▽ 12
あれからさらに数年が経ち、リクオは中学生に、私は高校生になった。
「今年も………また駄目か?……」
「駄目ですねぇ…………」
「では早朝までおよびましたが…
今回の会議でも、奴良リクオ様の三代目襲名は先送りということで……」
大部屋では昨夜から行われていた総会に集まっていた妖怪たちがいた。
「ぐぬぅぅぅ〜、誰も賛成してくれん……」
「そりゃもう清々しいほどにな…はぁ」
「仕方ありませんよ…総大将、二代目。
普段の若が…あれでは」
木魚達磨の指さした先にいたのは数年で成長したリクオの姿があった。
地元の中学、浮世絵中学の制服に身を包んでいる。
「なんで…アレ以来変化せんのかの〜」
「『あの時』は立派な妖怪になるものと思いましたが…」
「一体何が悪いんだろうなぁ」
「あ、おじいちゃんに父さん、また会議?」
悩む祖父たちなど知らず、トタトタと近寄ったリクオは笑顔でぬらりひょんに言う。
「ダメだよ!悪だくみばかりしてちゃ!
ご近所に迷惑かけないよーに!」
「う…厶…」
「父さんもね!」
「別に俺はそんなことしてないだろ?」
リクオは広間から出てきた祖父と父にいつもの様に駆け寄った。
「朝っぱらからリクオは元気だねぇ」
「あ、おはよう姉ちゃん!
ってちょっと制服着崩しすぎでしょ!!」
「ぐぇっ!!!
ネクタイ締めすぎだっつーの!殺す気か!!」
そこへ高校の制服を着て現れた銀華。
グダグダに着崩しているのをリクオは怒ったように姉に駆け寄り、ネクタイをぎゅっと締めた。
「もう!姉ちゃん高2でしょ!しっかりしてよ!」
「人生楽しむためには童心忘れるべからずだぞ!!」
「中身子供のまんまおっきくなってんじゃん姉ちゃんは!!」
全くもう!とどこかプンプンしながら早すぎる登校をしていった、我が弟を私は見送る。
とりあえず、締められたネクタイをいつものように緩めよう。
「うーむ、むしろ『立派な人間』になってる気がしますなぁ…」
リクオを見送ってガックリと項垂れた祖父と苦笑いをする父。
どうやら今日も会議でリクオの三代目襲名がまとまらなかったらしい。
「ま、おはようさん銀華」
「グットモーニン、お父さん」
「銀華〜、ワシャあどうすりゃええんじゃ〜」
「知らんがな」
あれ以降、一向に変化する様子のないリクオ。
祖父はリクオに期待しているからやはり三代目にしたい気持ちが強いようで、変化しないことにモヤモヤしているらしい。
「…………」
「なに?おじいちゃん」
私を見上げる祖父にこてんと首を傾げてそう尋ねてみた。
「今銀華はいくつじゃったかの?」
「16」
「でっかくなったもんじゃのう」
「おじいちゃんが縮んでるだけじゃん」
「顔可愛いくせに口は可愛くないのう、相変わらず」
呆れたようにおじいちゃんがそんなことを言い、私はふわぁと欠伸をひとつする。
滲んだ涙を拭うとポンと頭の上に乗った誰かの手。この手は、お父さんの手だ。
「銀華の生意気さは昔っから変わんねぇよ。
な、銀華」
「いや私事実しか言ってねーわ」
おじいちゃんも鴉天狗も縮んでるのは間違いないでしょーが。
……今鴉天狗関係ないけど。
「銀華様はまだ学校へは?」
「いやあのね、木魚達磨。まだ時間余ってるからね?ただリクオが異常なだけで」
こんなに早く行くなんて普通じゃないからね。
普通はこんな早くに家は出ません。
「にしても、リクオの奴ァ雑用みたいなこと先陣切ってやるなんて変わってるよなぁ」
「なんか知らないけど"いい人"に徹してるみたいだしね」
「そんなことしなくとも銀華みたく普通にしてりゃ群衆に簡単に紛れ込めるだろうにな?
むしろアレ、ある意味目立ってると俺思うんだが」
「それな」
おじいちゃんやお父さんたちと一緒に居間に戻るとお母さんがいた。
優しく微笑むお母さんは本当若いな。
「あら、おはよう銀華」
「おはよーお母さん」
「ご飯は?」
「食う」
「食うじゃなくて食べる、だろ?」
「あんたは私の母親かっ」
「父親だっつーの」
裏手を決めてやったら裏手返しされた。
「仲ええのう」
「交ぜて欲しいのかい?親父」
「いや別にそういう意味で言ったわけじゃねぇ」
「そういえば、おじいちゃんの後頭部おはよう。
今日も後頭部元気そうでなによりだよ」
「後頭部元気そうってどう意味じゃ。つーかワシの後頭部に挨拶してる意味わからんわ」
お父さんは可笑しそうに俯きながらくつくつと笑う。
「はい、銀華ちゃん!召し上がれ!」
「ありがとーお母さん。いただきまーす」
The和風な朝食。
味噌汁から手をつけ、いつもの味にほっと一息。
「美味い」
「ふふ、ありがとう銀華ちゃん」
「そういやぁ銀華って料理しねぇよな。
花嫁修業って事でやってみたらどうだ?」
「別に今の状況でも人で足りてんでしょ。
手伝う意味よ」
「だから花嫁修業。嫁にやるつもりねーけど」
「どっちだよ」
嫁に出すことに意欲的なのかそうでないのか意味わからん。
「確かに銀華の手作りは食べたことないかもしれんのぉ。というか台所に立ったことあるのか?」
「立ったことくらいはあるわ」
「絶対それ立っただけだろ」
そうだよ。
こっちの世界じゃStandの方だけだよ文句あっか。
「じゃあ、銀華ちゃん今日帰ってきたらやってみる?お料理!」
「え、だるいからパス」
「いいからやってみろよ、な?
出来て困ることじゃねーんだし」
いや、私普通に料理出来っからな。なめんな。
前世で普通にやってたから。
銀よりぶっちゃけ上手いから。
「却下〜」
「却下を却下」
「しつこいなお父さん」
「銀華の手料理食いたいしな」
……え、面倒臭いんですけどこの人!!!
「親父も食いたいだろ?」
「そうじゃのう」
「え、むり、やだ、めんどくさ」
「お前のめんどくさいってのを聞いてたらなんも出来ないからな。ってことで今日の夕飯よろしく頼むぜ?」
片目を閉じていつもの笑顔。
相変わらずイケメンだこと……
「はぁ……わかった、OK、下剤入れとくわ」
「いやいやいや、ノロウイルスみたいに全員厠に駆け込むことになるからやめろ」
「ちょっとしたイタズラじゃん?」
「だからお前のイタズラ タチ悪いわ」
モグモグとおかずと米を口の中に入れて咀嚼する。
普通に一回作ってやればいいか、とも思うけど多分作って美味しかったらまた作って!となり恐らくエンドレスパターンだと思うんだこれ。
「まぁ、気が向いたらね」
「向くことあんのかい?」
「きっといつかあるよ。……50年後とか」
「手料理ひとつ食うのに半世紀待てと」
朝食を食べ終わり、両手を合わせて挨拶を済ませる。
食べ終わったのはお母さんがさげてくれるそうなのでそのまま。
「……あーもう分かった!
作る、作るけど、二度目はない」
「なんだその無駄にかっこいい言い方」
「気がのった時しか料理は作らない!今回は特別ね」
「……そう言うってことは、腕前には自信がありそうだな?」
「銀華さんちょー上手いからな、料理」
「最近の子達は出来るって思ってて出来ない奴が多いって聞くぜ?銀華もそのタチか?」
んだとコラ。
「腹洗って待ってろコノヤロー」
「首だろ、それは。
なんで腹洗うんだよ切腹でもしろってかい」
「さてと、歯でも磨くか」
「無視か」
かまちょな父親との会話を切りたい時はスルーが一番なのである。
フワフワな髪の毛を揺らして居間を後にした。銀華に鯉伴は、楽しそうに笑ったのだった。
その日の夕方に出た銀華作の一品は、びっくりするほど美味しかったそうだ。
銀華また作ってくれよ?
銀華の料理ワシャあ気に入ったぞ。
うるせーよジジイ共。
姉ちゃんがあれ作ったの!?
凄い美味しかった!
はいどーも。
また作ってよ!
三代そろってやかましーわ。
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