まだ月明かりが眩しい深夜二時。何の前触れもなく薄れゆく暖かい感情に包まれながら暗い世界に目を覚ませば、雲から漏れる微かな月明かりが睫越しに伺えた。うまく機能しない頭でぼんやりと夢の中で感じた暖かさが何だったのか、記憶を辿ればほんの数秒で理解することができた。また、だ。もうどうしようもないはずのことなのに夢の中の自分は滑稽なほど幸せそうに頬を緩ませていた。ふと気づけば自分の頬も緩んでいる。ほんの数分前の感情に揺れ動かされる自分の情けなさの反面、未だ拭えない、拭う気などないこの暖かい安全な感情との矛盾の中、再び眠りについた。


「絶対帰ってきてくださいね」

そう言った桜が満開の春の日。あの時は何もかもが幸せに満ちていた。彼は笑って、私も笑って。死なないでくださいね、何て言ってみるも心の奥のどこかで、政宗様はちゃんと帰ってくると信じていた。それは揺るぎないもので。私がこうして伊達家に嫁ぐときに「俺に一生ついてきな」と言った政宗様の真っ直ぐな瞳が、彼は強い人だから必ず私の元へ帰ってきてくれると信じさせてくれている。だから政宗様がいなくて寂しい気持ちはあったが、恐怖や不安など一切なかった。

城の外へ一歩踏み出す政宗様。それはたった一歩。数十センチの間隔。他愛もないただの一歩を踏み出してから政宗様は振り返って見送る私に「行ってくる」と低く囁いて軽く唇を触れ合わせる。私はこの瞬間が大好きだった。彼の戦い方からは考えられないくらい繊細に慈しみを込めて触れる唇。この時だけはいつでも初恋をしているような気分にさせてくれた。

「なるべく早く帰る」

「はい、待っております」

いってらっしゃいませ、と彼の姿が見えなくなるまでずっと門の前に立っていた。それから数日がたったが、政宗様はまだ帰らない。でも私は信じて待っています。だって今まで彼が帰らなかったことなどないのだから。政宗様は冗談はよく言うけれど、嘘をついたことはなかった。だから、お願いです。早く帰ってきてください。いつものように「ただいま」って優しくキスをしてください。政宗様の大好きな料理を作って待ってますから。毎日作られる二人分のご飯。毎日捨てられる一人分のご飯。そして、あれからどれくらいの時が過ぎたでしょう。気づけばまた桜の花が満開の季節が巡ってきました。何度も何度もあの春の日の夢を見ます。淡い桜色の世界で笑い合う二人。笑って、甘えて、頼って、触れて、甘い言葉を紡いで。あの淡い桜色の世界は私が一番幸せだった世界で、もう二度と叶うことのない世界だった。ねぇ、今どこにいるのですか?あの淡い桜色の世界で笑い合えるのも、私が愛を捧げることができるのも政宗様。ただ一人なのに。もしかしたらあの夢は全部私の理想像だったのかもしれない。けれど目が覚めたとき、確かに私は政宗様を愛していて、幸せだったのだ。淡い桜色の世界で愛を誓った私たちは確かに……。暗い部屋で暖かく息が詰まるような気持ちと共に目を閉じる。次々に政宗様の言葉や、しぐさや、私を眺める視線、寝顔を隠したがる私を抱き締めてくれた腕。

今日もまたあの時の夢を抱いて…



もう二度とあの春に会うこともない
thanx:ミシェル





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