あれから三日。
有言実行とはまさにこの事。
ぬらりひょんは本当に祝言にありついた。




「あんたへの愛情暴走してんじゃないの?
ぬらりひょんの奴」

「……まさか本当に一夜にして三つ潰してくるとは思わなかったな、流石に私も」




喧嘩を売ってきた三つの組は狒々とぬらりひょんの手によって呆気なく潰された。
いや、狒々に関しては組を潰したというよりは降したという方が正しい。
喧嘩売ったやつらは今や狒々の組、関東大猿会に入ったのだ。


ぬらりひょんの手にかかった方はそれはもう奴良組の妖怪たちが相手がなんだか可哀想に思うほど徹底的に潰されたらしい。
場所はさほど遠くなかったものの、二組も相手したためか日暮れに出かけて次の日の朝にやっと帰ってくる程の長めな出入りだったがみんなほぼ無傷という快挙であった。
酷く疲れた様子ではあったが。

納豆小僧にその時の様子を聞くに良く言えば鬼神の如く、悪く言えばチンピラだったらしい。
鬼神とチンピラはだいぶ意味が変わってくると思うのは私だけなんだろうか。




「よし、これで仕上がりよ」




白無垢に身を包み、化粧をして練帽子を被せられ紅を引かれれば終わり。
はっきり言って、白無垢が非常に重い。




「あ、姉様……」

「朧様……」

「はぁ……」

「………………三人揃って何?」




私の支度が終わり支度の手伝いをしていた雪麗、珱、苔姫は改めて私を見るやいなやため息をこぼした。




「綺麗です……」

「この世のものとは思えぬ……」

「思わずため息出るって、こういうことなのね」

「…………それは、どうもありがとう」




こうもべた褒めされては照れくさいものだ。




「人形みたいに整ってて怖いわ、なんか」

「雪麗それどういう意味よ」

「綺麗すぎだってことよ。
……私は着物着替えてこなきゃ行けないから珱姫たち朧のことよろしく頼むわよ?」

「「はい!」」




雪女ゆえか、いつも白の着物を着ている雪麗も今日ばかりは着替えるらしい。
それもそうだろう、白を着るのは婚儀の時は花嫁のみが許されるものだ。
だから雪麗は非常に珍しく、色物の着物を着なければならない。
雪麗はそのまま出ていき三人だけになった。




「姉様、妖様とお幸せになってくださいね……!」

「ありがとう珱」

「わらわたちはいつでも相談に乗るからの!
嫌なことでもあればすぐに言うのじゃ!」

「わかったわかった」




とは言うものの、嫌なことあったら私は多分ド直球で本人に言ってしまいそうだけど。
しかし、本当にこの私が誰かと結婚をすることになるとは驚きだ。
きっと前世の姉様たちに言ったら腰抜かすほど驚かれそうだ。




「ふふ」

「?珱?」

「姉様、とても嬉しそう」

「え」




そんなに、顔に出ていただろうか。
なんだか恥ずかしいな。




「恥ずかしがることはないと思うぞ、朧様!
好いた殿方の元に嫁ぐのだ!嬉しい決まっておろう!」

「……苔姫はなんだかんだ、こういう女としての肝は座ってそうだな」

「?そうか?」

「あぁ」




今ばかりは、その肝を譲って欲しいものだ。




「にしても、まさか『式三献』を三日かけずにやるなんて妖様はやっぱり変わったお方ですね」

「まぁ、私は元々この屋敷にいるから初めからいきなり違うしな」

「でも『式三献』を一日で全てやるなんて聞いたことありません」

「じゃがまぁ、嫁ぐのは人ではなく妖じゃからの。
人の式のやり方に囚われぬのは当然なのかもしれぬな!」

「「確かに」」




あくまでも式三献は人間の婚儀の儀式だ。
それを妖怪に当て嵌めろというのも違うだろう。




「……私はあやつと夫婦になれれば充分だ」

「はい、姉様の晴れの日に立ち会えること、珱姫はとても嬉しゅうございます」

「わらわもじゃ!」

「ありがとう、二人とも」




程なくして、淡い青色の着物を来た雪麗が現れ婚儀を行う時刻になったことを知らせに来てくれた。
それを聞き、珱たちは会場へ一足先に向かい、雪麗は一応最終確認的な様子で事の内容を説明してくれる。




「今言ったやつがやる内容よ。わかってるわね?」

「ええ、覚えてる」

「よし。じゃあ私も行ってるわ」

「うん」




雪麗もいなくなり、この場には私だけになる。
しんと静まりかえる部屋。




「……はぁ……」




静まり返ってしまったからこそ、やけに緊張する。
自分の心臓が緊張で無駄にドキドキと、強く脈打ってるのがよく分かる。
三々九度の盃を交わすだけではないか。
何を緊張することがあるのか。




すると、隣の広間から鴉天狗の仕切る声が聞こえるが、次第にその声が聞こえなくなる。
それを合図に私は立ち上がり、広間へと向かった。



一歩一歩、踏み締めつつ、広間へ。



下座のところにたどり着けば、中にいる者たちが息を呑んだ音が聞こえた。
このまま真っ直ぐ行くところに紋付袴を着こなす己の夫となるぬらりひょんが目を見開いて私を眺めているのが見える。
それに小さく笑ってそこへゆっくりと向かう。



今頃になって、やっと実感してきた。






私は、この男と夫婦になるのだ。





前に着けば上座にぬらりひょんが座りその脇に私が座る。
そして早速執り行うのは式三献。
私の盃に注ぐのは雪麗、ぬらりひょんには珱がついた。
小中大の三つの盃を交しゆっくりとそれを飲んでいく。

それを時間をかけ、三日分行うと色直しに私は立ち上がりそれを見て雪麗が立ち上がる。
他にも珱や苔姫なども立ち上がるが、雪麗だけが私の後についてきて珱たちだけは違うところへ向かった。




「はぁ……なんかすごいお酒飲んだ気分……」

「大して飲んでないでしょ」

「緊張して飲むと酔いが回るんだきっと」




白無垢を素早く脱いでぬらりひょんが全て見立てた着物に身を包む。
真朱色の着物とそれに合わせた打掛け。




「…………白無垢もなんだけどさ」

「なによ?」

「…この着物に白無垢といい…なぜこれほど良い着物なのだ……?」




姫であった私でも一目置くようないい生地で作られ、そして上品な絵柄がちりばめられている着物をを着ながら堪らず雪麗に聞いてみる。




「そんなの決まってんでしょ」

「……何が決まってるんだ」

「あんたに安い物なんか着せられないのよ」

「それは、姫だったからか?」

「違うわよ、あんた馬鹿なの?」

「なぜだ」




なぜ今私は暴言を吐かれたんだ。




「惚れた女にいいものを着て欲しいっていうのはやっぱり思うんでしょ。ましてや相手が朧じゃあぬらりひょんだって張り切っちゃうってもんよ」

「……前半はなんとなく理解したが後半は理解出来んな」

「あーもういいからさっさと着る!ほら!」

「うっ」




グッ、と容赦なく帯を締められ思わず呻き声が出てしまった。
こういう着物になれば手馴れたもので白無垢にてこずっていた時よりも何倍も早く準備が終わり雪麗と戻れば広間には食事が出されていた。
珱たちはこれを出していたようで、ここからは後待つのは宴だけである。

慣れたように上座のぬらりひょんの隣に来て着物を翻し、座る。




「よう似合っとる。さすがワシの見立てじゃな」

「自画自賛は醜いぞ?」

「本当のことじゃろ?」




くくく、と笑うとぬらりひょんは立ち上がり皆へ話し始めた。




「皆、今日はよう集まってくれた。
ワシと朧との祝言を祝いに来てくれたこと感謝する。
どうじゃ、ワシの花嫁は死ぬほど美しかろう!」



まずは嫁自慢から入ったぬらりひょん。




「大将、嫁自慢はわかったからさっさと酒飲ませろ

「狒々お前わかっとらんじゃろ!!」

「いや、分かったから分かったから」




ドッと笑いが起こり、場が和んだ。




「魑魅魍魎の主となりこれからまたワシの首を狙って来る輩も多くなるだろうが、おぬしらを頼りにしておるぞ」

「わかったから酒飲ませろ

「狒々お前破門にするぞ!?」

「ややっ、そら困った!!」

「狒々、総大将で遊ぶな」

「牛鬼も遊ぶとええぞ?」

「……」




狒々は雰囲気を壊すのが好きなんだろうか。
面白いから、いいけれども。




「……朧、あんたにも苦労をかけるだろうが…
あんたがワシの帰る場所じゃ。
だからずっとワシの傍におってくれ」

「……考えておく」

「そこは素直にハイでも頷くでもええじゃろうが!
狒々といいあんたといいワシのこと馬鹿にしすぎじゃろ!?」

「乾杯」

「「「「「かんぱぁぁぁぁい!!!」」」」」

「うぉぉい!!」




総大将無視して朧が乾杯すれば下僕たちは朧に従い乾杯し、それに素早くツッ込むぬらりひょんに皆 笑った。
だが笑う下僕たちの顔を見てどうでも良くなったぬらりひょんはどかりと座りとりあえず酒を煽る。




「たっく、あんたが来てからワシは弄られるようになっちまったじゃねぇか」

「先に弄り始めたのは狒々だろ。私は関係ない」

「……ま、今日は無礼講じゃ。構わん」




無礼講でなくとも、きっと許していただろうに
あれくらいのことで怒るぬらりひょんではないのだ。
朧はぬらりひょんに酌をする。













そうしていれば順々に挨拶に来る妖怪たちに挨拶をしていれば夕方前だったと言うのにいつの間にか日が落ちて外は夜になっていた。
けれどここの賑やかさは変わらない。




「……やっと挨拶しに来るやつ途切れたかのう?」

「多分」

「……いすぎで何話したかさっぱりわからんわ」

「だろうな」




さすがに全員が来るのはアレということで組の長だけが挨拶に来る形をとっていたが、それだけでも結構な人数だった。
ぬらりひょんも最後の方はテキトーな返ししかほぼしてなかった。


挨拶が長すぎてまともに食べられていなかった料理に手をつけ始めると不意にぬらりひょんの手が私の頬をひと撫でする。




「?」

「……これで、名実ともにあんたはワシのもんじゃ」

「……ぬらりひょんはそういうのを気にするほうだったのだな。あまり気にしない方だと思っていたが」

「いつもなら気にしねぇな。
だが、あんただけはそうはいかねぇ」




私を愛おしそうに見つめてくるその目が。
想いを視線だけで伝えてこようとするその目が私は何よりも好きだ。
心が、穏やかになれる。
私は愛されてるのだと、感じれる。




「ワシは、朧を手放しなくないんじゃ」




事実上そうだったとしても、表向きの名も欲しい。
ぬらりひょんの妻ワシのおんなのという名前が。




「……ぬらりひょんは心配症だな」

「そうなのかのう。だがまぁ、確かにあんたを取られたくなくて必死だったちゃあ必死だったな。京では」

「死に損なったもんな」

「だからそれやめてくれ」




死に損なったんじゃねぇ、生き残ったんじゃ。ときっちり訂正してくるのがなんだか面白かった。




「……私たちの祝言をこうも祝ってくれるものがいるというのは、とても嬉しいものだな」

「そうじゃな」




いつもに増して騒ぎ散らす奴良組を見て私は、心から、笑った。



















総大将、朧様、本当、本当にこの度はおめでとうございます。

牛鬼、お前さっきも来たじゃろうが

なんだぁ牛鬼?もう酔ってんのか?
まったく情けねぇな。なぁ総大将、奥方。

お、奥方……呼ばれ慣れぬな。

一ッ目……この牛鬼の酒を受けろぉ━━━!

ごばばばっ!!?

いかん牛鬼が酔った。
朧逃げるぞこいつは酔ったら質悪い!

は!?



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