時は少し遡り、雪麗が朧の部屋に訪れている頃の広間。




「ぬらりひょん様…
ぬらりひょん様のお子にございます」

「…………」

「それのどこがぬらりひょん様のお子よ!
わたくしめの子がぬらりひょん様のお子よ!」

「…………………………」




ぬらりひょんはこの事態に思い切り顔をひきつらせるしかなかった。
周りの妖怪たちもひきつらせている。
たまたま本家に顔を出しに来ていた牛鬼はこの事態に頭痛を覚え、頭を抱えた。




「……一ッ目、なぜこうなったのだ…?」

「なぜって…そりゃ総大将の女遊びが原因以外の何物でもねぇだろ」

「……それは、分かるが……これを朧様は?」

「まだ知らねぇ…が、さっきキレた雪女が勢い良く出てったから報告しに行ったんじゃねぇか?」




牛鬼は大きなため息を吐いた。




「祝言をあげまだ一ヶ月もたたぬ間にこれか…
朧様はさぞや胸をお痛めになることだろう」

「……奥方そんなタマか?」

「朧様は強いが根はやはり女子。
夫のこのような姿、悲しまぬわけがあるまい」




けれど昔のぬらりひょんならばこの現状になっても笑って女たちの肩や腰にでも手を回していただろうに。
しかし彼はそんなこともせずただ腕を組んで顔をひきつらせる己の大将の姿に牛鬼は総大将も変わられたのだと痛感した。

ぬらりひょんは朧と出会い、根本は変わらずとも身の回りのことは大きく変わった。
あっちへフラフラこっちへフラフラとしていた彼がたった一人の女を見つけ、惚れただけで全てが変わったのだ。
身の振り方、考え方、態度、雰囲気。
それらを変えたのは朧という日ノ本一の美女だ。




「……総大将は朧様になんと言い訳するおつもりか……」

「言い訳できないだろ」




一ッ目の言う通りではあるが、やはりなにか弁解してしまうだろう、総大将の性格からして。

その時、広間の障子がスパァンと勢いよく開き中にいたもの全員の視線がそこへ向いた。
そこにいたのは身体を震わせながらぬらりひょんを睨みつける、珱姫と苔姫。




「よ、珱姫に苔姫じゃねぇか。どうかしたのかい?」

「どうか、した……ですって……?」

「ぬらりひょん殿……」




彼女たちの体が震えているのは怒りからだ。
それは奴良組の誰が見ても一目瞭然である。




「ぬらりひょん様ぁ、もしかしてこの女が娶ったという人間の女ですかぁ?」

「人間にしては綺麗かもしれないけど、私たちには足元にも及ばないわね」

「子供までいるわよ?もしや妾ですか?」


この二人はそんなのではないと訂正しようとぬらりひょんが口を開く前に珱姫が怒り心頭という様子で口を開いていた。




「私たちは妖様の妻でも妾でもございません!!」

「なぜわらわたちがぬらりひょん様の妻などにならなければならんのじゃ!!」

「……苔姫そりゃワシのこと嫌いと言っとるんか??」

「今は大嫌いじゃ!!!」




ぬらりひょんは思わずこの返答に言葉を失う。
苔姫は朧や珱姫を大阪城から助け出す時に一緒に助けた姫で自らの意思でここまでついて来た姫だ。
珱姫や朧、雪麗などと特に仲が良く自分にもよく笑いかけて話していたはず。
だが今全力で大嫌い発言を頂いた。




「妖様……これは一体どういうことなんですか!」

「どういうことと、言われても……
押しかけ女房のような……」

「ならば追い出してください!!」




珱姫が感情的になるのは毎度ながら朧に関係したことだけだ。
これもまた珱姫は朧の為に怒っているのだろう。




「人間の女のくせして生意気ね!!あんた!!」

「ぬらりひょん様になんて無礼な……」

「妖怪の屋敷に人間がいる方がおかしくなくて?」

「招かれておらぬおぬしらがここにいる方が無礼にあたることにも気づかぬのか女妖怪というのは!」

「なんですってぇ!?このガキ……!」




一人の女妖怪が立ち上がり苔姫へと近づこうと前に出るとそれを庇うように動いたのは一ッ目
それにその女妖怪は整った顔を歪める。




「おっと、この姫さんらには手を出さねぇでもらおうか」

「退きなさい!この小娘喰ろうてやるわ!!」

「手を出すなと言ったはずだぞ、今。
この姫さんらは奴良組が預かる人間だ」

「っ、ぬらりひょん様!
さっさとこの人間の小娘共を追い払ってください!!」

「アンタに言われる筋合いはねぇ。
珱姫も苔姫も人間じゃが、奴良組の一員じゃ」




ぬらりひょんにまでそう言われてはどうにも出来ない女妖怪は今一度苔姫を強く睨みつけると元の場所へと戻った。
一ッ目は己にしがみついて涙目になっている小さな姫に小さくため息をつき、その頭を撫でる。




「一ッ目様、苔姫様のことお願いします。
……妖様、それで、この女性たちとその子供と思わしき子達は、貴方のなんだというのですか……?」




小妖怪たちに聞いた話ではぬらりひょんの子を産んだ。
または妊娠した女妖怪たちだという。
確認するように珱姫はぬらりひょんへと尋ねる。


「私たちはぬらりひょん様の妻よ」

「ぬらりひょん様のお子を産んだのだから妻としか言いようがないわ!」




勝手に話が進んでいく。
ぬらりひょん自身は何も話してないのに、女たちだけで何やら面倒な方へと話が進んでいってしまう。
もう、天でも仰ぎたい気分である。




「な、つ、妻!?お、お子!?」

「そうよ」

「わかったのならば分をわきまえなさい?小娘!」

「いや、待て珱姫これはだな」




プルプルと震え俯いた珱姫にぬらりひょんが思わず手を伸ばしてわけを説明しようとした時、珱姫は涙を浮かべ勢いよく顔を上げた。




「妖様ぁぁあ━━━━━━━━━━━!!!!!!!」

「「「「ッッッ!?」」」」




ぬらりひょんを筆頭に、奴良組の妖怪たちはビクリと思わず身体を震わせた。

これぞ、長きに渡り奴良組に伝わることとなる珱姫山大噴火というものである。




「私はっ、見損ないました!!!
貴方のような方に姉様は、渡せません!!!」

「……いやもう貰ってるんじゃが」




既に婚儀はだいぶ前に済ませたぞ?とぬらりひょんはツッ込む。




「離縁してください!!!」

「断る!!!」

「っ、こんなっこんな!
節操のない方が義兄など珱姫は嫌にございます!!」

「それは、あれじゃ!!昔の話じゃ!!」

「それが姉様を苦しめるのでしょう!!
私は姉様を苦しめる方は許しませんと婚儀の前に申したはずでは!?」

「あぁ、聞いたとも!!
でも過去の話をされても過去にゃあ行けんのじゃ!」




義兄と義妹の口喧嘩に女妖怪達もぽかんとしていた。
とりあえず、分かったのはこの珱姫とかいう人間の姉がぬらりひょんの嫁であることくらいだ。




「このっ、人でなし!!」

「そりゃワシは妖怪じゃならな」

「苔姫様行きましょう!もう知りません!!
姉様に愛想つかれれば良いのですこんな人!!」

「あ、珱姫様待つのじゃ!!」




早足で広間を後にする珱姫の後を慌てて追いかけていく苔姫。
ぬらりひょんはやってしまったとなんとも言えぬ顔で頭をガシガシとかく。




「はぁ、何をやっているのですか総大将」

「牛鬼……いや、のう……」

「珱姫様を説得出来れば奥方への説得の手助けをしてくださったかもしれませんのに…貴方という方は」

「……仕方なかろう」




しかし牛鬼の言う通り。
ぬらりひょんは惜しい人を敵に回してしまった。
だがそんなことなどどうでも良い女妖怪たちはまたぬらりひょんへベタつき始め、ぬらりひょんは疲れきった顔をする。




奴良組の誰もが一体この状況をどうしたらいいのかと頭悩ませていると、着物の擦れる音が聞こえた。
その音は珱姫たちの時とは違い、どちらかと言うとゆったりとこちらへ向かってくるもの。




「……来たんじゃねぇか?奥方」

「いらっしゃったようですぞ、総大将」

「げ」




まだ何もいいわけ考えてないのに、と言いたげな一言が口から出た。
女たちはやっと来たのね、と珱姫たちの出ていった方を見る。
そしてまずそこから来たのは白い着物を着た雪女こと、雪麗である。




「……雪女お前ぇ朧のこと呼びに行ったな?」

「呼びに行ってないわよ。
ただ事の次第を奥方に報告したまで。
当然の仕事をしただけよ」




ツン、とぬらりひょんに冷たくそう言い放つと牛鬼の隣へ座った。




「朧様はどうされた?」

「すぐ来るわ。
そんでもってこの事態もあの子が解決してくれるわ」

「朧様が?」

「ええ」




何をどう解決するのか気になるが、とりあえず待つことにした。
程なくしてまた着物の擦れる音がすぐ近くから聞こえ始め、障子にその影を落とした。
そうして中へ入ってきたのは祝言の時のお色直して身にまとった真朱の着物と打ち掛けを着てその顔の端麗さを殺さぬ絶妙な化粧を施した朧だ。

その美しさは祝言をあげた時と同じ。
奴良組の者は二度目だと言うのにまたしてもその目を奪われ、そして初めて見た女妖怪たちは文句など垂れる暇も与えられずその美しさに言葉を失った。




「……」




淡々としながら広間へと入ってきた朧はぬらりひょんと、そのまわりを囲む女や子供を一目やる。




「朧……その着物……」




今朧が身にまとっている着物は、朧が汚れては嫌だからと祝言の日以外には一度も着なかった物。
朧がその着物をとても大事にしているのを知っていた上にあまり着る気もなかったことを知っていたぬらりひょんはまさかそれを着てここに現れるとは思っておらず、ぽかんとしてしまった。




「ぬらりひょん」

「……なんだ?」

「雪麗からこの状況の内容は聞いた」

「あ、あぁ」




内心冷や汗ダラだなぬらりひょんは朧に名を呼ばれてやっと我に返り一気に頭をフル回転させていく。
とりあえず何かいいわけを考えねば、と。




「……あなたがぬらりひょん様の妻という、人間の女?」

「それがどうした?」

「フン!なによ、見た目だけじゃない」

「非力な人間がよくぬらりひょん様の横に立てるわね」

「人間のくせに」

「テメェら……」




すぐ隣からしたドスの効いた声に女妖怪は身を震わせた。
ぬらりひょんより発せられたその声は紛れもなく怒気を孕んでいる。




「ワシの女を、悪く言うたァ…よほど死にてぇのか?」

「なっ」

「ち、違いますぬらりひょん様」

「わたくしたちはただ」




ぬらりひょん様のためを思って。
彼女たちは皆そう言った。
牛鬼はそんなものありがた迷惑だ、と心の中で呟く。
ぬらりひょんのためを思うなら即刻ここから立ち去れ、とも思う。

そんな中、凛とした芯のある声が響いた。




「非力な人間か。……まぁ、そうだな」




声の元は朧だ。




「ふむ、雪麗の話では随分と自分たちの容姿に自信があるとか…ふふ、どれも私の足元にも及ばぬ醜女ではないか雪麗」

「………いやね、アンタと比べたらこの国にいる女全員そうよ」

「非力…妖怪からしたら人の子など皆そうだろう。
だがそこの男が求めてるのは力のある女ではないが?」




クスクスと笑う朧のその妖艶さ。
そして彼女から発せられる言葉の一つ一つ、騒いでいた女たちが本能的に黙ってしまうほどの圧力もあった強いもの。




「さて、ぬらりひょん」




視線の集まる朧はそれも気にせずぬらりひょんへ語りかける。




「その者共は貴方の妻になりたく
そしてあなたの子を生んだ、孕んだ、とか」

「……そういう、話じゃな」

「ではまず、一つ。ぬらりひょんの妻は私だ。
貴様らに譲る気は毛頭ない」




当然女妖怪の批判の声が上がるもまたしても黙り込んでしまうような強い声で二つ目を続けた。




「二つ、子供を産んだと言ったな。…見てわかった。
その子供たちはぬらりひょんの血など継いでおらん」

「なっ、なぜそんなことが分かるわけ!?」

「私の子はぬらりひょん様の子よ!?」

「私はぬらりひょんを心から愛し慕っている。
その愛している男の子がわからぬほど私の愛は軽くなどない」




もしかしたら朧が嘘をついているのかもしれない。
そう言われるかもしれないが奴良組は知っている。
朧は、こういうことに関して嘘をつくような人間ではない。




「朧……ワシは、だな。その」

「ぬらりひょん」

「あー、なんじゃ。
ワシの話も聞いて欲しいんじゃがな」

「お前のいらぬ言い訳など心底どうでもいいわ」

「は?」


ぬらりひょんは思わず一抹の不安に駆られる。
今愛していると大々的に公言してくれたことの喜びが大半だが、珱姫が言ったように愛想つかされるのは絶対に嫌だ。
命かけて京の都から攫ってきた姫だ。
それをようやく祝言を上げて夫婦となれたというのに。




「お前に聞こう。
仮に、本当にそこにいる子達や、腹にいる子達がお前の子であったならば、どうするつもりだ」

「……いや、どうもしねぇが……」

「私はな、ぬらりひょん」

「……」

「お前の過去の女など全く興味ない」




清々しいほどに断言されたが、彼からしてみればいささか微妙な気分だ。
過去の女に嫉妬して欲しい気もするし、こんな事態になっているのだから気にされてないのは救いでもあるので実に複雑としか言い様がない。




「だが今の女はこの私。そしてこれからもな。
言ったはずだぞ、ぬらりひょん。
あの日、大阪城の上で」

「……大阪城?」

「全てを失くした私がお前にあげられる物は、この身一つだけだと。これしかないと。
お前は私を愛し私を欲した。私もお前を愛した。
ならば、過去の女に時間を割くな。
そんな不確かな子供の情報に惑わされるな」




いつもと変わらず、真っ直ぐ届く朧の言葉はしっかりとぬらりひょんの胸へ入っていく。
それは愛した者からの言葉だからなのか、もしくは朧だからなのか。




「それにお前が言ったのだろう。己の子を孕めと。
……子が欲しいなら私を孕ませろ。
私がお前の子を産んでやろうとも。
過去の女の、お前の子かもわからん子などいらん。
私が正真正銘のぬらりひょんの子を産んでやる。
それでもその女共は必要か?」




どうだ、ぬらりひょん。
凛々しく気高く、そして美しいその姿はどこか高圧的で朧は誰から見ても、上に立つ者の貫禄があった。
その問いかけにぬらりひょんは片手で一度顔を隠すと、大きく息を吐く。
そして立ち上がった。




「てめーら」

「総大将?」

「こいつら全員外に出せ」




その言葉に女たちは驚き、奴良組の妖怪たちは明るく元気に返事をして女たちを担ぎ始めた。
子供たちも問答無用で運ばれていく。
女たちが何かを訴えるも聞く耳などないぬらりひょんに届く訳もなく、ようやくいつもの見慣れた面々しか居なくなった広間に多くの者が安堵した。

ぬらりひょんはゆっくりと歩いて朧の元に辿り着くとその頬に手を添える。



「あんたの熱烈な告白、受け取った」

「熨斗つけて返されても返却は不可だ」

「返すわけないじゃろうが」




ぬらりひょんはすまなかったと一言謝るも。朧はさっきと同じように過去の女に興味などはないと言い放ち、背を向けて歩き出す。
それを見て後ろから抱きしめてからヒョイと横抱きにした。




「ッ!?」

「ワシの嫁の器がデカすぎて困ったものじゃな!」

「今回に懲りたら女になんか手ぇ出すんじゃないわよ、ぬらりひょん!」

「出しゃあせんよ。
自分の女より下の女に興味など湧かん」

「なによそれ、朧よりいい女だったら出すっての!?」

「馬鹿言うな雪女!
朧よりいい女なんぞ日ノ本中どこ探してもおらんわ!」




そう笑顔で言い放つとぬらりひょんはここをあとにしようとするので一ッ目がどこへ行くのかと聞いた。




「朧にゃワシの子を産んでもらわんといかんからのう。ちょっくら子作りしてくるぜ」

「……宣言するな」

「なんでい、孕ませろ言ったんはお前さんじゃろう?
言質はとったからのう、しっかり孕ませてもらうぜ」

「イキイキするな。腹立ってくるだろうが」




さっきまでの引きつった顔はどこへやら。
花でも飛んでそうなほど幸せに満ちた顔つきでぬらりひょんは自室へと向かっていった。




「……ね?朧が解決してくれたでしょ」




してやったりな顔をしている雪麗に牛鬼はうっすらと笑みを浮かべながら安堵のため息を小さくついた。




「……あそこまで堂々、はっきりと言われるといっそ清々しいな」

「朧のいい所はなんでも面と向かってはっきり言ってくるところじゃない」

「やはり、総大将を支えられるのは朧様しかおらんな」

「それは愚問よ」




さて、あと残る問題は珱姫と苔姫ね。という言葉に牛鬼はまた少しだけ頭痛がした気がした。



















珱姫たちのことも奥方に任せりゃいいんじゃねぇか?

一ッ目、あんた苔姫ね

おい、わしの話を聞け

珱姫は私が話つけるわ

私は何もしなくていいのか?

おい聞いてるのか雪女。

牛鬼よりは苔姫の懐いてる一ッ目と女の私が話に行った方がいいじゃない。

雪女!わしの話を

うるっさいわねさっさと苔姫探しなさいよ!!!

はぁ!?



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