▽ 08
「はいよ、これで手当終わりだ」
「どうもありがと、鴆」
先ほど、突然本家に呼び出しをくらった鴆が朧車にて最速でやってくるやいなや怪我の手当をしてくれた。
私の左肩にぐるぐると巻かれた包帯。
この世界で初めての包帯だ。
てかぶっちゃけこのレベルの怪我は確かに痛いっちゃ痛いがこれ以上の大怪我はざらに前世でやりまくっていたからこれが軽傷だと思ってしまう私は完全に麻痺してしまってるんだろうか?
「おう。にしてもお前ななぁ…嫁入り前の娘が体に傷つくるたァどういう気だ?」
「その時は鴆が責任もって私をっ……」
「ちょっと待てなんの責任だ!?」
「私の体を辱めた───」
「辱めてないわ!!!
手当しかしてないっつーの!!ゴフゥッ」
「わー、大丈夫か」
「てめっ、っ、ゴホッ、ゴホゴホッ」
鴆が綺麗に吐血した。
……綺麗な吐血ってなんだろか。
「ゴホッ……取り合えずお前は安静。良いな!」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
「は〜〜〜〜〜〜い」
「伸ばすな!!」
「うぇーい」
「てめぇコノヤロウ……」
ふるふると震えながら鴆が拳を握ると、鴆の後ろの障子が開きそこからおじいちゃんとお父さんが入ってきた。
「怪我はどうだい、銀華」
「余裕余裕。コサックダンス踊れそう。
コサックダンスよくわかんないけど」
「踊んなくていいわ」
「あんな血だらけで帰ってきたもんじゃからどうしたもんかと思ったが…
存外元気そうじゃのう銀華」
「銀華さんの取り柄ですからね〜、元気は」
おじいちゃんは私の頭のフワフワと撫でてくれて、私はそれに笑みをこぼす。
鴆は気を利かせてか、この部屋を出ていった。
「治療終わるまでの間に何があったかは鯉伴から聞いたぞ」
「そっか」
「……怖い思いをさせてすまんかったのう」
「ううん、大丈夫」
怖い思い?いやいや、むしろあのくらいは日常茶飯事なレベルだったんで。
マジで悲しいことに。
むしろお妙の飯食わされる方が恐ろしい。
おじいちゃんは頭を撫でたあとそのまま私の頬に手を添えてきた。
そして親指で頬を摩ってくるのでくすぐったくて思わず笑みをこぼす。
「ふふ、おじいちゃんくすぐったい」
「銀華」
「なに、お父さん」
おじいちゃんの手を離してお父さんを見れば、一旦別れた時と同じ表情をしていた。
小難しい顔だ。
「まず、銀華に言わなきゃならねぇのは…
助けてくれてありがとう、だな」
「………………」
お父さんは私にしっかりと頭を下げてそう言った。
「お前があの時俺を思い切り突き飛ばしてなかったら、刺されてたのは俺だ。
あのまま、心臓を一突きだっただろうよ」
「うん」
「だから、助けてくれてありがとう銀華」
娘に対してもしっかり礼を述べる所はお父さんはらしいと言えばらしい。
「次。確かに助けてくれたこたぁ感謝するが…
なんであんな無茶しやがった」
眉間に皺を寄せ怒りを見せる父に私はなんの反応も見せず、問い詰めるように言われた質問に答えた。
「なんでって言われても、私が気づいた時にはもう刀がお父さんに向けられる時だった。
危ないって叫んだところで刺されてたね。
なら、間割った方が早い」
「だがそれでお前が怪我したんだぞ!?」
「それはそうだけど、そう騒ぐこと?」
「は……?」
淡々と言う銀華に鯉伴にのみならず傍観していたぬらりひょんまでさえもキョトンとしてしまった。
「大した怪我じゃあるまいし」
「は…お前さん、本気でそれ言ってんのかい?」
「だって私のこんな小さい怪我でお父さんの命助けられたんだしさ。
こんなもので助けられたんなら上等じゃない?
代償にしては安すぎるもんだって」
さも当然だろうと言いたげな銀華に鯉伴もぬらりひょんも唖然としてしまった。
呼吸をするかのように怪我をすることは普通のことだと思っている。
鯉伴があの時見た、護るべきものを護ろうとするときの決断の速さと迷いのなさ。
怪我が痛もうが血が出ようが、一切の気も怪我へやろうとしなかったのを鯉伴は知っている。
「……あのよ、銀華。俺ァ、お前さんの父親だ。
世界中のどこに自分の子に身を呈して護られて、それで怪我負わせて喜ぶ親がいるってんだ。ましてや女の子なんだぞ?お前は」
「……女とか、男とか、どうでもいいでしょ」
「あぁ?」
「私前に言ったよね。
私は護りたいものの為に戦うって。
護りたいものの一つがお父さんだよ。
お父さんもお母さんも、リクオも勿論おじいちゃんも。この奴良組も、その一つなの」
「そう思ってくれんのは嬉しい。
嬉しいがな───」
「人には譲れないものがある。
人それぞれ、譲りたくないものは存在する。
それは私にとって『護りたいものの為に戦うこと』でもあるの」
ぬらりひょんは孫娘を見て、目を細めた。
並々ならぬ場数を踏んできた者のような真っ直ぐで芯の通った眼差し。
その意志の強さは、本人に訴えられていないぬらりひょんでさえもヒシヒシと伝わってきた。
だからこそ、銀華が引くつもりなど一切ないということ分かる。
『護るための戦闘』は銀華にとって、妖怪の存在意義でもある悪行のようなものなのだと悟る。
けれどそこで思うのは、『なぜ小学生の銀華がこんな目をできるのか』だ。
銀華はこの本家で自分たちやほかの妖怪たちに愛され、蝶よ花よと大切に育てられてきた。
そんな子が、なぜこんな目をできるのか。
普通なら、できるわけがない。
たとえ稽古をつけてもらっていたとしても事件があった時になんの躊躇いもなく木刀を手に取れるか?
敵と対峙することができるか?
答えは、否。
「銀華」
「おじいちゃん?」
「お前さんの言う『譲りたくねぇもの』ってのはワシらもよぉくわかる。
わかるからこそ、ワシらの守りたいもののひとつに銀華がいることを分かってくれんかの?」
「………」
銀華はぬらりひょんの言葉を聞いてすぐに何かを言おうとしただろう開いた口は、一度閉ざされた。
「……それは、ごめん。ごめんなさい」
「分かってくれたんならいい。のぉ鯉伴」
「……おぉ」
「なんじゃあ、その不服そうな面は」
ぬらりひょんが息子に目を向ければ、えらくムスッとした顔をしているではないか。
それにぬらりひょんはめんどくさそうな顔をしてしまう。
「……俺ん中のその護りたいものってのに銀華も入ってるしリクオや若菜、この奴良組も当然あるけどな…銀華、もっかい言うがお前は女の子なんだからな」
「………………」
「女の子が傷だらけになるのは俺は嫌だぜ。
ましてやお前さんは俺の愛娘。
娘が血だらけになるなんて御免だ」
鯉伴は、銀華の手を握り銀華を見つめた。
「俺は、銀華に怪我して欲しくないんだ」
「…………」
私は、お父さんの言う言葉が分かってはいたが納得はできなかった。
何故こんなにお父さんは懇願するように言うのだろうか。
怪我は生きていればいつかは治ることなのに。
怪我をして欲しくないと思う心は理解できる。
でも、私は戦えるんだ。
だから、私は戦う。
「……お父さんの言うことはわかるよ」
「そうか、なら」
「でもごめん。納得はできない」
「はい?」
わかるけれど、納得はできない。
いきなり娘にそう言われて鯉伴はまた思わず間抜けな顔を見せ、ぬらりひょんもぬらりひょんでとりあえず話の行方を見守ることにした。
「生きていれば傷は治るよね。
ならさ、別に怪我なんか些細なことだよ」
「いや、だからな?俺ァ」
「このまま話を続けてても進まないだろうから私リクオに顔出してくる。あとお母さんにも」
「は?あ、おい、銀華!?」
素早く立ち上がった銀華は父の言葉などに耳も傾けぬまま部屋をあとにした。
「は、はぁぁぁあ?なんだぁ!?アイツ!!」
「まぁ落ち着かんかい、鯉伴」
「なんだよアレ!反抗期か!?もう!?
心の準備してねーよ!!」
「うるせぇ」
あーちっくしょうなんでわかんねぇかな!と鯉伴は自身の頭をガシガシと乱暴にかいた。
「鯉伴お前ぇ、銀華がワシらに何か隠してるってことはもう気づいてんだろ?」
「そりゃあな」
「お前も知らねぇんじゃな。その様子なら」
「あぁ」
恐らく、銀華が隠しているその事が今回の行動や今さっきの発言に深く関わってくることは何となく察した。
「……銀華がなに抱え込んでんのか知らねぇけど、多分…軽いものじゃなさそうだな」
「じゃろうな。……そういやお前知ってるか?」
「なにを?」
「ワシも最近気づいたんじゃがな…
あいつ…ワシらに取り繕った面しか見せてねぇ」
「……は?」
どういうことだ?と鯉伴はぬらりひょんに尋ねた。
「この前のう、暇つぶしがてら銀華の学校生活覗きに行ってみたんじゃよ」
「ストーカーかよ」
「じーちゃんが孫娘見に行って何が悪い!!」
どうせ明鏡止水使っての無断授業参観なのだろうからストーカー紛いであることには変わりはないだろうに。
「まぁ、それでなんだが銀華の奴…目が死んでたんじゃよ」
「……目が死んでたっては?」
「例えるならそうじゃな。
まるで死んだ魚の目みたいじゃった」
「孫娘になんてこと言いやがる」
「孫娘にでさえそう思わざるを得ないほど死んでたってことじゃ」
察しろ阿呆、と悪口を言われたが鯉伴はふと脳裏に娘を思い浮かべる。
しかし彼女が今まで死んだような目をしていたところなどまだ見た事はない。
「友人とかは普通におったみたいじゃが、家に帰る所までずーっとその目をしたままじゃった」
「…………」
「帰ってきたらその目を隠して何かで上塗りするように『いつもの孫娘』になっておったわ」
「…………なんだよ、それ」
「ワシが知るかってんだ。
…それから考えるに、銀華が隠してるものはちょっとやそっとの隠し事じゃねぇ。
今にも潰れそうなほど、でっかい闇抱えてじゃねぇか」
あくまでも憶測でしかないからこそ、銀華に不用意にその核の部分に触れられないのだ。
「俺たちの知らないところで銀華に何かあったってことかい?」
「さぁな。でもあの子が闇抱えてんのは間違いじゃねぇだろうよ」
あんなにも元気で、面白くて。
いつもどこかズレてる可愛い可愛い娘。
その裏では彼らさえも計り知れぬ深い闇があるというのか。
鯉伴はそう思うと、今まで気づけなかった自分の不甲斐なさに腹が立った。
「だが今はどうすることも出来ねぇだろうから、様子見しておけ」
「わぁってるよ、親父」
「あの子の少しの変化も見逃すんじゃねぇぞ鯉伴。ワシも、気をつけはするがのう」
「あぁ」
向こうから聞こえてくる若菜の銀華の安否を確認する声と、リクオの銀華の名を呼び泣きわめく声に安堵すると同時に襲ってくる銀華の闇への不安。
「あいつは俺の娘だ。何がなんでも、守ってやる」
今度は俺が、守る番だ。
おねっ、おねぇじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
うっわリクオ汚ねぇ顔!!!
銀華!良かった、元気なのね……。
ごめんお母さん心配かけて。もう大丈夫だよ。
おねぇじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
うるせぇなリクオ。ほら、おいで。
うわぁぁぁぁぁぁん!!!
グフォッッ
あらあら、リクオはお姉ちゃんにタックルするのが好きねぇ。
好きねぇ、じゃないんですけどッ!!?
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