03



現在、私たちは東京の山の中へと来ていた。
場所は東京都立呪術高等専門学校。



「スゲー山ん中だな。ここ本当に東京?」

「東京も郊外はこんなもんよ?」

「自然がいっぱいな上に東京っぽくなくて落ち着くなぁ。夏は虫やばそうだけど」

「まぁそれ言わずもがなだよね〜」



私は、呪術高専への転校をする。
父の説得にはさほど時間は要さなかった。

父は私が普通は見えないものが見えているのはもちろん知っていた。
だから今回転校したいと申し出た場所が、そういう人が集まる場所で、そういうことを学ぶ場所であることだけ話し、転校したいと言った。

初めは、すぐに反対されると思った。
転校するとなれば私は寮に入るからここを離れることになる。
母さんが死んでから父は男手ひとつで私たちのことを育て、片親であることから寂しくないよう鬱陶しいほどに愛情をくれた。
未だに鬱陶しいほどにくれてる。本当、鬱陶しい。

けれど、私の予想とは裏腹に父はすぐに反対せず少し難しい顔をして、数分黙って腕を組み悩んだ素振りを見せると、真剣な顔で、ただ「分かった」と言った。
私の隣で学校のことなどを説明してくれた五条さんもまさかOKが出るとは思わず、へ?と間抜けな声を出していた。
悠仁は父に挨拶を済ませると直ぐに向こうで柚子たちと戯れる。

驚いた様子の私と五条さんを見て、父は笑った。



「壱華は頭がいいし、母さんに似て優しい。
だからお前がそう答えを出したってことはきっとちゃんとした理由があるんだろ?なら俺は父親として、お前の背中を押してやるのが一番だ」



父は、そう言った。
これだから、私は父のことをただの鬱陶しいヒゲとだけで扱えないのだ。
前世のように死神であることを隠してたりしないけど、それ以外のところは本当、変わらない。



というわけで、私は呪術高等専門学校への転校が決定したのである。



「とりあえず悠仁と壱華はこれから学長と面談ね」

「学長……」

「…いつの間にか私のこと呼び捨てになってる。
別にいいんですけどね」

「ほら、僕先生だから。これから実際僕ら上手く行けば先生と生徒になるんだしね。
一々"ちゃん"とか付けるのめんどくさいし」



五条さん…もとい五条先生の言葉に首を傾げた。
上手く行けば???



「下手打つと入学拒否られるから気張ってね」

「ええっ!?そしたら俺即死刑!?」

「悠仁死刑なんだもんなぁ」



なんだって、私の近しい人は死刑になる確率高めなんだろうか。
ルキアといい、悠仁といい。



「なんだ、貴様が頭ではないのか」



悠仁から違う人の声がし、え?とそっちを見れば悠仁の頬に口がパッカリと開いている。
私はそれに驚きのあまり目を見開き固まった。



「力以外の序列はつまらんな」



しかし悠仁はそれにどこか慣れたようにバチッと自身の頬を叩く。



「悪ぃ先生。たまに出てくんだ」

「愉快な体になったねぇ」

「え、え、悠仁なにそれっ!?」

「あっ、壱華姉ちゃんは初めてか。コイツ───」

「貴様には借りがあるからな」

「あっ、また!!」



今度は殴った手の甲に口がカパリとあく。



「小僧の体モノにしたら真っ先に殺してやる」

「宿儺に狙われるなんぞ光栄だね」

「宿儺?え?じゃあ悠仁の体に出てきてる口って噂のウルトラやべぇ呪いの王様?」

「そ。ウルトラやべぇ呪いの王様」

「やっぱコイツ有名なの?」



またペシっと手の甲を叩いた悠仁はそう五条先生に尋ねた。

両面宿儺とは、腕が4本、顔が2つある仮想の鬼神。
だが両面宿儺は実際に1000年以上前に実在した人間である。
呪術全盛の時代、術師が総力あげて挑み、敗れた。
宿儺の名を冠し死後呪物として時代をわたる死蝋さえ、消し去ることが出来なかった紛うことなき呪いの王。



「腕4本に顔2つね…」



1000年以上前って、随分と前の話なんだな。



「先生とどっちが強い?」

「うーんそうだね。
力を全て取り戻した宿儺ならちょっとしんどいかな」

「負けちゃう?」

「勝つさ」



なんとなく、五条先生がそう言うと本当にそうなのではないかと錯覚する。



「おい女」

「え?」

「なんだよもう!
お前今日すげー出てくんじゃん!!」



また頬にでてきた口を叩こうとする悠仁の手を取り、私は興味のままに宿儺の声に耳を傾けた。
五条先生も止めてこないため、許可してくれてるのだろう。



「貴様、志波家の末裔だな?」

「……………うん?」



志波?それって前世の死神の父の、話だ。
あくまでも前の父は志波本家ではなく分家だったけど。
いや、そうじゃなくて。



「いや、私の苗字は黒崎ですが」

「志波…聞いたことのある苗字だね。
確か志波家は宿儺が生きていた頃に超活躍していた家系だったはず。ただ、志波家がやっていたのは呪いを祓うことじゃなく、除霊」

「………要は霊媒師ってことでいいんですか?」

「そうだね。
その除霊の一環で呪いも祓ってたって話だよ。
でも…志波家はもう安土桃山とか、江戸初期あたりで滅亡したはずだけど」

「滅亡しちゃってるんだ」



へぇ〜、と悠仁と一緒に頷く。



「ほう。あの一族は滅亡したか。
だが…貴様の使うその力…間違いなく、志波家の力だ。
ケヒッ、ケヒヒ…女、お前はいわゆる先祖返りと言うやつなのだろうなァ。しかもその力は俺が実際に出会った志波の奴らの中で一番強い」



宿儺は、何故かとても楽しそうに話す。
……まぁ、私強さ的には普通に隊長クラスだしね。
弱くはないよね。



「決めた。女…名は壱華と言ったか?
喜べ、貴様もいずれこの俺が直々に殺してやろう」

「………う、嬉しくない………」

「はぁ!?ふざけんな!
壱華姉ちゃん殺させるわけねーだろ!」

「フン、せいぜい足掻くことだな小僧。
壱華は力もさることながら、体も随分と楽しめそうだからなァ」



そう言って宿儺はケヒヒヒ!と笑って消えた。
唖然とする私に五条先生はポン、と肩に手を置く。



「宿儺に狙われる仲間だね!!」

「いやグーじゃねぇよ」



その親指へし折んぞ。
























▽▲▽▲▽























着いた蔵のような場所に3人ではいると、そこの部屋は電気がなく、全てロウソクで灯りをともしていた。
薄暗い部屋の奥で、鎮座して待つ男がいる。



「遅いぞ悟。8分遅刻だ」



見た目は完全ガッテム。Theイカつい。
しかし周りにいるのはキモかわいいというものに分類されるであろうぬいぐるみたち。
何かとミスマッチな光景である。



「責める程でもない遅刻をする癖。直せと言ったハズだぞ」

「責める程じゃないなら責めないでくださいよ。
どーせ人形作ってんだからいいでしょ、8分位」

「………その子たちが?」



視覚的情報にツッコミを入れたいし、8分遅刻していたことにも五条先生にツッコミを入れたいし、一体何からすればいいのか分からない。



「虎杖悠仁です!!好みのタイプはジェニファー・ローレンス!よろしくおなしゃす!!」

「!黒崎壱華です!好みのタイプは身も心もとても強い人です!顔が良ければなお嬉しい!
よろしくお願いします!!」

「え?じゃあ僕守備範囲?」

「…………今の自己紹介記憶から抹消してください」

「ヤダ」



悠仁に釣られて馬鹿すぎる自己紹介をしてしまった…!!!
恥ずかしい!!!誰か穴を掘って!
そして私はそこに入る!!

最悪だ、と私は両手で顔を覆った。



「何をしに来た」



突然来た、質問の意味がよくわからなかった。
それは悠仁も同じだったようで。



「……面談」

「呪術高専にだ」

「呪術を習いに…?」

「その先の話だ。呪いを学び、呪いを祓う術を身に付け、その先に何を求める」



面談が、始まったようだ。
学長はまず悠仁と話をする気なのか、私のことを一切見ていない。



「………私、終わるまで待機ですか?」

「そうだね〜」

「あ、はい」



私は、五条先生の隣に並んで静かに待つことにした。



「何っていうか、宿儺の指回収するんすよ。
放っとくと危ないんで」

「何故?事件・事故・病気。
君の知らない人間が日々死んでいくのは当たり前のことだ。それが呪いの被害となると看過できないというわけか?」

「そういう遺言なんでね。
細かいことはどうでもいいっす。
俺はとにかく人を助けたい」

「遺言…?つまり、他人の指図で君は呪いに立ち向かうと?不合格だ」



学長が立ち上がり、腕を肩くらいの高さまであげる。
すると河童のようなよく分からないぬいぐるみが、動き出した。



「え゛。なにあれ」

「呪骸っていうやつだよ。
今は学長の呪力がこめられてるから動いてる。
まぁ、呪いの人形ってことだね」

「見た目とワードが何一つ合ってない」



悠仁も学長本人から同じような説明を受けると、そのぬいぐるみはすごい勢いで悠仁へと飛び掛り、殴り飛ばした。
殴られることを察して背負っていたリュックをクッション代わりに拳との間に挟み込んだ悠仁だが、相当拳が重かったようでその顔には驚きが滲んでいる。



「窮地にこそ人間の本音は出るものだ。
納得のいく答えが聞けるまで攻撃は続くぞ」

「つーかそもそも他人じゃなくて、家族じいちゃんの遺言だっつうの!!」



反撃したものの、相手はぬいぐるみ。
殴ったがそのまま何度もバウンドして威力を上げてまた悠仁へ攻撃が返ってきた。

見ていて、ハラハラしてしまう。
悠仁は体が頑丈だけれど、弟のように可愛がってきた悠仁が殴られているシーンを口も手も出せないというのはむず痒いものだ。



「家族も他人の家だろう。
呪術師は常に死と隣り合わせ。
自分の死だけではない。呪いに殺された人を横目に呪いの肉を裂かねばならんこともある。不快な仕事だ。
ある程度のイカレ具合とモチベーションは不可欠だ。
それを他人に言われたから?笑わせるな」



ある程度イカレていなければならない。
そう聞き、ちらりと隣を見た。



「?」

「……………」



確かに、まだ出会って数日だけどこの人なんか変だな。とはずっと思ってる。
そういうことか。



「絶対今なんか酷いこと考えてるでしょ」

「別に五条先生も確かにイカれてるんだろうなって納得なんかしてません」

「考えモロに出てるよ外に。そして酷い!」



そんなことを話していると、学長の言葉が耳に入った。



「自分が呪いに殺された時も、そうやって祖父のせいにするのか」



私はその言葉に、ハッとした。
悠仁は、私とは違う。
前世でどうしようもなく、命をかけることでしかどうにもならなかったたくさんのこと。
いつからか私や一護は己の命に対する価値というものが、分からなくなっていた。

死ぬことは恐ろしい。
でも、仲間のためなら簡単にこの命をかける。
そんな環境下にいた私と、数日前まで普通にただの高校生だった悠仁は違うのだ。



「壱華?大丈夫?」

「……はい。大丈夫です」



悠仁は違うのだ、私とは。
昔から幽霊だとかを見れたわけでもないのに。



「………何故ここに来たか、かぁ」



簡単な質問のようで、とても深い質問だ。



「『宿儺を食う』それは俺にしかできないんだって。
死刑から逃げられたとして、この使命からも逃げたらさ、飯食って風呂入って漫画読んで、ふと気持ちが途切れた時『あぁ今宿儺のせいで人が死んでるかもな』って凹んで」



動き回るぬいぐるみを後ろから押さえ込んだ悠仁は、落ち着いた様子で言葉を返す。



「『俺には関係ねぇ』『俺のせいじゃねぇ』って自分に言い聞かせるのか?そんなのゴメンだね。
自分が死ぬ時のことはわからんけど、生き様で後悔はしたくない」



その答えに、学長が笑った。
すると学長が悠仁から私へと視線を移す。



「次。黒崎壱華。お前だ」

「え?ちょ、俺の面談は??」

「合格だ。ようこそ呪術高専へ」

「!よろっ───」



嬉しそうに笑った悠仁に、ぬいぐるみの右ストレートが綺麗に決まった。



「あっ、スマン。術式解くの忘れてた」



それ、ただの殴られ損……



悠仁と私の場所をチェンジし、私は学長と対峙する。



「彼との面談で時間はあったはず。
では、君の答えを聞かせてもらおう。
君は何しに呪術高専に来た?」

「私、幽霊が見えるんです」

「………………」






「壱華姉ちゃん質問の答えになってねぇじゃん…」

「まぁまぁ、聞いてみようよ」



学長からの質問も、確かに質問の答えになっていない、と言いたげだ。



「私子供の頃から幽霊と呪いってやつが見える触れる話せる憑かれるの超A級霊媒体質で、幼稚園の頃とかは幽霊と生きてる人間の区別がつきませんでした」

「……それで?」

「よく交通事故で子供が引かれたりするでしょう。
大概そういう子って事故のあった場所をさまよってるんです。だからよくそういう場所に行って、そのお化けを成仏させてあげたりしてて」

「それがどういった理由でここにはいる理由になるわけだ?」

「私には双子の妹がいます。私も双子で、兄がいます。
兄は良く、言うんです。
初めに生まれてきた私たちは、後から生まれてくる兄妹を守るためにいるんだって」



一護は、本当にいいお兄ちゃんだ。
遊子も夏梨も私も、一護が大好きだ。



「私も、兄と同じ考えです。
だからこそ、成仏させてる子供たちが妹たちだったなら、と考えるだけで恐ろしい。それに五条先生が言ってましたけど、呪霊による被害は多いんでしょう?」

「ああ」

「それに私はそれと戦う力がある。
なら、戦うしかないじゃないですか」

「なぜ妹たちだけでなく、他人まで守る必要がある?」

「人生っていうのは、何が起こるのか分かりません。
妹達だけを守っても意味はない。
私が呪術師になって助けた子が、将来妹たちと出会って、妹たちの大切な人になるかもしれない。
世間というのは、狭いんです」



本当、狭いのだ。世間というのは。
世界はこんなにも広いのに、世間は狭い。



ブル、ブル、と悠仁を殴っていたぬいぐるみがまた動き出す。
少しくらい私の実力を見ようってことなのだろうか。



「縛道の一 塞」



鬼道を使えば、ぬいぐるみの両腕は後ろで縛られ、初めの勢いのまま私へと突っ込んできたがそれを私は踏みつける。



「この力で多くの人を救いたい。
この力で、たくさんの人の明日を迎えることが出来る。
なら私は喜んで戦います」

「何の見返りもなく?そんなものは偽善で、死ぬ間際になれば確実に後悔することだろう。
そして、場合によっては多くの人間を呪うぞ」

「いいえ、呪いません」

「嘘だ」



私は、イライラしていた。
確かに、私の言うことはめちゃくちゃであるのも分かる。
現実的でないのも。
学長の言うことも、わかる。
だが…



「てめぇの物差しで私を測ろうとすんじゃねぇよガッテムが」



こんなにも頭ごなしに否定されるのは、ムカつく。



「え。壱華キャラ変わってない?」

「あー…壱華姉ちゃんと一護兄ちゃん、ヤンキーで結構有名だったから地元では」

「マジで?」

「マジで」



私は私の縛道から逃れようともがくぬいぐるみを掴み、赤火砲で燃やした。



「私は、困ってる人を助けたいんだよ。
助けなけりゃ、むしろそっちの方が後悔する。
この力使って!たくさんの人助けなくちゃ、死んだ時に母さんに自信もって"ちゃんと生きたよ"って言えないんだよ!!!」



母さんは、いつも優しかった。前世も、今世も。
母さんは、優しくなれと言った。
妹たちを守れと言った。
だから私と一護は強くなった。優しくなった。



「目の前の人間助けることも出来ない奴が、自分の大切な人を守れるわけがない」

「……そうか」



学長が、また笑った。
悠仁に合格を言い渡した時と同じような、笑み。



「悟。2人に寮を案内してやれ。
それから諸々の警備の説明もな」

「!」

「黒崎壱華。合格だ。ようこそ呪術高専へ」

「…あ、はい」



合格を貰ったのに、私は随分時の抜けた返事しか返すことが出来なかった。




















おめでとーう2人とも♪

壱華姉ちゃん!

………なんで私合格したの?

え〜?知りたい〜?

……………ウザ

心の声漏れてますよ〜壱華〜



補足
※合格した理由:大切な人を守る為の踏み台として他の人を守ると言ってるから。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -