それからさらに数日の後…




「よぉ、朧姫」

「……………………」




毎度ながら悪びれなくニヤリと笑みを浮かべながら現れるこの妖に、朧は頭痛を覚える。




「鬱陶しいぞ、貴様」

「相変わらずひっでぇな」




いつも通りただ笑ったまま朧の毒をひらりとかわすぬらりひょん。




「なぁ、朧姫」

「なんだ」

「あんた、息がつまらねぇかい?」

「…………どういう意味だ?」

「ここに居て、息がつまらねぇか、と聞いたんじゃ」




ぬらりひょんからの突然の質問にきょとんとしたものの、朧はその意味を知り小さくため息をついた。




「つまらぬわけがなかろう。
こんな場所に縛りつけられて嬉しい者などいるか」

「じゃろうな。珱姫も息が詰まると言っておったわ」

「そうか」




だから、なんだと言うのだろう。
全くその質問の意図は読めない。




「朧」




今度は呼び捨てだ。
朧はちらりと流し目をやる。




「外に行くぞ」

「は?」

「それ、立て!」




目の前まで歩いてきたぬらりひょんは朧に手を差し出し笑っている。
朧は朧で、急展開すぎる事態に呆然としていた。




「早うせんか!」

「なっ、ちょっ」




動かない朧に痺れを切らしたぬらりひょんは朧の手を掴み引っ張りあげ、立ち上がらせると、そのまま横抱きにして庭へととび出た。
まさかすぎるその行動に当然、驚く。




「な、ま、待て!どこへ連れていく気だ!?」

「まぁ黙ってワシに身を任せておけ!」

「任せられるか!離せ!」

「そう言うなそう言うな!
もう珱姫は連れて行ってんだ、珱姫はあんたが来なきゃ寂しいだろうよ」

「なんだと!?
珱をどこに連れていったというのだ貴様!!」

「ぐえっ、お、おい朧姫!
首が絞まってるぞ!!」

「吐けこの妖怪が!!」




朧を抱えてる為に両手がふさがっているぬらりひょんは朧の両手で胸ぐらを掴まれていた。
思い切り締め上げている為に首が絞まってるらしい
朧もわざと首が閉まるように締め上げているのだが。




「落ち着かんか!まったく……大丈夫じゃ
あんたも今から同じ所に連れてくからのう」

「……あの子に何かあれば問答無用でその首貰い受ける」

「怖いのう、相変わらず」




大人しくしていればとりあえず珱姫と会えるだろう
朧ぬらりひょんは嘘をつく妖怪ではないと前言っていたのを信じ、そのまま大人しく運ばれることを選んだ。















そして着いたのは花街の遊郭。
ひとまずこいつをどう殺してくれようか。




「そんな射殺すような目で睨むな」

「射殺してくれるわ」

「ここはワシらが寝泊まりしとる場所じゃ。安心せぇ」




何をどう安心しろというのか、こいつは。
その後も変わらず射殺すように睨みつつ、中へと踏み込んだ。




そうして、たどり着いた一室。
その部屋の中からはどんちゃんどんちゃんと騒がしい声やら音やらが聞こえてくる。
ぬらりひょんはそれにニヤリと笑いながら襖を開け放つ。
当然、いきなり登場した人物に皆視線を寄越した。




「総大将帰ってきたぞ!!」

「総大将おかえりなせぇー!」

「おう、てめーら楽しんでるかい?」

「「「「もちろんでさぁ!!」」」」




中にいるのは、ぬらりひょんの下僕たち。
その声色や話の内容を聞く限り、随分とぬらりひょんは慕われているようだ。
まぁ、総大将とやらなのだから当たり前か。

開いていない襖の陰にいる私はそんなことを思いながら大きなため息を吐いた。




「総大将ー!一体どこに行っていたのですか!
珱姫様を連れてきたと思えばまた出ていって!」

「そう騒ぐな、カラス。
珱姫要望の姫を連れてきただけじゃ」

「は、姫?」

「妖様!」

「珱姫、ちゃんと連れてきてやったぜ?」




そしてぬらりひょんは後ろを見るも、一行に来ようとしない朧に苦笑い。
ひょい、と体を仰け反らせ朧を見た。




「なぁにやっとんじゃ。早う来んか」

「妖だらけの所に行ってどうする。珱を返せ」

「これは珱姫直々の頼みでのう?
あんたは可愛い妹の頼みを蹴るのかい?」




…………なんて卑怯な。
こいつは私が珱に甘いのを知っていてこんな言い方をするのだ。
ああ、もう本当に腹が立つ。




「総大将?誰と話しをされてるのです?」

「まぁ待て。ほれ、来い」

「…………………」




掴まれた腕をそのまま引っ張られ、開いている襖の前へと出された。
その瞬間、どんちゃん騒ぎだったこの部屋が一瞬で静まり返る。
代わりにと言ってはなんだが、箸やら盃からを落とすような音が聞こえる。




「な、な、な………だ、誰ですかこの方は…!?」

「こいつは珱姫の姉、治癒姫の姉姫 朧姫じゃ。
お前も知ってるはずじゃろう?」




どうじゃ、美しかろう。と何故か自慢げに紹介するぬらりひょんに朧は呆れる。
貴様が自慢する理由が全く理解出来ん。

しかしその紹介の直後、部屋はワァッと盛り上がった。




「これがあの日ノ本一と言われる美姫!!!」

「噂にたがわぬ美しさじゃ━━━!!」

「珱姫にも勝る美しさ!!」




静まり返っていた部屋がいきなり沸き立つのだから朧はうるさい妖怪たちだ、と心の中で愚痴る。

しかしその中でも一つだけ別の意味が含まれてるだろう視線があった。
その視線の元へ目をやれば、白い着物を着た綺麗な女妖怪が朧の全身を睨むように眺めていた。

なんだか、要らぬ嫉妬でも買っている気がする。




「どうじゃ、カラス」

「ま、まさかこれ程とは……
噂の一人歩きどころか噂以上……」

「じゃろう?」




だから、なぜお前が自慢げなのだ。




「姉様!」

「珱」




笑顔を浮かべて私に駆け寄り抱きついてきた妹をしっかりと受け止める。
珱よりも数センチ背の高い私を珱は見上げて嬉しそうに笑みを浮かべて見上げてくるので私も微笑む。




「すみません、姉様。
妖様が外へ連れ出してくれると仰ってくださったので…」

「よい。気にするな。外は楽しいか?」

「はい!とても楽しゅうございます」

「そうか…」

「くく、おぬしらが揃うとまるで天国じゃな?」

「ならばそのまま天に召されればよかろう」

「つれんのう…」




しかしぬらりひょんの言う通りあまりにも美しいその姉妹は二人揃うだけで異質な存在感を放っていた。
天女のように美しい姉と、花のように愛らしき妹。
噂はあてにならないと思っていた者も多いだろうが今回ばかりは噂通り、もしくはそれ以上だった。




「姉様、今この小さき妖たちに遊びを教わっていたのです!姉様もやりましょう?」

「遊びか」

「そりゃいいな!朧姫!一緒にやろうぜ!」

「…………納豆?」

「納豆小僧だぜ!」




どうりで納豆臭いわけか。
なるほど。




「ならば、どれ。やり方を教えておくれ、珱。
私もこういう遊びは知らなんだ」

「はい!これはですね………」




自分の下僕たちに混ざり遊びを始める姉妹姫にぬらりひょんは笑みを浮かべ、酒に手を付け始めた。




「という感じです!」

「要はあっちに向かって扇子投げれば良いのだな?」

「まぁ、そうですね!」

「珱姫も朧姫も間違っちゃいねーけど雑すぎねぇ?」
























▽▲▽▲▽




























妖怪たちに囲まれ珱と遊んでどれほどの時が経ったか。
いつの間にか警戒心はなくなり、小妖怪や珱と笑いながら遊びに興じていた。




「ふふ、楽しいでしょう?姉様!」

「そうだな。……なんだか、久しぶりだな。
こんなに楽しいのは」

「はい!」




その後、珱が高得点を叩き出して納豆小僧たちが大騒ぎしていた。
珱の運の良さは相変わらず凄いと思う。

本当に楽しそうに笑う珱が可愛くて、私は同じように微笑んでいるとふと聞こえてきたのはこかの妖怪たちの会話。




「まったく、総大将の考えてることは……わからん!」

「人間な女をこんな妖の集団の中に入れて酔狂な………」




それは、私もとても思うところ。
私が思うならば、逆も然りということか。




「後で肝を食うのか?」

「さて……………どーするつもりだ?」




そんなもの、私たちとで知らない。
ぬらりひょんのみぞ知る部分だ。
けれど前にぬらりひょんは肝など要らないとはっきりと以前私に向かって言った。
ならば、肝など喰う気はないだろう。

私はここに来るまでと、来てすぐの頃はなぜ私たちがここへ連れてこられたのかを考えた。
けれど、その理由だけはどうも分からない。
そして、私たちにこうして構う理由も。




そう考えていると、不意にぬらりひょんに名を呼ばれた。




「朧姫」

「?」




ぬらりひょんへ視線をやれば、しっかりと合った視線。
いつものように不敵な笑みを浮かべる彼に、意図せず胸が大きく音鳴る。




「ワシと夫婦になろう」












……………………………え?













上手く意味を理解できなかった私は黙ったまま呆然としていると、周りの妖怪たちがぬらりひょんに詰め寄り何かを訴え始める。




「ちょちょちょ
待ってください総大将ぉぉおおお!!」

「ん?」

「今なんと言いました!?この女は…人間ですぞ!!
人間なんぞと交わる気かあんた━━!!」

「ちょっと!!ぬらりひょん!!
この女のどこがいいのよ!見た目だけじゃない!!!」

「どわっ……そーいう問題じゃないぞ雪女!」




真っ先に異議を唱えた鴉天狗を押しのけてぬらりひょんへ訴える雪女にぬらりひょんはにやりと笑う。




「雪麗、この人はお前が思ってるよりよっぽどいい女だぜ」

「し…し…下の名前で呼ばないでよ…今は……
この…変態!!」




まるで他人事だが、朧は思わず名前を呼ばれただけですごい言われようだな。なんて思った。




「こりゃ雪女、総大将に向かってなんてことを」

「殺じでや゛る゛ぅぅぅぅ!!死ねばいいのにぃぃ!」

「うわぁああああ鴉天狗が雪だるまにぃぃぃぃぃっ」




雪女はこの部屋を飛び出していき、鴉天狗とやらはパキーンと雪だるまになった。
宴の騒がしさではない騒がしさだ。




「あ、姉、姉様!」

「?」




名を呼ばれ、隣りの珱を見ると何やら興奮したように頬を染めながら私の腕にしがみついていた。




「流石ですね、姉様!
まさか妖様に求婚されるなど…!」

「求………婚………」

「はい!」




求婚ってなんだっけ。
朧は場違いにもそんなことを考えた。
どうやら人は、驚きが過ぎると思考を放棄するらしい。

しかしそんな朧など知らずに、ぬらりひょんはまた朧の名を呼んだ。




「朧姫」

「…………」




恐る恐る、珱からぬらりひょんへとまた視線を戻せば彼の金の瞳が自分を射抜くように真剣な眼差しで見てくる。

ああ、まただ。
動悸が激しくなる。




「あんたは特別な存在だ…
ワシはずっとあんたを見てきたがその思いはいや増すばかりじゃ…」




ドクン

ドクン




まるで全身が鼓動してるかのように。
全身に響いている心臓の音。
顔に、熱が集まっていく。

何故か、先の言葉に期待している自分がいる。




「平たくいやぁ、あんたに惚れた!
朧…ワシのおんなになれ!!」




ドクンッ




一番大きな音を立てた。




「っ、っ、」




隣りの珱は顔を赤くして私とぬらりひょんを交互に見ていて、興奮してるらしい。
私はこれ以上ぬらりひょんを見つめることなどできなくて顔を逸らし、珱の方へと体ごと向き直し熱くなった頬に両手を当てた。




「め、めおと、など…!」




なんだ、なんなんだ。
これでは本当にハンコック姉様と同じではないか!
ならば私がこの男に惚れてると、言うのか!?

『惚れてる』と思えば、やけにストンと胸に落ちてきたがそれを認めるわけにはいかない。
私は男が嫌いなはずなのだ。
なのに何故、男に惚れる。
女の惚れるつもりは無いが、男など、男など…!




「あ、姉様… 」

「よ、珱……私は………どうしたらよい、のだ?」

「………………姉様可愛いッッッ!!!!」

「きゃあ!?」




ガバッと勢いよく抱きついてきた珱に思わず押し倒されてしまった。




「おい、珱姫。朧姫はワシのじゃぞ?」

「ダメです!やっぱりダメです妖様!
姉様は渡せません!」

「なんじゃと!?それこそダメに決まっとる!
朧姫はワシんじゃ!」

「いつもあんなにもかっこいい姉様がこのように可愛らしいなんて…!」




大好きです姉様ー!と力いっぱい抱きついてくる珱姫に朧は戸惑いつつその背に手を回し受け入れる。
体を起こしつつ、そして照れくさそうに笑うのだ。




「私も珱が大好きだぞ」

「っ、嫁になど行かないでください!!」

「あぁ、どこにも行かぬ」

「そりゃ無理じゃな。あんたはワシが貰い受ける」




ぬらりひょんの言葉にまた顔を赤くする朧
それを見て嬉しそうにぬらりひょんは笑った。




「妖が、人を嫁になど…
おかしな話だとわからんのか貴様は」

「まぁ聞かねぇ話だがからっきしねぇ話…ってこたぁねぇさ。人と交わるから半妖がいるんじゃ」

「そ、そんなものは知らん!!」

「ならば、知れ。朧」




どこか力強く言われたそれに朧は押し黙るとぬらりひょんは静かに言葉を続けた。




「朧、ワシと夫婦になれ。ワシの子を孕め」




至って真剣に言われたその言葉に朧はこれでもかと顔を赤くし、珱姫の着物に顔を埋めた。
珱姫も珱姫で、その言葉に頬を染めていた。

なんとも初な姉妹姫にぬらりひょんは機嫌良さそうに笑い声をあげる。
周りの下僕たちなど放置だ。




「大将

「んぁ?なんじゃ、狒々」

「女口説いとるとこすまんが、そろそろ時間だぜ?」




そう言われ、外へ目をやると確かに空が白ずんで来ていた。




「…そのようじゃな。どれ、二人とも屋敷に戻るぜ」




ぬらりひょんはそう言って抱き合う姉妹を一旦離すと両手に二人を抱えた。
突然の浮遊感に姉妹は驚きで小さく悲鳴をあげる。
そしてあまりの不安定さからぬらりひょんへとしっかりと掴まった。




「そのまましっかり掴まっとけ。
落とす気なんぞねぇが万が一ってのがあるからのう!」

「は、離せ!」

「なんじゃ、もう嫁入り決心してくれたのかい?」

「こ、この…!」

「いでででで!髪を引っ張るのはナシじゃ!!」




二人の会話に珱姫はクスクスと笑い、ぬらりひょんは美姫姉妹を抱えその部屋を出ていった。
部屋にいる下僕たちの多くは、ただただ、総大将の求婚に未だに驚きに浸るばかりだった。



















屋敷に着き、珱姫はぬらりひょんに礼を言うやいなやパタパタとさっさと奥へ行ってしまった。
抱えられてる間もずっとあくびを押し殺してるところがあったからだいぶ眠いのだろう。
まぁ、今から寝ても数時間程度しか寝れないだろうが。




「………帰さぬのかと思ったがな」

「本心言やぁそうしたいところだがワシは嘘をつく妖じゃねぇからのう。珱姫に夜明けには返すと約束してた」

「………そうか………世話になったな」




背を向け、歩きだそうとすれば背後から覆い被さるようにふわりと抱きしめられる。
両手を重ねるように、片手は指の間に指を入れ握り、もう片手は腹へ腕を回している。
ぬらりひょんの温もりが、じわりと背中を温めた。




「なぁ…一緒になろう。ワシはやがて天下を取る…
その為にはお前が必要なんだ」

「っ」




女とは全然違う体。
固くて、逞しいそれに収まったはずの熱がまた頬へと集まる。




「…私の力が欲しいのなら、諦めろ」

「…ワシはあんたの力が欲しいわけじゃねぇ」

「貴様が一体私の何に惚れたというのだ…
私のことなど何も知らぬくせに。
そんなものただの気の迷いだ。
人間の私が貴様の傍にいたところで天下など取れん」

「いいや、取れる」

「貴様のその根拠の無い自信は理解出来んな」




人にしては強かったとしても、結局は人と妖。
私たちは、根本から違うのだ。
何故それを、この者はわからんのか。




「夫婦の件も、今のが答えだ」

「いいや、今のは答えじゃねぇな」

「は…?」

「それにいきなりの話じゃ。
そう直ぐに答えだせとはワシも言わん。
だから今宵、また来る」

「!な、っ、く、来るな!その話はこれで終わりだ!」

「一日じっくり、ゆっくりと考えろ。
今日一日、ずっと、ワシのことだけをな」




ニヤリと笑い、ぬらりひょんは「じゃあのう」といつものように去っていった。
きっとぬらりひょんのことだ。
来るなと言ったところで、そんなもの聞かずに来るだろう。

朧は胸元の着物を、無意識のうちに握りしめた。


























この高鳴る胸は、一体なんだというのだ

私は、『恋』など……しておらぬわ



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