だ。
武家の嫁としてやっていくには狒々の言う通り、なんら申し分ないだろう。




「それに比べて、あいにく私は人を立てるのはあまり得意ではないからな」

「まぁ朧は下手に出て面子立てるより相手の面子を潰しにかかる感じよね」

「…………そこまで酷くないと思うんだが」




なんだが今、とてもひどい評価をされてる気がするのだが。




「奥方は大将支えるってよりかは引っ張っていくか尻蹴り飛ばす感じかのう?」

「…………私の認識がだいぶ酷くないか?」

「あながち間違っちゃいないと思うんじゃがのう…
どうなんだ?大将」




三人の視線がぬらりひょんへと向いた。




「そうじゃのう…。
朧は、ワシにとっては道標、かのう」

「道標?」




なぜ私が?と朧は首を傾げる。




「前に言っただろう?例えるなら『月』だとな。
あんたは闇行く者…
つまりワシら妖怪の道を照らし導く光じゃ。
だから、あんたはワシの道標」

「…………良くもまぁそんなこと覚えてるな、お前は」

「忘れるわけないじゃろ。
人生最大級の必死さじゃったからのう」

「……それも、そうだな」




傍から見たら、みっともなく見えたかもしれない。
けれどどこまでも真っ直ぐなぬらりひょんの言葉とあの目に私は惚れたんだ。




「私も、あの日のことは死んでも忘れられないだろうな」




普通ならばトラウマものだろう。
しかし私にとってはもういい思い出だ。

そう思って笑みを浮かべた時、腹部に襲ってきた激痛。
その痛みに隣にいたぬらりひょんの袖をたまらず握った。




「うっ、っ、」

「朧…?おい、どうした!?」




腹を抑えて蹲る朧にぬらりひょんは焦った様子で語りかける。




──っ、こ、れは……



「う、産まれる……!」

「産まれる!?」

「なんじゃと!?た、大将どうすんじゃ!?」

「どうするって、せ、雪麗!」

「わかってるわよ!!
狒々は全速力でとりあえず鴆引きずってきなさい!!
ぬらりひょんは朧を丁寧に!!運んで!
その後珱姫たち連れてきなさい!!!」

「「お、おう!!」」




ぬらりひょんへは丁寧に、の部分を強調させた雪麗。



産気づいた次の瞬間から奴良組はドッタンバッタンと騒がしい音が鳴り響く。
こういう時は勝手わからぬ男達は役立たずである。
いや、女である雪麗も出産など初めてで勝手など微塵もわからないが直ぐに指示を出せるだけ度胸があるというものだ。




「朧頑張るんじゃ……!」

「っ




念の為に出産に関わる書物を読破していた雪麗の指示により出産の準備等は行われ、部屋からは男は(ぬらりひょんも例外なく)追い出され陣痛に苦しむ朧の声だけが聞こえる状況になった。

悲鳴に近い声を上げる声だけが聞こえるというのはぬらりひょんにとっては苦しいもので、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、座ったり立ったりとソワソワしてばかりで忙しない姿が大勢の下僕たちに目撃された。

その後陣痛を乗り切る頃合に鴆が前回宜しく引きずられるように朧車によって連れてこられて来た。
そしてようやく、医師立ち合いの元の出産へと変わった。














その日の夜、奴良組に元気な男の子の声が響くのであった。


















産まれた……!!!狒々!ワシの子が生まれたぞ!!

おおおおおお!!息子か!?娘か!?

知らんわ!!!どっちじゃ!?

わしが知るか!!

スパァンッ うっさいのよあんたらッッ!!!!!!

雪女!!朧は!?ワシの子は!?

どっちも健康よ!!あと息子よ!!

息子……!

二代目じゃねぇか大将……!

宴じゃぁぁぁい!!

うるさいって、言ってんのよぉぉおおおおお!!!


─広間に総大将と幹部の氷のオブジェが出来た─



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