壱
江戸に着いてはや二日。 そう。この奴良組の本家の屋敷に住み込むことになって、既に二日も経過していた。 初日は留守を頼んでいた妖怪たちに京から攫ってきた公家の姫の嫁と騒がれてんやわんやした後、やはり宴を擁した。 京にいた時に連れられて行った遊郭でも花開院本家の時もそうだったが、本当に騒ぐのが大好きな組である。
そして二日目となった今日、屍のように広間に伸びる飲んだくれたちを見て一日は始まった。
「ったく、なんなのよ。男どもはいいご身分よね。 裏方の仕事は全部女任せ。はぁぁ… ただでさえうちは女衆が少ないってのに宴やって馬鹿みたいに騒いで」
どんだけ仕事増やす気よ。と朝から私や珱、そして苔姫に毒を吐くのは雪女の雪麗。 毒を撒き散らしながら手伝いをかってでた私たちに快く仕事を教えてくれている。 生憎ここにいる皆は姫という身分だったがために勝手が全くわからないのはとても申し訳のないところではある。
「本当、あんたたちがいい子で助かったわ。 じゃなかったら今頃あいつら全員氷漬けよ」
「そ、それは…」
「それでは皆死んでしまうのではないか…!?」
微妙な顔をする珱と心配をする苔姫。 両者ともに優しい心の持ち主でほっこりするものの、私はどちらかと言うと雪麗の方に賛成である。
「それくらいでアイツらが死ぬわけないだろう、苔姫。むしろ変な格好で氷漬けにして晒してやった方がいいお灸になるんじゃないか」
「あら、話がわかるじゃないあんた」
「私も雪麗とは仲良くなれるんじゃないかとずっと思ってた」
笑みを浮かべればほんのりと頬を赤らめた雪麗。 雪女故に雪のように白きその肌にさす赤は実に綺麗で妖艶に見える。
「もう、姉様は人たらしです!」
「……雪麗は人ではないが?」
「……妖怪たらしです!」
「……なんだろうな、その不本意極まりない称号は」
そんな称号誰も要らんだろうに。 というか、なぜそんな話になった?
「珱姫様、朧様は妖怪たらしでもあるが人たらしでもあるぞ!」
「………ならもうなんでもたらしです!」
「雑過ぎやしないか?」
珱の天然というかバカっぽいというか、そんなところも可愛いのだけれども"なんでもたらし"は流石にないだろう。
「姉様はそうやってすぐに心を奪うのですから! いつか刺されますよ!?」
「なんでそのような話に発展したのか私にはわからん」
「………あんたの妹って馬鹿なの?」
「天然バカが行き過ぎた天然記念物と言ってくれるか?」
「……あんたも大概ひどいわね」
そういった朧は笑う
「私は誰が相手だろうと接し方を変えるつもりはないからな」
例えそれが私の可愛い可愛い妹だろうと、好いた男だろうと、それこそ将軍だろうと。 馬鹿だと思えば馬鹿だと言うし、阿呆だと思えば阿呆と言ってやる。 それが私の生き方である。
「さてと…台所はもう説明したし… じゃあ次は洗濯でもしてしまいましょう。 こんなにいるんだから今日くらい早く終わりそうね」
「不慣れながら頑張ってみるよ」
洗濯物を置いている部屋へと向かいながら、屋敷の至る所で二日酔いとなっている妖怪たちのあ゛ だのう゛ぇ だとの言ううめき声を聞きつつ雪麗の隣を歩く。
「朧って噂じゃ気高いだの凛々しいだのと色々言われてたけど、結構親身になってやってくれるわよね」
「…雪麗、気高いも凛々しいも別に家事を手伝うことに何も関係ないと思うがな。違うか? それにここに来た時点で私の家は既にここ。 働かざる者食うべからず。それにもう姫ではないのだ。 少しずつ生きる為の技術は身につけねばならんからな」
「…………ぶっちゃけていいかしら」
「なんだ?」
改まってそんなことを言うので、ちらりと雪麗に目をやれば雪麗は変わらず前を見据えて静かに言う。
「ぬらりひょんにあんたは勿体ないわ」
「………それは私に言われても困るんだがな」
「朧ならもっといい人がいると思うの」
「……今更あの男が私を手放してくれるのなら、そのいい人やらを探しに出てもいいんだがな?」
「あんたが死ぬまでそんなのありえないわね。 いや、死んでもないわ」
あいつのあんたの溺愛度合いは目に余るものがあるし今更手放すとか天変地異が起きてもありえないわよ。なんて淡々と言うのだから私は苦笑いを浮かべてしまう。
「あんたも厄介なものに捕まったわね」
「……雪麗はあれに惚れてたのではないのか?」
「…それは、そうだけど相手があんたなら勝負なんかしたところで火を見るより明らか。するだけ無駄よ」
初めて会った時のあの視線でなんとなくは察したけれど、あの視線からしてそれは並々ならぬ感情があったはずだ。 けれどこうしてすんなりと私を受け入れ歓迎してくれるのだから雪麗の器のでかさは並ではないだろう。
「雪麗はいい女だ」
「なっ、何よ急に!?」
「きっとアマゾンリリーにいたらモテただろうに」
「あ、あまぞ…?なに?」
「なんでもない。気にするな」
アマゾンリリーは強さこそが美しさ。 なぜか外見の美しさとその強さが比例するアマゾンリリーは外界の男どもからしたら禁断の花園にでも見えるだろう。 だがその禁断の花園にいる花たちは海軍も尻尾巻いて逃げるほどの強者ばかりだが。
洗濯物のある場所につけばそれらを大きなタライのような物に山盛りに乗せてそれぞれが持上げる。
「わっ」
「っと、大丈夫か。苔姫」
「!」
持ち上げた拍子にふらりとした苔姫をつかさず支えた朧。 その朧を見上げポーと見上げる苔姫に朧はよく分からず少し首を傾げながら微笑む。
「ちょっと朧。あんた誑し込むのもいい加減にしなさいよ」
「だから誑し込んでなどおらん。助けただけだろう?」
「………困ったもんね、あんたの姉も」
「姉様は無自覚たらしなのです……」
「タラシではないと私は何度言えばいいのだ?」
終着点が見当たらないこの会話を無理やり終わらせ、四人は庭へ出て洗濯板を持って雪麗の言うようにゴシゴシと洗い始める。
「くっ………なかなか力のいる仕事じゃ……!」
「この汚れなかなか落ちません…!」
「しのごも言ってないでさっさとやりなさいよ」
早々に音をあげるようなことを言う二人を雪麗はバッサリと切り捨てた。 私は前世でも完全にやった事が無いというわけではなかったので、ぎこちなさはあるもののなんとかやれていた。
「へぇ、初めてにしてはできてるんじゃない?あんた」
「雪麗が素直に褒めると怖いものだな」
「凍らされたいのかしら」
「それは勘弁して欲しいものだ」
いらぬ事は言わぬが仏。 私は直ぐに笑いながらではあるが軽く謝った。
「んぅ !もう! なんで姉様はそんなに上手なのですか!」
「それはただの気のせいだな。やり慣れている雪麗を見ろ、こんなに一つ一つ綺麗なのに仕事が早い」
「数日前まで姫だったあんたたちと同列にされるなんて癪に障るんだけど」
「それもそうか」
雪麗は今までもこうしてやってきた人なのだから私たちなんぞと一緒にされてはたまったものじゃないだろう。
「しかし、こういう時間もいいものだな」
「朧様?」
「急にどうしたのよ」
「姉様?」
ゴッシゴッシと手を止めずしっかりと洗濯板に布を擦りつけて洗う。
「屋敷にいた時は生きる理由もよくわからなくなるような生活をしていたからこうして誰かの為に働き、皆と楽しく会話をするというのは生きていることをやけに実感できる」
「あんた……」
「あそこでは息さえも息苦しかったというのにここに来てからはやけに空気が美味しいものだ。 ……いや、それは京の都の空気が汚かったのか?」
突然的外れなことを言った朧に雪麗は思わずズルっと転びそうになるも何とかそれに耐え、なんとも言えない感情で朧を見た。 珱姫も同じような表情で朧を見ていた。
「朧様がそれが楽しいと言うならば毎日わらわと話をするのじゃ!」
「ん?」
「毎日話をして、手伝いをして、今まで楽しく生きてこれなかったのならばこれからの人生を楽しく生きれば良い!朧様はわらわの命の恩人、わらわは朧様の為ならば協力は惜しまぬ!」
小さな姫は立ち上がりながら力強くそう言い放った。 それに思わず朧はポカンとしたが、すぐに笑って感謝を述べれば苔姫は嬉しそうに笑う。
「そうですよ姉様!!私たちはもう解放されたんです! 好きに生きて良いのです! 目一杯これからを楽しみましょう!!」
「珱まで」
「私は姉様と一緒にしたかったことが沢山あるのです! 一つ一つそれを達成して、楽しみましょうね!」
目を輝かせながら訴えてくる珱が可愛くて、私は笑ってしまった。 なぜ笑われたのかわからない珱は首を傾げていたが、雪麗もそれには呆れたように笑みをこぼす。
「あんたの人気は凄いわね」
「出来た妹と可愛い小さな友人をもてて私は幸せ者だ」
「ほら、そんなこと言うから二人が浮かれるじゃない。 ちょっと!ただでさえあんたたち仕事遅いんだからさっさとやりなさいよ!!」
「「はいっ!」」
なんだかんだ、雪麗も二人を気にかけていて優しい雪女だなぁなんて思ってしまう。 それに私はほっこりしてくすくすと笑っていると…
「何笑ってるのよ」
「いいや?」
「………なによ、言いなさいよ」
「はて、なんの事やら」
「何よそれ、なんか腹立つわね!」
「別に腹を立てられるようなことしてないだろう?」
まぁ腹が立ったならばその怒りを洗濯物に向けるといいんじゃないか?と言ってやればやっぱり腹立つ!!と勢いよく布を洗濯板に擦り付け始めた雪麗に私は声を上げて笑うのだった。
なんじゃ?あそこ賑やかじゃのう…
ややっ、大将じゃねぇか。二日酔いはなかったんか?
あれで二日酔いになるか! ……女衆が随分仲良さそうじゃの?
そうじゃのう…あんたの嫁の器のでかさかのう?
は?
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