▽ 16
今日は連絡事項も全くなくHRが早く終わったことにより、クラスの解散が早かった。
だからいつもなら乗れない電車に乗ることができ、いつもより少し早い帰宅ができた。
「おお、銀華おかえり」
「たでーま、おじいちゃん」
玄関先にいた祖父に挨拶を済ませると、いつもの優しい笑みを浮かべるおじいちゃんはおう、と言葉を返す。
「そうじゃ、今ちょうど鴆が来とるぞ。
挨拶してくるといい」
「え?鴆来てんの?」
「うむ」
「死にかけの貧弱鳥が何しに来たんだ?」
「随分な言い様じゃな……」
優しい笑みから一気に苦笑いに変わってしまった。
まぁ、とりあえず挨拶だけ行くわー。とおじいちゃんに言って私は荷物だけ置きに自室へ戻りすぐに鴆の待つ部屋へと向かった。
「鴆〜、邪魔するよ〜」
一言声をかけてから障子を開けると、中には当然、目当ての人物が待ち構えていた。
「お嬢!お久しゅうございます!鴆でございます」
「あー、ハイ、知ってマス」
「見ない間にまたお美しゅうなられまして!」
「……ねぇ、めっちゃゾワゾワする。
その話し方やめね?キモイ」
「ははっ、悪い悪い!
っておい。気持ち悪いはないだろ!」
「いやいや、キモイから」
彼は鴆一派の頭首の鴆。
私やリクオからしたら義兄弟のような人なのだ。
それを抜きにしていえば、彼は私やリクオの幼馴染でもある。
小さな頃に彼がこの本家に来た時はよく遊んでもらったのを覚えている。
その度にどんなきのこはダメか、この葉っぱは何に効く、と色んなことを教えてもらった。
前世の記憶もあるから割と知ってる物多かったけど。
「にしても、世辞なしに本当銀華は見ない間に目玉飛び出るくらい美人になっちまったなぁ!」
「飛び出たら投げ返すからいつでもこいや」
「普通に返してくれや」
昔と変わらぬこんな会話に、二人して思わずふはっと吹き出した。
「ま、変わりないようで安心したぜ」
「そうかい。鴆はいつ死ぬの?」
「相変わらずお前失礼極まりねぇなオイ」
「相変わらずお前は苔生えたみたいな頭してんな」
「容姿はいいのに本当銀華って中身残念だよな」
「そうやって人間も妖怪も外見で騙されて最後には泣くことになるんだよ」
「一体何があったんだよお前は」
心底呆れたようにツッコミを入れてくる鴆。
鴆も昔と全然変わらないようだ。
「……体調は大丈夫なの?」
「まぁ、ボチボチだな。
そもそも、これに関しちゃ自前の毒だ。
どうすることも出来ねーさ」
「それもそうか」
"鴆"というのは成人すると自分の中で毒を生み出す毒鳥で、その毒は猛毒故に、他者はもちろん自身の体さえも蝕む。
だから"鴆"というのは長い時を生きる妖怪の中でもとりわけ短い命だ。
儚く、そしてとても弱い妖怪でもある。
「んで、あんたがここに来たのは?」
「総大将と二代目にリクオと話してくれってな」
「あー……そういう事ね」
三代目の継承の件に未だに断固拒否の姿勢を崩さないリクオ。
それを見兼ねた二人の策だろう。
……果たして二人が望む結果になるかは微妙だが。
「俺はリクオに三代目を継いで欲しいって思ってんだ」
「へー、そらまたなんで」
「そりゃ、お前はリクオの姉だが女子だしな。
それにお前は総大将って柄じゃねぇだろ!」
ははっ、と笑いながら言われた。
確かにそれは認めるが…
なんか笑われながら言われると腹立つわ。
「確かに私、継ぐ気ないけどさ」
「お前は自分で自由にやりたい奴だろ?」
「そうだねー。好きに動ける方が楽じゃん」
何事も自由がいいよー、と笑えば鴆は釣られるようにクスリと笑った。
「総大将もリクオを推してるみたいだからな、銀華には好きに生きさせるつもりか?」
「どうかねぇ。
候補にはかろうじて入っちゃってるみたいだしぃ」
「そうなのか?」
「まぁね。私自身リクオ推しだからあれだけど」
候補にあがる者が別の候補を推してるというのはなんとも変な状況だけれども。
そんな会話をしていると、玄関の方からリクオの騒ぐ声が聞こえた。
お。どうやら、リクオのご帰宅だ。
「お、リクオ帰って来たみたいだし、私行くわ」
「おう。んじゃまたな」
「死んだら骨は仕方ないから拾ってやんよ」
「だから縁起でもねぇことを言うな」
その数分後、その部屋でリクオと話していた鴆が盛大に吐血して大変なことになったらしい。
▽▲▽▲▽「は?妖銘酒?」
鴆吐血騒動の後。
リクオに妖銘酒はどこで手に入るのだと聞かれた。
「鴆くんに謝りに行きたくてその手土産だよ」
「謝りにってなにかそんな粗相したの?」
「鴆くん今回じーちゃんと父さんに呼ばれて来てたみたいでさ。体弱いのに無理させちゃったから」
あっけらかんと、言うリクオ。
私はその言葉に、ポカンとする。
「姉ちゃん?」
「……いやなんでもない。
…妖銘酒ね…私用意してあげんよ」
「いいの?」
「うん、どうせ暇だし」
「ありがとう!」
そう言ってここを去るリクオに私は呆れた顔をするしかない。
無理させちゃった、ねぇ。
「のぉ、銀華」
「!!?…お、おじいちゃんか…びっくりしたぁ」
「ガッハッハッ!いいリアクションじゃな……
ま、それよりあのリクオの考えについてお前さんならどう思う?」
「んー」
難しい顔をしてる祖父。
祖父がこういう顔をするってことは、リクオのあれが相当気に食わないんだろう。
「…病弱な鳥にせよ『鴆』は代々うちに仕えてくれてるしねぇ。それに別にあれは自分の毒で吐血してるだけだし、てかそれが当たり前で生きてるわけだし?妖怪にしては随分と短い命を奴良組の為に使おうとしてくれる『鴆』の覚悟をリクオのあれは侮辱してる様にも見えるな」
「…うーむ、リクオより銀華を三代目にこれから推薦した方が良いかのう?」
「は?ふざけんな。
リクオ推しならとことん推し突き通せ」
「そこまで嫌がらんでもいいじゃろ…。
しっかし銀華とリクオ、なんでこうも違うのかのぉ。
銀華はこうもちゃんと分かっとるんにあいつはなぁんも解っとらん!」
そりゃリクオの『いい人』のある意味悪い部分だろうな、これは。
あとリクオは妖怪のことを何も知らない。
私はなんか知らんけど鴉天狗に子供の頃教えこまれたから(ほぼ居眠りしてたが)そこそこ知ってるけどもね。
「つったってそれを私に言われてもね?」
「そりゃそうなんじゃがの……」
はぁ、とたまたまだろうが私たちは同じタイミングでため息が出た。
「そうだ。
おじいちゃん妖銘酒って持ってたりする?」
「ん?持ってるが…それがなんじゃ?」
「それちょーだい」
「………酒飲むんか?」
「リクオこれから鴆のとこ行って謝るんだとよ。
その手土産に持ってくらしい」
「ハァ!?………なんじゃあ、あのバカ孫が!」
いやだからね、そう私に言われても。
「まぁ、心配性の鴉天狗あたりも着いてくだろうから…最悪の場合も何とかなんじゃね?」
「………相変わらずテキトーじゃのう、お前さん」
「んな気張って生きてても疲れるだけだって」
「…はぁ。持ってきてやるからちと待っとれい」
「あいよー」
とりあえず、鴆とリクオの間に特になにもなけりゃいいけどね。
ほれ銀華、妖銘酒じゃ。
サンキューおじいちゃん。
礼は今度酌でもしてくれりゃあいいぞ。
ヘイヘーイ、じゃあする時声掛けて。
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