拾壱







あれから、なぜか花開院の本家で宴をしたあと
奴良組の遠出の出入りに必要不可欠らしい『宝船』という船の妖怪に乗り空の旅を体験していた。

京よりついてきたのは私や珱はもちろんのこと、あの時共にいた幼き姫 名を苔姫もまた奴良組について来ていた。
よくは分からないが、この姫は一ッ目入道とやらに懐いたらしい。
人のことは言えんが中々変わった姫だと思う。




「……………空の旅、か」




そういえば前世の世界では空島や魚人島があったものだ。
あんなもの、この世界じゃ到底考えられないもの。
……まぁグランドライン自体がなんでもアリな海域だから文句は言えないのだが。
しかし……




「鍛え直さねばならんな」




己の手を見て、拳を握った。

鍛えていたとはいえ、今回何も出来なかった。
妖怪という存在を些か舐めていたのかもしれない。
けれど今回、妖怪の恐ろしさはわかった。
ならばあとは上を目指すだけ。




「鍛えるって、何を鍛えるんだい?」

「!」




聞き慣れた声がすぐ背後からして、ビクリと身体を震わせ振り返ろうとする前に後ろから抱きすくめられた。

ふわりと香るのはタバコの香り。
さっきまでどこかで吸っていたのだろう。




「……何か用でもあるのか」

「用がなけりゃ会っちゃいけねぇのかい?
あんたはワシの女じゃろう。
自分の女に触れて何がわりいってんだい」




しれっとそんな言葉を吐けるのが不思議なものだ。
その度羞恥に駆られるこちらの身にもなれ。




「で、鍛えるって何をだ?」

「私自身を」

「…………なぜ?」

「なぜって、戦うためだろう」

「……いやいやいや、なんだってあんたが戦う?」

「そういう場面が来てもおかしくないだろうが。
今回だって本当なら戦闘に交じってやりたい所だったが、そうもいかなかったからな」




あの場で覇王色の覇気を使えば、珱たちにどれほどの負荷がかかっていたことか。
使いそうになったが、あの時ぬらりひょんが来てくれてよかったと今では思っている。
守るべき人が意識を失っていると守りづらいのはよく知っている。
だからこそ、本当使わなくてよかった。




「あんたは戦わんでいい。ワシが守る」

「己の身くらい己が守る。お前など不要だ」

「ひっでぇな。ワシの真心返せ」

「真心などないだろうが」

「もっとひでぇな、おい」




ギュッと抱きしめてくる力が少しだけ強くなった。




「女のあんたが、わざわざ戦う理由などないじゃろう」



わざわざ戦う理由など、ない…だと?
私は、一人ムッとした。



「……私は、お前の女なのだろう」

「ん?」




トン、とぬらりひょんの胸に頭くっつけると朧はそう言った。




「今やお前は魑魅魍魎の主。
ならばその座を奪いに来るものは大勢いる。
真っ向から勝負をかける者もいれば卑怯な手を使う者をいるだろう」

「まぁそりゃあそうじゃろうな」

「私はその…"魑魅魍魎の主"の女なのだ。
ならば弱点だとつついてくるやつも多くいるはず。
私は、お前の弱点になどなるつもりは毛頭ない」



私はただ女としてお前に愛でられるためだけについてきたわけではないのだ。



「朧姫…………」

「私は、お前の"弱点"ではなく"強み"でいたい。
それが理由では足らんか?」




はっきり、そして力強く言われたその言葉にぬらりひょんはなんとも言えぬ幸福感と喜びを感じた。
朧が、あの朧が自分の女としてそこまで考えてくれてるのだ。
ぬらりひょんが喜ばぬわけがない。




「………ずりぃのう、あんたは」

「なにもずるなどしていないが」

「……はぁー、惚れたら負けってのは本当じゃのう」

「何の話だ」




いきなり関係ない話を初めて朧は疑問符を浮かべた。
だが多分これはぬらりひょんの内心で起こる会話で思わず出た言葉なんだろうと納得し、朧は話を戻す。




「だがまぁ、今も全く戦えないわけではないがな」

「ん?そうなのか?」

「あぁ。まぁな」

「護身術ってことじゃろ?剣術かなにか習っとったんか?」

「いや、体術だな」

「体術!?」




まさかな回答に思わず大きめな声で聞き返してしまった。
朧に普通にうるさいと注意され、しょぼくれながら小さく謝っておく。




「なんだって体術なんぞ…」

「私の勝手だろう?」

「いやそりゃあそうなんだがな?」




かといって、公家の姫たる者がなんだって体術なんぞ。
剣術でも異様と言われかねないのに。
せいぜい女が扱ってもおかしくないのは薙刀くらいだろうに。




「人には向き不向きがある。
私に向いていたのは体術だったということだ」




前世からやっていたことだから特にそうだ。
体は覚えておらずとも頭では覚えていた。
だから昔の感覚を取り戻すように、ひたすらにこの体に昔の動きを叩き込むのだ。
やはり頭で理解していても新しいこの体に動きを叩き込むというのは簡単なことではなかったが、それでも出来たからできるはず。




「…………覇気ももう遠慮なく使っていくべきだろうな」




はっきりと今回の件でわかった。
雑魚妖怪なら兎も角、力のある妖怪と出会ってしまえばどれほど鍛え抜かれた人間でもひとたまりもない。
特に今回の敵 羽衣狐が群を抜いてそうだったのかもしれないが。

とはいえ、奥の手と言ってる場合ではない。
殺られる前に殺る、それは前世でやっていた。
だから抵抗などは何も無い。




「なんか言ったか?朧姫」

「なんでもない………
というよりその姫付けはやめろと言ったはずだろう。
もう、公家の姫君ではないのだ」

「そうじゃったのう。忘れとったわ」

「ボケるのが随分と早いようで」

「ワシは妖怪じゃまだまだ若いほうじゃい」




そんなこと知らぬわ。




「…………江戸とは、どんな所なんだ?」

「ん?そうじゃのう。まだまだ未発達な土地じゃが徳川家康が今力を入れて町を作っておるからの。
徳川の世になればより一層あそこは活気づく。
絶対にいい町になるぞ」

「随分な自信だな」

「ワシのこういう感はよう当たるんじゃ」

「なら、期待しておこうか」




私たちの、新しい住まう土地を信じて。




「あー、ここにいたんすねー!総大将!それに朧様も!」

「おう、納豆小僧どうした?」

「夕餉、出来てますぜ!」

「もうそんな時間か」




朧たちが来てから時間が過ぎるのが早すぎて困ったもんじゃのう、などと言うので私は笑みを浮かべた。
ぬらりひょんの腕から抜けて船内への入口のところにいる納豆小僧の方へ歩き出す。




「そんなの、お互い様だろう」

「!………はー、ワシの嫁が愛らしくていかん。
江戸に着いたら即祝言じゃな!」

「まだ嫁じゃない。
あと、そんな別に急がずとも私は逃げないが?」

「ワシが我慢出来んわそんなもの!!」

「?我慢?何を我慢するというのだ」




朧の言葉にぬらりひょんと納豆小僧はポカーンと間抜けな顔を見せた。
それに朧は首を傾げる。




「え、え?朧様それ本気で言ってます?」

「本気で言ってるが?」

「…………総大将が我慢してんのって、ほら
あれですよ、あれ。えーっと……色事?」

「色事?なんだ、それは」

「え…えぇ━━━━━━!!!!!!!」

「!?な、なに!?」




うっそぉ!!?と納豆小僧は叫ぶ。
しかし朧は本気でわからず戸惑いながら疑問符をいくつも頭の上に並べていた。

そもそも、朧がそんなことを知るわけが無いのだ。
前世は女しかいないアマゾンリリーの出身。
男など航海先でしか知らない。
奇跡的に奴隷時代も別にそういう辱めを受けたわけでもない。
更には前世で恋もせず、恋愛なるものにも一切の興味も持たず生きた。
そして今世で生まれ落ちても幼き頃に母を亡くし、年頃になってもそのようなことを学ぶ機会などなかったのだ。




「朧…お前さん本気なんじゃな?それ」

「だから本気だと言ってるだろう!
というか、なんだと言うのだその色事とかいうものは!
遊びか!?賭け事か!?」

「いやどれも違うが…まぁいい」




朧は思わず目の前の男に身震いをした。
なぜなら、その男が朧を見てニタァと不気味にも笑ったからである。




「その時が来たら教えてやるさ。じっくり、とな」

「は……は?」




全く意味がわからないのに変な笑みを浮かべられる朧はもうちんぷんかんである。
自分の今までの発言で、なにかこやつを喜ばせることを言った覚えがないと思っている朧の頭には疑問符ばかりが乗っている。
そんな朧に反してさっきよりもずっと上機嫌になったぬらりひょんは弾むような声で言う。




「なんじゃ、祝言あげるのが楽しみでならないのう!!
フハハ、腕が鳴るってもんだ」

「そ、総大将……程々にしてあげてくださいね。
相手初心者なんすから…」

「んなこたぁわかってらぁ。
今までの遊びはこの時のためのもんだったんじゃな。
今納得した!」

「何言ってんですか、あんた…」

「くくく」




広間について入ってきた総大将がいつになく上機嫌で更には今までになく悪どい笑みをうかべるものだから、広間でワイワイしながら待っていた妖怪たちはきょとーんとする。




「総大将?如何したんです?随分と楽しそうですが」

「カラス…ワシは早う江戸に帰りたくて仕方ねぇぜ」

「は、はぁ…そうですか。
我々も同じではありますが……なにかあったんですか?」

「なぁに、朧をさっさとワシの妻にしてぇだけじゃ」




毎日のようにそれは聞いてはいるものの、ここまでの悪どい笑みを見せ上機嫌は初めてだ。
何があったのかと朧を見ても朧は相変わらず何処吹く風。
一緒に来た納豆小僧を見れば、総大将を見て呆れている様子。

全く持って意味のわからない事態に鴉天狗はただ、首を傾げるばかりであった。
















フッ、くく、ハハハ

え、ちょ、総大将?何一人で笑ってるんです!?

いかんのう……滾っちまう

何が!?



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