「ん?牛鬼?」

「久方ぶりにございます、朧様」




一通り家事を終えて廊下を歩いていると、向こうから歩いてきたのは捩眼山にいるはずの牛鬼だった。




「また遊びに来たのか?」

「時間が空いたもので」




本当、狒々といい牛鬼といい、奴良組が大好きな奴らばかりだ。




「暇なのか?牛鬼組は」




クスクスと笑えば牛鬼は困ったようにうっすらと笑った。




「最近は総大将の首を狙う輩もだいぶ落ち着きましたからな。前ほどの忙しさはありません」

「前までが異様だったんだろう」

「それは否定致しませんな」




しかし前までの忙しさに慣れてしまった分、通常に戻ると随分と暇に感じてしまうのである。




「では、総大将に挨拶をして参りますので失礼致します」

「あぁ。……あぁ、そうだ」

「?」

「前に私に治癒以外の力があるのか、という話をしたのを覚えてるか?」




そう言われ、牛鬼は歩き出そうと出した足を止める。







──朧様はもしや治癒の力以外にもなにかの力をお持ちで?

──…ふむ。当たらずとも遠からず







朧とぬらりひょんが祝言を上げた翌日に交わした会話を牛鬼は思い出す。




「えぇ、覚えてますとも」

「ならぬらりひょんに挨拶ついでにあいつにも伝えてくれるか?気が向いたから今日教えてやるとな。
狒々いないから…一ッ目や他の奴らも呼んでもいいぞ?」

「…………承知しました。総大将には伝えておきましょう。
一ッ目らにも私から」

「あぁ、集まったら私の部屋に来るといい」

「はい」




牛鬼は一度朧に頭を下げると今度こそぬらりひょんの部屋へと向かった。





















「………確かに他の奴らも呼んでもいいとは言ったが……随分と集まったな?」

「朧様の力を見たいと皆、集まりまして」




牛鬼とぬらりひょんが私の部屋に呼びに来て、庭に出たはいいものの私を見に来た本家の妖怪や珱たち。
パッと見、一面妖怪という感じだ。




「姉様が治癒の力以外にも持っているとお聞きして気になってきてしまいました!」

「わらわもじゃ!」




見るからに姫たちはワクワクとしている様子。




「まぁいいんだがな」




だがまさかここまで集まるとは思わなんだ。




「で、朧。庭に出たのはなんでだい?」




妖怪たちの中心にいるぬらりひょんがそう尋ねれば周りの妖怪たちもうんうんと何故か頷いている。




「口で説明だけするよりも実践した方が分かりやすいだろう?」




百聞は一見にしかず、だ。



「それは、そうじゃが」

「それじゃあ、始めるとしようか」




その一言でガヤガヤとしていたここは静まりかえる。
みんなそうまでして私に興味あるのか。




「まず、私たち人には『覇気』といいものがある」

「はき、ですか?姉様」

「あぁ」

「そりゃあ、もしかしてあれか?奥方。
よく言う『覇気がねぇ』とかの"はき"か?」

「そうだ。その覇気だ、一ッ目」




ここに生まれ落ちてから知ったが、この世界の人にも『覇気』はあった。
だがそれを扱えるのは多分、私だけ。
時折生まれつき見聞色の覇気が強すぎて意図せず人の心の声が聞こえたり、様々な物や生き物がわかってしまったりする人がいる。
大阪城で殺された姫である貞姫もまた、そのタイプの人種だったのだろう。
強すぎた見聞色の覇気はときとして未来をも見えるというからな。




「言わば『覇気』は妖にとっての『畏』だ。
人にとっての『覇気』はお前たちの『畏』と同意義と思えばいい」

「畏れ、のう」

「だがお前たちの畏はその妖各々に違う畏がある。
ぬらりひょんなら明鏡止水があり、牛鬼は騙すのが得意なのだろう?」




畏はその妖怪によって各々能力が違う。
みんなはそうそうと言いたげに頷いた。




「だが私たちの覇気は誰であろうと最高三つまでの覇気しか使えない」

「三つもあんのか?」

「あぁ。だがな一ッ目。三つと言ってもお前たちの畏に"畏の発動"だったり"鬼發"だの"鬼憑"って言うのがあるのと同じようなものだ」

「……よく知ってんな、奥方」

「ぬらりひょんやら鴉天狗から妖のことを教えと貰ってるからな」




妖怪の世界で生きると決めたのだから、知識だけでも持っておくべきだと思い江戸に来てから学んでいるのだ。
主に教えてくれるのは鴉天狗だが。
ぬらりひょんに関しては教えてくれる途中でベタついてきてそれ所ではなくなる。




「だが覇気を使えるとしても大方の人間は三つのうち二つしか扱えない。ひとつは『見聞色の覇気』
そしてもうひとつは『武装色の覇気』だ」

「見聞色と武装色……なんじゃ難しそうじゃのう」

「そうでもないさ。ではここからは実践も混ぜよう」




まずは見聞色の覇気からだ。と朧は笑い袖から手ぬぐいを取り出す。




「見聞色の覇気は言わば生物の発する心の声や感情を聞く能力だ」

「……一気にわからん」

「まぁ、相手の『意志』を読む力とも言える。
お前たち、そこらに落ちてる石を私に投げつけてみろ」

「「「「は?」」」」




妖怪たちの声がシンクロした。



「私はこの手ぬぐいで目隠しをする。
あー……じゃあ小鬼、納豆小僧、豆腐小僧。
庭に落ちてる石を思い切り私めがけて投げろ」

「な、なぁ!?
そんなことできるわけないじゃないですか!」

「うるさい黙れ。やれと言ったらやれ納豆」

「怪我させたら総大将に殺される!」

「怪我などするか。
本気でなやらなければ意味が無いんだ、さっさとやれ」




朧は既にもう目隠しをしており、仁王立ちしている。
それを見たぬらりひょんは難しい顔をしたが、本人がやれというのだから思い切りやっていいとぬらりひょんは三人に許可を降す。

当然三人はそれにぎょっとしたが、こうなったらもうやるしかない。
彼らは腹を括り庭に出て手頃の石を持った。




「い、行きますよ、奥方!!」

「あぁ」




ブンッと彼らは一斉に朧に向けて石を投げた。
目隠しをしている朧はもちろんそれがどこに向かって投げつけられたのかはわからないはず。

けれど朧はそれらがハッキリとわかっているかのように一切の無駄のない動きですべて避けたではないか。
それにぬらりひょんたちは驚く。




「……今のが見聞色の覇気。
相手の意志を見抜き攻撃を先読みしたことによってたとえ目視していなくとも避けることが可能だ」




シュルリ、と目隠しをとって彼らに視線を向ければ皆間抜けな顔をしていてなかなか面白い。




「ど、どうなっとるんじゃ……?」

「見聞色の覇気は生まれつき強い者も稀にいるし、ひょんな事から覚醒することもある。
人によって心の声が聞こえたり人の居場所がどこにいても分かってしまうほど強い人も存在する」




じゃあ次は武装色の覇気。
と次の覇気へと進む。
彼らは多分もう既についてきていない気もするが、ここで躓かれても困るので無視して進めた。




「武装色の覇気は簡単に言えば見えない鎧を身に纏う感覚に近い覇気。これは体に纏うだけでなく武器なんかにもまとわせることが可能だ」




朧は牛鬼にすぐそこに置いている弓矢を取って欲しいと言い、それを彼は手渡す。
そしてそれを受け取った朧は矢を一本とり、庭にある持つには重すぎて無理だろう大きめの岩に向かって弓を引く。




「?岩に向かって矢を放っても弾かれますぞ?」

「ええ、そうね。鴉天狗」




バシンッと放たれた矢は今言った通り岩に弾かれ奥の気に木引っかかった。




「普通なら、こうなる。
でも武装色の覇気で覇気を纏わせれば」




今一度同じように弓を引いて、放つ。
すると今度は岩に弾かれるどころかドゴォとすごい音を立ててその岩を砕く。



「この通り」

「や、矢が岩を砕いただァ!?」

「一ッ目いい反応だ」

「いい反応だ、じゃねぇよ奥方!!」




さっきから驚きの連続でみんな間抜けな顔を晒しまくりである。




「この武装色の覇気は更に上の段階がある。
『武装色硬化』だ」

「……そりゃどういうのなんじゃ?」

「さっきの武装色の覇気を一点集中型にする様なものだ。そうすると……」




すると胸の前で握った朧の拳がヴンッと音を立てて鉄のように黒くなった。




「こうすることでさらに攻撃の威力が上がる。
これは武器にまとわせることも可能だ」




その言葉に牛鬼がハッとし、口を開く。




「朧様、もしやそれは大阪城で投げた刀にやっていた……?」

「へぇ、覚えたのか牛鬼」

「投げた刀……?もしかして…あの時の刀って」

「えぇ、総大将に向けられた羽衣狐の尾を弾いたのは朧様の投げた刀です」

「……朧だったのか、あれ」




驚いた様子で朧を見るぬらりひょんだが、周りは何の話だ?と言いたげにぬらりひょんと朧を交互に見ていた。
朧はただ微笑んでぬらりひょんを見ている。




「牛鬼の言う通りあの時の刀は私が武装硬化させたやつだ。そうでもしなければぬらりひょんの肝は今そこにはないだろうな」

「……あん時羽衣狐がワシへの怒りで刀に関してさほど興味持たなかったからいいが、下手すりゃあんたの肝も取られてたかもしれないんじゃぞ」

「お前は私のために命を張った。
ならば私もお前のために命を張る。
何か問題はあるか?」




さも当然と言いたげな朧に、ぬらりひょんはため息を吐いた。
朧の言ってることもよくわかるし、ぬらりひょんはただ危ない目にあって欲しくないだけ。
だがそんなのは朧に言った所で受け入れられる可能性はまず無いだろう。
ぬらりひょんは過去のことは過去として受け入れることにした。




「まぁ、あんときゃ確かに助かった。
その話は置いといて、んで最後の覇気はなんだ?
確か初めに大方の人間が使える覇気は二つっつったな?
それが今話した二つだろう?」

「ああ、その通りだ。
だが最後のひとつはとても特殊なものでな…
ほとんどの人間はそもそもそれ自体を持っていないんだ」

「持ってない?」




朧はこくりと頷き、それを肯定した。




「その覇気は『覇王色の覇気』と言う」

「覇王……ですか。それは大層な名前ですな」


「覇王色の覇気は相手を威圧する力で、さっきも言ったが覇気の中でも最も特殊な種類の覇気だ。
覇王色を持つ者は数百万人に一人しか素質を持たないと言われている」




数百万人に一人!?と納豆小僧の驚きの声が聞こえた。




「そして、覇王色の覇気を持つものは"王の資質"を持つと言われている」

「王…のう。
要は上に立つ器のある強いやつってことじゃな」

「まぁそうだな」

「あの…姉様?
その覇王色の覇気とやらがどう特殊だというのですか?
相手を威圧する力と聞いても…
その、あまり特別に聞こえないと言いますか…」

「まぁ、そうだな。言葉だけならそう思えるだろう」




珱の言葉に私は頷いて笑みを浮かべ、同意してやる。




「……その言い様、朧あんた覇王色の覇気持ってんな?」

「……バレるのが早いな。
そう簡単にバラすな、ぬらりひょん」

「別にええじゃろうが」




覇王色の覇気を朧が持っている。
それに皆驚きの声を上げ、そしてその覇気を見せて欲しいとせがんだ。




「見せるのは別に私は構わないが、そのあとで本家襲われたらだいぶ困る事態になるがいいのか?」

「?そうなのか?」

「ここにいる面々を見ると……
耐えられるのはぬらりひょんと幹部集くらいだろうな」




耐えられる?何に?と言いたげな彼らに私は苦笑いをするしかない。
覇王色をあびれば小妖怪や珱姫たちはひとたまりもないだろうに。




「珱姫と苔姫は部屋の中に入っているといい。
さすがに二人に当てるのは私の良心が痛む」

「え?大丈夫ですよ?」

「そうじゃ。わらわたちは大丈夫じゃぞ?」

「大丈夫じゃあないんだ。頼むから、中に行ってくれ。
きっと中でも感じれると思うから」




真剣に頼めば二人は渋々、というように立ち上がり奥の広間へと入っていった。
それを見て朧はぬらりひょんに本当にいいのか、と聞けば彼は即答で良いと言う。




「その言葉、違えるなよぬらりひょん」

「男にゃ二言はねぇってな」

「わかった。……どうなっても知らないからな」

「おう」




許可は貰った。
ならば、あとはぶつけてやるだけだ。

朧は目を一度閉じてゆっくりと開ける
その目に力がこもった瞬間朧を起点として風が吹く。
そしてその瞬間にズシリと全身に伸し掛るような圧力にぬらりひょんはぞわりと寒気を感じた。
まるで強い妖怪と対峙してその強烈な畏れをぶつけられたような、そんな感覚。



ツゥと流れる冷や汗と、無意識に飲み込む固唾
次の瞬間にはフッと何も無かったかのように身が軽くなった。






「ハッ……な、んじゃ……?今のは」




ぬらりひょんがそう言って振り向けば、自分よりも苦しそうにハッハッと息をしながら床に手をつく牛鬼や一ッ目。
他の妖怪たちは皆死んだようにその場に倒れ込んでいる。




「な、朧!?こりゃあ……!」

「私の覇気に当てられて気絶してるだけだ、気にするな」

「っ、ハ……い、まのが
覇王色の覇気……ですか?朧様」

「あぁ。覇王色は言わばその者の存在感のようなものだ」




覇王色の覇気は並大抵の者では耐えられないからな。
だからこれを珱たちに当てるのは流石に。
朧はそう言って苦笑いした。

確かに今のをあの姫二人にあてればひとたまりもない。
ぬらりひょんや牛鬼たちでもこうなのだから。




「覇気の説明は終わりだ。
さて、珱、苔姫、もう出ておいで。………………珱?」




返答が来ず、上にあがり広間の扉を開けるとそこに倒れている二人が目に入った。




「…………姫にはさっきのでもキツかったか」




本気の覇気をぶつけたわけじゃない。
けれどこれ程とはやはり一般人には相当きつかったようだ。




「ぬらりひょん、みんなを寝かせるの手伝ってくれないか?」

「……そうじゃの。ここにいてもこいつら邪魔じゃ」

「……手伝いましょう」

「あぁ、頼む牛鬼。一ッ目ものう」

「……はいはい」




牛鬼は身内の妖怪たちを広間に寝かせながら思った。

覇気とは人の持つ力。
畏れとは妖の持つ力。
魑魅魍魎の主として申し分ない器と力を兼ね備えたぬらりひょんと人の王としての器と強き心を持った朧。
この二人の間に生まれる子は、きっとそれはそれは素晴らしい子だろう。




「楽しみですな」

「あ?何が楽しみなんじゃ?」

「いえ、なんでもございません」

「?」




ぬらりひょんはなにやら珍しくニヤける牛鬼に気持ち悪いのう、と一言こぼした。




















朧覇王色の覇気あんま使うなよ?
毎度こうなったら面倒じゃ。

判ってる、私だって御免だ。

しっかし強烈だったのう、覇王色。

覇王色持った同士が戦うと大変なことになるからな。

…………あんま考えたくないのう。

まぁ持ってたとしても死ぬまで気付かないやつも多いから大丈夫だろう。

……宝の持ち腐れじゃな。



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