怒涛のつわり地獄から解放され安定期に入った今。
六か月に入りお腹が前にせり出てきてややが胎動するのが分かるようになった。

最近になって、ようやく腹に子がいることを自覚し、腹が大きくなる度に当然、自分の体も体重が増え始めている。




「……ぬらりひょん、仕事はどうした?」

「カラスに押し付けた」




ぬらりひょんの一言に大きな溜め息を吐く。
こうして腹が脹れ始めた頃からずっとこうだ
私に構って仕事は後回し。
だがまぁ、仕事と言っても傘下の組などから回ってくる書類に目を通すくらいのものだが何分所属している組が多いためそれだけとはいえ、侮ることなかれ。
今やぬらりひょんの机の上には書類の山ができている。




「おお、今動いたか?」

「動いたね」

「こいつは元気な子じゃのう……多分男子かのう?」

「どうだか」




でも確かにこの腹の子はだいぶ元気のいい子だ
よくモゾモゾと動くのだ。

初めの頃はそれに毎度驚いていたがこの頃はそれにも慣れて元気だなぁくらいにしか思わなくなった。




「早う生まれてこい……」

「そんなに我が子が恋しいか?」

「それもまぁ、あるが…あんたを抱けんのは辛い」

「……聞いた私が馬鹿だったな」

「なんでじゃい」




そう言いながら口付けてくるぬらりひょんに応えればどんどん深くなっていくそれに息が続かずにぬらりひょんの胸を叩けば渋々というように唇を離してくれた。




「はっ、はぁ…は、ぁ…」

「……辛いのう……」




そんな顔をされてもこっちは困る。
こちとら身重なのだ。




「今六ヶ月なんだ。あと四ヶ月くらいなんだから待て」

「……鴆に聞いたが、産んだ後もすぐに体が戻るわけじゃねぇから抱けねぇらしいのう」

「らしいな」




どのくらいで治るのかは全くわからない。
だが、それなりの時間は要することだろう。




「……抱けるようになったら抱き潰していいか?」

「お前は私を壊す気か?」

「我慢した分のツケじゃ」

「……祝言で一ヶ月待ってあれだったんだ。
体が元に戻ったら私死ぬかもな」




初夜のときを思い出して朧は白目を向きたくなった。




「……子を産むのも大事じゃが、あんたに触れられなくなるのもキツイもんじゃのう」

「私はお前の子を産むのだがな」

「それでもじゃ」




私の腹に向かって朧はお前の母だがワシのもんじゃからのと言い出したぬらりひょんに私は呆れてしまう。
胎児に向かってこいつは何を言い出してるんだ。




「…ぬらりひょんは子が産まれたら子にまで嫉妬しそうだ」

「ワシはあんたに関してはありとあらゆるものに嫉妬できるぞ」

「そんな嫉妬極めた発言はいらん」




無駄にいい顔で何言ってるんだお前は。




「朧は我が子でも譲れんのじゃ」

「……ぬらりひょんまで子供になりそうだな」

「馬鹿言え。ワシャああんたの男じゃ」

「あぁ、そうだな」




ぬらりひょんが、私の最初で最後の男だ。
腹に耳を当てているぬらりひょんの頭を撫でながらそう言ってやればぬらりひょんがこっちを見て優しく笑った。




「あんたの夜の初めては全部ワシのもんじゃからな」

「あんたはそうやってすぐにそっちの話にしたがるな」

「朧はもうそれにも慣れて前のように赤くなってくれないのう。つまらん」




ムッ、と口をとがらすぬらりひょんだが、そんな顔をしても微塵も可愛くはない。
そもそもつまるつまらんの話じゃないだろうに。




「人も妖怪も慣れというものがあるものだ」

「初々しい頃が懐かしい」

「……今の私は嫌いか?」

「んな事ァ天地がひっくり返ってもねぇな」




どんな朧でも愛してる、と息を吐くように言うぬらりひょんに私はいつまでたっても慣れる気がしない。
それがバレなぬよう上手くかわしているがそれでも急に言われるのは心臓に悪いのだ。




「……私だって愛しているさ」

「嬉しいのう。やっぱり言葉で言われるのと言われんのとじゃあ全然違うのう」




態度で示していたり好かれているのを理解をしていてもちゃんと口で言ったり言われたりするのは格別らしい。
幸せそうに笑うものだから私まで笑顔になってしまう。
本当、私はぬらりひょんに色々なものが左右されるものだ。




「……この子が男子だったならば、この子は奴良組を継ぐんだろうか」

「さぁのぉ…ワシとしちゃあ継いで欲しいとは思うぞ」

「じゃあ狒々の言う通り二代目になるわけだ」

「そうじゃな。
だがまぁ本人にその気がねぇなら押し付ける気はねぇ」




ぬらりひょんもどうやらちゃんとまだ産まれもしない我が子の未来のことを考え始めてはいるらしい。




「お前に似た子なら手をやきそうだな」

「腹の中にいる時からこんなに元気じゃからのう」

「多分私よりお前に似る気がする」

「ふむ、ワシとしてはあんたに似た娘でもいいんじゃが」




私に似た娘、なぁ。




「娘なら過保護になりそうだな。ぬらりひょんが」

「嫁に出す気はない」

「産まれてすらないのにそう言われては困るな。
なら、息子であることを願うしかない」

「息子なら別にどこにでも行けって感じじゃのう」

「差が激しい」




娘と息子であまりに猛者が激しくないか?




「まぁワシは娘でも息子でもどっちでもええ。
母子ともに健康で終わればな」

「……そうだな」




子を産むのは、命懸け。
前世ならばそれなりに医療やら設備やらが整っているから出産で死ぬということは余程のことがなければまずない。

だがこの世界は、そうもいかないのだ。
医療も前世よりも劣り、設備も不十分。
そんな中で子を産むというのは文字通り命懸けなのだ。




「この子は私とお前の子だ。死ぬことはまずない」

「あぁ」




そんな軟弱な子なわけがない。
私とぬらりひょんの血を継ぐ子が。




「それに私も病気や怪我で死ねぬからな、お前のせいで」

「せいとはなんじゃ、せいとは」




私は、お前にそう約束したのだ。
だから私は出産なんぞで死ぬわけには行かない。




「安心しろ。私もこの子も、何も無くすぐ終わる」

「そうじゃな」




どのくらい先の未来かは分からないが、あと数ヶ月のうちにはその命懸けの出産をすることになる。
けれど私の心は、いうほど不安はなかった。

ギュッと腹に巻きついてくるぬらりひょんに朧はされるがまま、ただ好きにさせておく。




「不思議じゃな。あんたが大丈夫だと言うと不思議とそう思えてくるのう」




まるで子供のように甘えてくるぬらりひょんが、とても愛おしい。




「ふふ、お前はただ父になる者としてどんと構えていれば良い」

「構える、のう…」

「別にいつも通りしていればいい」

「……分かっていてもそう出来んこともあるじゃろ?」




なぜかは分からないが、私よりもぬらりひょんの方がどうも不安を感じているらしい。
ぬらりひょんが不安なのは、私とは違いこうして直に我が子に触れることが出来ないからなのだろうか。




「不甲斐ない父にだけはなってくれるなよ」

「わかっとるわい。……ただ初めて父になるんじゃ。
あんただってそれなりの不安はあるじゃろ?」

「まぁな……」




産むことに関しての不安はあまりないがそれからのことに関してはまた話しが別だ。
親になるというのはとても不安なものだ。
特に、初めての子だからこそ。




「まぁ、共に成長していけばいいさ。子と共にな」

「……そうじゃな」

「魑魅魍魎の主としての器も、子ができたことでもっと大きくなるかもしれんな?」

「だといいがのう」




ぬらりひょんが子を楽しみしている、それだけで私は嬉しいのだ。

愛おしげにその髪に指を通していると向こうから鴉天狗の総大将ぉぉ!!という声がしてタイムリミットが来たことを知らせた。




「さ、そろそろ仕事に戻れ。ぬらりひょん」




鴉天狗の声からして、もうあいつも限界なのだろう。
あれじゃあいつか禿げるのではないか?
カラスだから…毛じゃなくて羽が抜けるのかもしれないが。




「……たっく、カラスの奴……」

「本来はお前の仕事だろうが」




こんな所で道草食う暇があれば仕事をしろ、と朧はぬらりひょんへ叱咤を飛ばした。




「あんなのどうでもいい内容ばっかじゃ。つまらん」

「つべこべ言うな。
貴様は魑魅魍魎の主なのだろう?なら黙ってやれ」

「…………身も蓋もない」

「知るか」




ムクリと起き上がったぬらりひょんはその後すぐに飛んできた鴉天狗にげぇ、と顔を歪めた。




「総大将!見つけましたぞ!!!
ああっ、奥方様……いらしたのですね…」

「鴉天狗、不甲斐ない私の夫を連れてってやってくれ」

「ありがとうございます奥方様!
さぁ総大将、戻りますぞ!!」

「チッ」

「舌打ちしてもダメです」

「わーってるわい。朧にも言われたしのう……」




はぁぁ、と大きな溜息をつきながら歩き出す。




「まったく、総大将が仕事をほっぽっているからいろいろと溜まりに溜まって大変なんですからね!!」

「仕事より我が子、我が妻じゃろ」

「奥方様は仕事をなされといつも言っておられるのではないのですか?」

「はて、どうじゃったかのう」




そんな会話をしながら立ち去るぬらりひょんに、朧は苦笑いを浮かべるしかなかった。




















なぁ、腹の中でも聞こえてるか?

お前の父は、テキトー極まりないな。

お前がそうならんことを願うよ、私は。



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