▽ 19
その日の夜、一難去った我が家はなんとも言えぬ疲労感が漂っていた。
「みんなお疲れだな」
「まぁ、小妖怪たちにとっては本当生きるか死ぬかの問題だったからなぁ」
「おじいちゃんとお父さんはピンピンしてんな」
「そりゃ俺ら"ぬらりひょん"だしな。
バレることはあんまねぇし、あの子相当鈍感っぽかったから普通に過ごしてただけだぜ」
私は父と疲労困憊と言いたげに畳に手足を投げるみんなを眺めていた。
そんな彼らにおじいちゃんは情けないだのなんだのと言っている。
それに木魚達磨はそんなおじいちゃんに同意するように人型でない妖怪は人型になれだの首切れてるやつはくっつけろと言った。
わりと無理難題言ってるよね、達磨。
「青に黒!お帰りなさい!晩御飯できてますよ!」
ふと雪女の声が聞こえた。
部屋に籠ってガタガタ震えていたらしい雪女はいつになく見ないレベルの上機嫌さを見せている。
「おかえり、青、黒。お疲れーい」
「お嬢!」
「銀華様」
部屋に入ってきた2人は私に鴆の家どこまで直した、俺はどこまで直した、ここを直した、と相変わらず訳の分からん競走をしている彼らの話を聞いていた。
「そりゃー大変だったね。まぁほぼ全焼だったらしいからやりこといっぱいでしょうな」
「ええ、鴆様から指示を受けながら建ててはいるんですが元の屋敷を我らはほとんど知らないので難しく…」
「頑張っちゃあいるんですがねぇ…
なんせ鴆様、拘り強くて大変なんすよ」
「あー」
思わず納得した。
確かにあの人そんなところ、あるわ。
「ま、とりあえず飯食べよう」
「はい」
「働いたから腹減ったなぁ!」
それぞれ席につき、挨拶をしてご飯を食べる。
おかずを食べて米も一緒にかっこんで、そこでようやくあることに気づく。
「あれ、お父さんリクオは?」
「ん?…そういやいねぇな。
まぁ自分でわかんだろ。放っとけ」
「リクオの分全部食っちゃろ」
「いやそこは姉として残しておけよ」
▽▲▽▲▽夕飯終えてテレビの前でゴロゴロしていたら(牛になるとか言うな)、なにやら向こうが騒がしい。
気にぜず毎週欠かさず見てるドラマを見ていたのだが、どんどん騒ぎが大きくなりテレビの音が聞こえなくなってきた。
「リクオお前ェこれの意味がわかってんのか!」
「わかってるよ!
わかってるから父さんに聞くんでしょう!?」
「リクオ様何ですかこれは一体ぃ〜!!
どういうおつもりか〜!!!」
一体リクオたちが何騒いでるのかは知らんが、短気な私の限界が訪れる。
「お前らうるせぇんじゃボケェェ!!!
今ドラマの大事なシーンなんだよ
騒ぐなら外でやれやァァァ!!!!」
「グフォォォォッ」
「鯉伴様ァァァ!!!!!」
私は思い切りお父さんの横っ腹に飛び蹴りをかます。
当然、不意をつかれたお父さんは私の蹴りがモロ入り吹っ飛んで庭に落ちた。
近くにいたらしい鴉天狗は叫び、リクオはびっくりして固まっている。
「銀華様ァ!!鯉伴様になんの恨みが!!?」
「うるせぇつか、なんの騒ぎだってのよ」
「……い、イッテェじゃねぇか銀華…
…てかなんで俺蹴られたんだ……」
横っ腹抑えてのそりと戻ってきたお父さん。
相手をお父さんにした理由は特にない。
騒いでいたやつの一人、というだけ。
別にリクオでも良かったが普通的のでかい方を狙うだろ。
とりあえず、騒いでいた理由を聞くとお父さんがひらりとある紙を私に突き出して来てそれを反射的に受けとり、目を通す。
内容は至って簡単。
リクオが3代目を継がぬ、という宣言書であった。
「リクオなにこれ」
「なにもこれも、宣言書だよ。
鴉天狗これを直ぐに全国の親分衆に廻して欲しいんだ!じゃないと…カナちゃんたちが助からないんだよ!!」
………ん?カナちゃんたち??
「な…なりません!!
いくら何でもそれは出来ません若ー!!」
「なんかよくわかんないけど駄目だよリクオ」
「姉ちゃんまで!!なんでよ!!?」
「これ流したら私が継がされる可能性高まっちゃうでしょーが」
「なにその自己中な理由ッッ!!」
こんな時まで自分の為なの!?とリクオは私を睨みつけてきたが全然怖くない。
なんか、子犬がおっかなびっくりでふるふる震えながら睨みつけてきてる感じに見える。
「では…あの時の宣言はなんだったんですか?」
エッ鴉天狗泣いてる……!?
「そ…それは…悪いけど本当におぼえてなくて…」
「みそこないましたぞ若ー!!うぇ━━ん!!」
「いーけないんだいけないんだ!リクオが鴉天狗泣かした!先生に言っちゃおーっと!」
「先生って誰だよ!?
っておぼえてないんだから仕方ないでしょ!?」
「てかよ、銀華に蹴られた所真面目に痛てぇんだが……」
するとおじいちゃんが騒ぎを聞きつけてきたのか、後ろに猫の妖怪を連れて来た。
「話はきいたぞ。リクオ、こっちに来なさい。
鯉伴と銀華も来い」
「え、私も?」
「あぁ、お前もじゃ」
そのまま私らは珍しく真面目な様子の祖父に黙ってついていき、座敷に着くと祖父は回状を読みそれを勢いよく破り捨てた。
「あっ、何すんだじーちゃん!!」
「それはこっちのセリフじゃこのバカ孫め!!」
なにかと私たち孫に甘いのに、ましてやリクオに対してこうも怒るおじいちゃんは珍しい。
というかこの様にちゃんと怒るおじいちゃんが珍しい。
「昼間は陰陽師連れてくるし…
ワシら妖怪を破滅させる気か!!」
「しかたないだろ!!
妖怪が"悪い"からいけないんじゃないか!!」
「何ィィ!?」
ヒートアップしていく2人。
このまま2人に話をさせても確実に話は進まない
私と父は同じようにため息をついた。
本当、そっくりだこの2人。
「親父、リクオ、ちょっと落ち着けって」
「そうだよリクオ、そんなにおじいちゃんを怒らせたら高血圧になってぽっくり逝くよ?
んな事なったら葬儀代どーすんのよ」
「オイ銀華コラ…
お前ワシのことどんだけ殺そうとするんじゃ」
「姉ちゃん……」
二人から非難の目を向けられた。
いや、リクオは非難っていうより心底呆れた感じだけど。
しかしなんとか冷静になったようで、それ以上さっきのようにカッとなって騒ぐことはなくなった。
そしてリクオは一息つくと、おじいちゃんを見る。
「…ボクあんなヤツらがうちの組にいるなんて知らなかった。何やってるんだよじーちゃん!
あんなのがいるから、だから…妖怪一家なんて嫌なんだ!」
最低だと、リクオは言った。
…………何の話??
なんか旧鼠組がうんたらかんたらって言ってたけどさっき。
「それは違いますぜ!!若ぁ!!」
「……?誰?」
「奴良組系『化猫組』当主 良太猫でございます。実は…本当に一番街を総大将からあずかってんのはワシらなんですわ…リクオ様」
良太猫は預かるまでの経緯を話した。
話はおじいちゃんがこの街に居座る前からの話でそれはそれは随分と前の話。
リクオはその話を静かに聞くと、良太猫はそのまま話を続けた。
良太猫たちはおじいちゃんの顔に泥を塗らぬよう、『畏』を傷つけぬよう営みをしてきたのにいつしか突然現れたネズミたち。
そのネズミたちに急速に街を変えられてしまい、今じゃあそこをいいようにされてしまっているのだという。
だからどうか、助けてくれとリクオに頼み込んだ。
けれどリクオは頼みを受けれずに自分なんかが何が出来るのだと言う。
自分は人間で、だから回状廻して友人を助けることしか出来ないのだと、訴えた。
「奴らの言うことを信じちゃダメだ!!」
「え!?」
「やつらは…自分らの欲望でしか考えねぇヤツらだ!!」
何も分かってないリクオに私はでかいため息をつくと、不思議と私に視線が集まり、それを気にせず私はリクオを見た。
「リクオ。君はどんだけピュアなの?
真っ白なの?ピュアオなの??」
「姉ちゃん…?」
「あのねぇ、話を聞く限りじゃ旧鼠ってのは汚ねぇネズミで、薄汚いことも平然とやるやつなんだろ?そんな奴が書状書いて回したら『はい人質返します』?甘い。砂糖の砂糖漬けより甘い」
「いやそれただの砂糖……」
「そういう奴の立場で考えろよバカオ。
少なくとも、私が旧鼠なら回状回したら用済みってことでリクオを殺して人質も殺すね」
旧鼠とか言うやつじゃなくても、汚い奴ならみんなそうするだろうよ。
もっと汚けりゃ、もうとっくに人質は殺されてる。
「なっ、姉ちゃん!」
「お嬢の言う通りです!殺されるのがオチだ!
あんたぁ…いいように利用されてるだけだ!!」
話を聞いていたおじいちゃんは、記憶の中から旧鼠組というのを思い出したのか、たしかに昔旧鼠組というのもいたがあまりにも酷かったため早々に破門したヤツらだと言った。
この寛大なおじいちゃんが言うんだ。
相当なんだろう。
「リクオ言いなりになってるんじゃねーぞ!
情けねぇ。てめーのことだろうが…
ケジメつけたらんかい!!」
「そんなことボクに言われたって
ボクには力なんかないんだ!!ボクには……」
その瞬間、リクオがなにかに気づいたようにハッとした。
「若っ、3代目を捨てるってことは…
下僕たちを見捨てるってことですぞ!!」
「う…うるさい!!違う…ボクは…」
「若」
「───────」
ザァッと一風吹くと、リクオの姿が変わった。
「わ…若…?」
「カラス天狗…みなをここに呼べ。
夜明けまでねずみ狩りだ」
その言葉に、鴉天狗は感涙流さん勢いでどっかにぶっ飛んで行った。
鴉天狗ちっさいから速いな、飛ぶの。
「やぁっとかい、手を焼かすバカ孫が」
「でかくなった分本当親父そっくりだなぁ、本当」
すごく嬉しそうな祖父と父。
良太猫はいきなりの変貌に目を丸くさせていた。
てか今更だがおじいちゃんの若い頃ってこんなんなの?
「………姉貴」
「へ?」
ボーッと考えていたら、いつの間にか目の前にいたリクオ。
「姉貴も来いよ」
「……なぜに??」
突然そんなこと言い出した弟に私は疑問しか浮かばない。
「俺は甘ぇんだろ?
なら、隣でそれが過ぎねぇよう見守ってろよ」
「いやお前もう12なんだから汚ぇ自分のケツは自分で拭けよ」
「あんたって時々口悪くなるけどそれなんなんだよ。しかも下品だぜ」
「私の元を作ったら奴らが下品の塊みたいな奴らだったからそりゃもう仕方ない」
父の隣に座る私に手を差し出したリクオは祖父たちに似た不敵な笑みを浮かべていた。
「つべこべ言わずにさっさと妖怪になれよ姉貴」
「いや面倒臭いし勝手に行け」
「仕方ねぇなぁ」
そう言うと、また距離を縮めてきたと思えばリクオは私の目を隠すように手を当てる。
なんだ?と不思議に思っているといきなり身体がドクンと鼓動し、熱くなった。
この感覚は、妖怪化する時のモノだ。
「おお」
「でかくなってから妖怪になった銀華見るの初めて見たな」
おじいちゃんとお父さんが強制的に妖怪化させられた私にそんな言葉をこぼす。
「……コノヤロウ」
「やっぱりな。
オレと同じ血が流れてりゃ、ちょっとオレの妖気当ててやれば触発されやがる。
ちょろい女だ」
「よーし、そこに直れ愚弟。旧鼠の前にテメェからぶっ飛ばしてやらァァァァ!!!」
「お嬢ォォォォォ!!!!!」
いつも持ってる木刀振りあげたら、良太猫が私に飛びついてそれを止める。
「行くぜ、姉貴」
「……はぁ。
仕方ない、今回は大目に見てあげる。
次やったらこの木刀お前のケツにぶっ刺す。
お姉ちゃんがリクオのバージン貰っちゃうゾ」
「………………姉貴………あんたな………」
「おら、さっさと行くんでしょ。
鼠ホイホイばらまいて焼却処分しようや」
いつの間にか自分よりも前に出て庭に出た、木刀担いだ自分によく似た姉にリクオは笑みをこぼす。
「頼もしい姉貴でオレァ嬉しいぜ」
「銀華!」
「あん?なにさお父さん」
「お前さんの刀だ」
「いらん」
「は?」
父の手にあったのはひと振りの刀。
どうやらドスでないらしい。
まぁ、私ドスよりは普通の刀の方がいいから嬉しいけど。
「ネズミにゃ、んな大層な刀なんざ要らんよ。
木刀こいつで十分だ」
私の刀を振るうほどの、相手なんかじゃない。
そうして、リクオと私は百鬼を連れて家を出た。
アッッッ!
どうした、姉貴。
ドラマ見るの忘れてたァァァァァァ!!!!
…………再放送で頑張れ。
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